転生したら孤児でした
輪廻転生、という概念がある。
あくまでも宗教的な考え方の一つ、あるいはそれに着想を得たネット小説の中だけの話かと思っていたし、実際に前世の記憶を保持したまま異世界転生なんてありえないと思っていた。
―――薄汚れた布に包まれ、孤児院の入り口に置き去りにされた赤子として目を覚ます瞬間までは。
無事に異世界転生を果たした、そこまでは良い。
しかし転生した直後の状況から判断するに、こっちの世界にハイイロオオカミの獣人『ラウル』として転生した俺は、両親に捨てられた孤児という事のようだ。
「あー! せんせー! エミリオがまたパンとったー!」
「こらこら、ダメでしょエミリオ。パンを返しなさい」
「はーい……」
羊の獣人の『マチルダ』先生に促され、エミリオは渋々パンを左隣のマルクに返す。
ここは『エルマータ』孤児院。マチルダ先生が1人で切り盛りしている小さな孤児院だが、規模の割に孤児は多い。村の外れにある小さな教会程度の孤児院に、ざっと30人くらいの子供たちがひしめき合って生活しているのだ。
孤児がこんなにも多い事、そして俺の隣でいじけているエミリオ君が思わず隣の歳下の子からパンを取ってしまうほど食料的に困窮している理由はいろいろあるが、情報量が一気に増える事なのでこれは後で話そう。
自分の分のパンを半分千切って隣のエミリオに渡すと、エミリオは「え、いいの?」みたいな目でこっちを見上げてきた。
「腹減ってるんだろ? 食えよ」
「ありがと、ラウ姉」
俺、男なんですけども。
苦笑いしながらスープの更にスプーンを突っ込んで掬い、口へと運ぶ。
スープの表面に反射して映るのは自分の顔だ。
真っ白な肌に茶髪交じりの灰色の髪。頭から生えているのは狼のケモミミで、腰の後ろからはフッサフサの狼の尻尾も生えている。
俺、川端明改めラウルはハイイロオオカミの獣人だ。
食卓に着く子供たちも皆、頭からケモミミを生やした獣人ばかり。犬の獣人やヤギの獣人、猫の獣人から中にはハクビシンの獣人とかいうマニアックな奴まで幅広く、なんか異世界に本当に来てしまったんだなって感じがする。
それはさておき、エミリオに「ラウ姉」なんて呼ばれた理由はきっと女性的な顔つきと長い髪のせいだろう。
顔つきの方はなんというか、パッと見た感じ男か女か分からない……どっちかというと女かな、というラインだ。それに長い髪が拍車をかけているのだが、まあこれは仕方ない。散髪に行くのも金がかかるし、孤児院を1人で切り盛りしているマチルダ先生に散髪をお願いして仕事を増やしてしまうのも申し訳ないので、多少髪が伸びても我慢するようにしている。
前なんかエミリオに散髪をお願いしたら変な髪形にされたのでそれっきり孤児院の子供には頼んでいない。酷い時は自分で鏡の前に立って気になるところをチョキチョキしている。
《―――それでは戦局報道です。我らが”統一獣人解放戦線”はクルタ沖での戦闘で”自由天空連合”軍の主力艦隊と交戦、これに大打撃を与える事に成功しました。空戦を指揮したコロトニク中将は「我が軍勝利の時も近い」と発言していますが、一部の専門家は”あまり追い詰めすぎると大陸落としを誘発するのではないか”と警戒を強め―――》
ラジオからそんな物騒な報道が流れるなり、マチルダ先生は慌ててチャンネルを変えた。
戦争の状況を伝える報道が拭い去られ、音楽番組の周波数にでも合わせたのだろうか、綺麗なピアノの旋律がラジオから聴こえ始める。
―――そう、戦争中だ。
この世界では、戦争が続いているのだ。
ずっと。
観測歴37990年―――それがこの世界で用いられている暦である。
孤児院にあった歴史書などを(死ぬ気で読み書きを覚えて)読んでみたところ、この世界では『観測歴(Observation Era、”OE”とも)』という暦が用いられている。これは【記録が連続・検証可能な最古の暦】を観測歴1年とカウントし、前世の世界でいう西暦と同じ意味を持つものとして扱われている。
つまりこの観測歴を西暦に置き換えると、【西暦37990年】というとんでもない事になるのだ……2026年の年明け早々にトラックに着地狩りされて異世界転生した明くんは遥か過去から来た人間のようにも思えてしまう。
さて、この観測歴ではあるが、それ以前の時代は文書や記録、用いられている言語が断片化してしまって詳細な分析が進んでおらず、「空白期」だの「大喪失時代」だの呼ばれている。
西暦にすれば37990年に相当する時代だからさぞSFチックな乗り物が普及したり高度な文明が築かれているのだろう、と期待に胸を高鳴らせたのだが、思ったほどそうではないようで……。
野菜をどっさり乗せた荷馬車を曳く馬と御者、鍬を担いだ農民に村を警邏する騎士の姿。まるで中世のヨーロッパのようにも思えるが、しかし孤児院にラジオがあったように、部分的にではあるが近代的な文明の産物も見え隠れしている。
ブロロ、とエンジンの音が聞こえてきたので、歳下の子を道の端に寄せた。しばらくして武装した兵士を乗せた軍用車が車道を通過していった。
車にラジオ、けれども庶民の生活は中世のようで、村を警邏するのは腰に剣を下げ、サーコートを身につけた騎士たち。
こんなにも文明のレベルがちぐはぐなのには、ちゃんとした理由がある。
―――この世界では、文明は幾度も『開花→繁栄→崩壊→忘却』というループを繰り返しているのだ。
観測歴1年から始まった文明は”第1文明”と呼ばれ、その文明崩壊後に再び開花した新たな文明は”第2文明”と呼ばれ……といった感じに文明は発展と崩壊を繰り返しており、今の文明は”第27文明”に分類されている。
―――そして、崩壊と再度の開花を繰り返すたびに、技術水準は低下しているのだ。
文明の崩壊が、惑星規模の全面戦争によるものか、それとも天変地異によるものなのかは定かではない。
けれどもこの世界の人々は文明が滅ぶや、先代文明の遺産の一部を部分的に引き継ぎ食いつぶす事で、強かに生き延びてきた。
だから中世っぽい世界なのにラジオや車が存在する、というわけである。
記録によると、初期の第1文明や第2文明はそれはもう高度な技術を持った文明で、それ以前の大喪失時代の文明はもはや魔法と見分けがつかないレベルだったのだそうだ。
この調子で崩壊と開花を繰り返し文明が劣化していったら、それこそ『石と棍棒』で戦う時代に逆戻りしてしまうのではないか―――そんな危うさが、この世界には常に同居している。
「あ、ラウ姉!」
あれ見て、と一緒に村まで買い物にやってきたロイドが西側の空を指差す。
遥か向こう、”ネイアーレ山脈”の峻険な岩肌の最中から生じた大きな飛行機雲。まるで茜色に染まる夕焼けを両断しているように伸びたそれは、村の上空に差し掛かるや、その姿を民衆たちの頭上に晒しだした。
飛行機、というのは半分正解かもしれない。
しかしそれは、飛行機と呼ぶにはあまりにも大きく、そしてその形状は飛行機というよりは「船」だった。
肥大化した飛行船に水上艦の衣装を取り入れたようにも思える、ずんぐりとした丸みを帯びた船体。
装甲で覆われたそれの表面には大小様々な砲塔が搭載されていて、船体表面にはこれ見よがしに『Frente Unido de Hombres Bestia(統一獣人戦線)』という記載と、剣と盾を携えたライオンのマーキングが施されている。
目測で200m強ほどのそれの同型艦が後方からさらに2隻追い付いてきて合流すると、3隻の”空中巡洋艦”は高度を一気に上げ、東の空を目指して飛び去って行った。
今、この世界では大きな戦争が勃発している。
開戦してそろそろ100年にもなる、世界規模の大戦争―――【天地戦争】が。
この世界に住んでいるのは獣人だけではない。
エルマータ孤児院の自室の窓のカーテンを開け、青空を見上げた。
宝石のように澄んだ美しい空と、綿のような雲のコントラスト。前世の頃、よくあの雲はわたあめか何かで出来ているのだと信じていたなぁ、と思いながら見上げていると、雲の合間から巨大な異物が姿を現す。
それは―――大陸だ。
岩石と土壌の塊。上部には緑の森林を蓄え、下部からは大樹の根が老人の髭さながらに露出しているのが分かる。
この世界にはあのような、いわゆる【浮遊大陸】が数多く存在している。
小さいものでは小島程度のものから、大きなものでは南米サイズの大陸に至るまで。環境もサイズも多種多様な浮遊大陸が様々な高度を浮遊しているのだ。
そしてそういった浮遊大陸には、この世界に住む第二の種族―――”竜人”が住んでいる。
空に住まう彼らは自力で飛ぶための翼が無く、しかし酸素の薄い上空で育った竜人たちは総じて身体能力に優れ、また旧い時代の魔法や魔術の解析にも成功、独自の技術体系の魔術を持っているとされている。
そんな彼らと獣人の間で、およそ100年前に始まった戦争が【天地戦争】だ。
戦争の発端が何なのか、正確な記録は分からない。
獣人たちは『浮遊大陸の一部が地上に落下し、それが発端となって戦争になった』と主張しているが、竜人たちの主張は『獣人側が浮遊大陸の”コア”に細工をして落下させた』と主張しており、それに大小さまざまな異論や頭にアルミホイルかぶってるような連中がクソ真面目に信じているような陰謀論まで合流して、まあカオスな事になっている。
今のところ、戦火はこのエルマータ孤児院のある『スパーニャ王国』までは及んでいない。
西方諸国は地獄絵図なのだそうだ……いつも買い物に行くパン屋のおじさんに新聞を読ませてもらったが、竜人たちは浮遊大陸のコアを意図的に破壊し地上に落とす【大陸落とし】作戦を行う事があるようで、自分たちの生存圏を対価に獣人たちに大きな損害を与えている。昨年などは東部の『ポルスキー共和国』がその被害を受け、首都”ワルハワ”が壊滅的打撃を受けた、という。
この戦争の終わりがいったいいつになるのか……それは誰も分からない。
まったく……とんでもない異世界に転生させられたものだ。
もうちょいこう、よくある感じの異世界に転生させてもらってチート能力で無双してハーレムを作って……という誰もが夢見た展開を想像していたのだが、思ったよりもこの世界はハードモード。正直、あの女神様(※名前が分からないので以後あの蒼い女は女神扱いする)が言っていた”巫女”とやらが迎えに来るという15歳まで生き延びられるかどうかも怪しい。
片手を突き出し、メニュー画面を開いた。
ゲームのメニュー画面っぽいそれが現れ、製造済みの武器の中からM16A1を召喚。右側面にあるマガジンリリースボタンを押してマガジンを取り外し、中に弾丸が装填されている事を確認する。
やっぱりこれ、本物だ。
子供の身体にはあまりにも大き過ぎるそれ。誤射したら危ないので早々に召喚を解除、溜息をつく。
今後、戦火がここまで及んだらどうしようもない。
少なくとも、自力で生き延びられるように体力錬成と筋トレ、格闘訓練……そして前世の知識と手さぐりにはなるが、銃の扱い方も学んだ方が良いだろう。
幸い、エルマータ孤児院の周囲には訓練に使えそうな廃村とか、森がたくさんある。
人目に付く事はないだろう。
この苛酷な世界で生き延びるためにも、まずは力を付けよう。
無双してハーレム作ってヒャッハーするのはその後だ。
観測歴(Observation Era、”OE”とも)
この世界で用いられている暦。現時点では観測歴37990年であり、西暦に置き換えると西暦37990年に相当する。
非常に長い歴史を持つ異世界であるが、旧い時代は記録が失われたり断片化しているため、はっきりと記録の連なりが確認できる時期を『観測歴1年』とカウントしている。
なお、観測歴1年から現代に至るまで多くの文明が開化、繁栄、滅亡を繰り返しており、文明開化から滅亡までの一連の流れを『第1文明』『第2文明』と呼称しているが、文明の滅亡に伴い先代文明の技術や記録の喪失が発生してしまう事から、第1文明と比較すると現代の文明水準は大きく劣化してしまっている。
ちなみに現在は第27文明である。




