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空賊


 観測歴38000年(西暦38000年相当)


 天地戦争終戦から8年


 5月20日 


 浮遊大陸『ケルビア』沖





 

 戦争が終わっても、従軍した兵士がすぐに故郷に帰れるわけではない。


 かつての第一次世界大戦や第二次世界大戦でも、故郷への帰還に数年から十数年かかる例はごく普通の範疇なのだ。それが100年に渡って続いた大戦争であり、加えて竜人たちの故郷が世界中を回遊する浮遊大陸ともなれば猶更だ。孤立した部隊の収容に加えて回遊中の浮遊大陸の位置を特定、大陸に確実に到着できる航路を選択し予定通りに復員作業を進めなければならない。


 加えて、天地戦争では多くの浮遊大陸が破壊された。


 大陸が崩壊しても、場合によってはコアの生じる力場がその場に残ってしまう事がある。そうした『重力異常空域』が幾重にも存在する場所は回避する必要があり、それの存在によって破壊されてしまった航路も少なくはない。


 そうした要因が重なって、獣人側はともかく竜人側の復員作業は遅れていた。


 流線型の船体が、雲海を割って上昇していく。


 艦尾に搭載された二重反転プロペラと、船体下部に6基密集する形で搭載されたエンジンポッド、そして魚のヒレを思わせる安定翼。傍から見れば空を泳ぐクジラの如く優美な船体のそれには、竜人語で『navis demobilizationis(復員船)』という記載がある。


 必要最低限の機銃のみを残して武装を撤去されたそれは、かつての天空軍で運用されていた『グラディウス級空中駆逐艦』であった。天地戦争初期に1番艦グラディウスが就役、その後も細部に改良を施しながら運用が続いた艦級であり、その総生産数は500隻を超える。


 武装の撤去に合わせ、船体下部にゴンドラのようにぶら下げる形で搭載される第二艦橋(※戦闘艦橋)も撤去されていた。竜人の艦は船体の上部に通常艦橋を、下部に戦闘指揮用の戦闘艦橋を配置する構造となっているのが一般的であるが、戦闘艦橋が撤去されているのは復員船としての運用の為であろう。


 復員船334号、367号と改称されたその2隻の駆逐艦に乗っているのは、はるか遠くのイライナ北方戦線で孤立し、イライナ軍に捕虜として強制収容されていた竜人たちだった。


 イライナの守護者、”リガロフ家”の当主によって寛大な処遇を受けた彼らは実に幸運であった。もし投降したのがイライナではなく隣国ノヴォシアであれば、極寒のシベリウスでの強制労働を強いられ、故郷の土を踏む事なく永久凍土に眠る事になっていたであろう。


 故郷ケルビアは近い―――実に十数年、長い兵士でも三十数年ぶりの故郷。戦火を免れた浮遊大陸で家族が待っているとなると、胸の奥底から込み上げてくるものがある。


 やっと子を、妻を抱きしめる事ができる―――故郷が近付くにつれ、兵士たちは高鳴る期待に胸を躍らせた。


 しかし容赦のない現実が、彼らに悪辣な刃を突きつける。


《―――左舷より接近する艦影を捕捉》


 復員船334号の左舷を見張っていた観測員の声が、艦橋の伝声管へと届いた。


 出迎えの艦か、と最初は思った。終戦から8年、リガロフ家当主【ステファン・スピリドノヴィッチ・リガロフ】公爵の寛大な処遇もあって、虐待を受けたり飢えに苦しんだ捕虜は1人もいない。戦争で負傷した兵士もいたが、手足がない兵士には義手や義足の移植も無償でしてくれた慈悲深い当主の尽力もあって、兵士たちは皆無事に帰ってきたのだ。


 お父さんが、息子が帰ってくる―――生き延びた兵士たちを出迎えるためにやってきたケルビア守備隊の艦艇か、と艦長は思った。


 しかし発光信号での応答を命じようとした矢先、観測員の報告が彼らの背筋を凍り付かせる。


《接近中の艦……獣人側の”エスパーダ級巡洋艦”2、”662型駆逐艦”3、空雷艇多数!!》


「なに?」


 エスパーダ級―――スパーニャ王国で建造された空中巡洋艦だ。


 水上艦艇の基準で例えるならば軽巡洋艦に分類される。主砲に15.2㎝3連装砲を5基15門搭載したもので、高い速射性で艦隊防空から小型艦艇の撃滅まで幅広くこなしたベストセラー巡洋艦として知られる。


 スパーニャ王国は直接天地戦争に参戦したわけではないものの、国土への被害が殆どなかった事を生かして艦艇や兵器を増産、それを戦時中の友好国に供与したり義勇艦隊を送り込んだりと間接的に参戦していた事で知られる。


 スパーニャに限った事ではないが、戦後になって多くの艦が維持費削減のために民間に払い下げられており、武装撤去の上で輸送業務に従事し世界の経済を支える一方、再武装し略奪行為に勤しむ”空賊”と呼ばれる犯罪者たちが生まれる原因となってしまっている。


 獣人軍が今更復員船を狙うような事はするまい―――戦時中、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものの、今はもう”戦後”だ。復員船を狙って攻撃するほど彼らも野蛮ではない。


 まさか、と思った艦長の耳に、観測員の追加の報告が上がってくる。


《空賊です、空賊です!》


「取舵一杯、最大戦速! 全速で空域を離脱する!」


「各銃座、敵からの攻撃に備えよ」


「ケルビア空軍司令部に緊急連絡!」


 グラディウス級の150mの巨体が傾き、雲を隠れ蓑にするかのように潜っていく。


 その直後だった。接近中のエスパーダ級空中巡洋艦の15.2㎝3連装砲が火を噴き、雲海に荒々しい黒煙が咲き乱れたのは。

















 甲板の掃除を終え、クラルテからもらったタオルで汗を拭いていると、唐突にサイレンのようなものが響き渡り始めた。


 幼少の頃、村で打ち鳴らされていた警鐘を思い出す―――魔物の接近を知らせる警鐘のそれと、雰囲気は全く同じだった。何か本能的に危機を訴えかけてくるようなサイレンに背中を押されるように、掃除道具を艦内に収容してハッチを閉鎖、タラップを駆け上がり艦橋へと向かう。


 まさか魔物なのか。凶暴な飛竜でも襲撃してきたのか、と思ったがどうやら違うらしい。


 ケルビア航空管制局からの入電をヴォイテクに渡す通信担当戦闘人形。3本のマニピュレータからそれを受け取ったヴォイテクは険しい表情を浮かべ、アームレストに引っかけていた軍帽を深くかぶった。


「ケルビア沖で復員船が空賊に襲われているらしい」


「空賊に?」


 ごう、と艦橋の窓の向こうから押し寄せる轟音。視線を窓に向けてみると、桟橋に係留されていた空中駆逐艦が2隻、微速でケルビアを離れ始めていく姿が見えた。甲板上では命綱をつけた乗員たちが対空機関砲の準備をしている。


 空賊―――民間用に払い下げられた空中艦に武装を施して、好き勝手やってる奴らだ。


 天地戦争中、地上軍と天空軍の双方はおびただしい数の空中艦や航空機を実戦投入した。同型艦の数が100隻を超えるなんてのは当たり前であるほどの、物量インフレにも程があるレベルである。


 それほどの消耗戦が唐突にピタリと終われば、今度はそれだけの数の艦艇を運用するための維持費が軍の財布を食い荒らしていくのは当たり前の事だ。案の定、両軍はそれだけの戦力を維持できるだけの経済的余裕がなかった事から、旧式艦を中心に武装を撤去、それを民間へと払い下げる形で数多く売却した。


 冒険者ギルドの多くが空中艦を保有しているのはそのためだ。


 大半がそれを地上と浮遊大陸を行き来するための移動手段としたり、くまさんハウスのように自衛用の武装を搭載した上で運送業をやったりと仕事に使っている中、やはりというかなんというか、再武装を施して略奪に使うというこの世界のクッソガバガバ倫理観を象徴するような世紀末連中も一定数存在する。


 そういう連中を総称して『空賊』と呼ぶのだ。


「どうするんじゃ、艦長?」


 顔に油汚れの付着したヨルゲンセン機関長が腕を組みながら低い声で言う。


 見たところ、ケルビアから現場に急行した空中駆逐艦は僅か2隻―――ここが辺境の浮遊大陸だからそれが精一杯の戦力なのか、それとも天地戦争で疲弊しコレが全戦力なのかは分からない。


「―――機関長、機関始動準備」


「了解、艦長」


 ヨルゲンセン機関長も元軍人だったのだろうか、見事な敬礼をヴォイテクに見せると駆け足で艦橋を去り、タラップを駆け下りて機関室へと向かっていった。


「行くんだな」


「ああ。行くともさ」


 いつものヴォイテクの優しそうな眼ではない。


 今の彼は、まるで獲物に狙いを定めたかのような―――猛獣のような眼をしている。


「敵だったとはいえ、せっかく助かった命だ。下らねえ私怨なんぞで死なせてたまるか」


「同感だ」


 頷き、伝声管の蓋を開けるヴォイテク。


「艦長より達する。本艦は直ちにケルビアを出航、復員船団の護衛に参加する。総員戦闘配置!」


「……俺は艦載機で」


「頼んだ」


 というかお前いつの間に飛行機なんて、と問いたそうな顔をされたが、種明かしは全部終わってからにしよう。


 クラルテに付き合ってもらって出港まで死ぬほど訓練したのだ。基本的な飛行から敵機の捕捉、攻撃、着艦までは一通り身につけた。とはいえ付け焼刃の域は出ず本職のパイロットから見ればまだひよっ子レベルだろうが……。


 さすがに空中艦からの発艦と着艦はやったことがないが、そこはぶっつけ本番だ。問題は着艦だな……風向きを考慮しつつ母艦と相対速度を合わせ、引き込み用クレーンアームの真下まで機体を持っていく必要がある。


 いずれにせよ、やるしかない。


 上手くいけないのであれば、その時は死ぬだけだ。


















 右舷で生じた閃光が、戦闘艦橋の窓の向こうから差し込んでくる。


 赤々と、地獄の炎を思わせる閃光。それが共に出撃したグラディウス級駆逐艦『ハスタ』の左舷を砲弾が直撃した閃光だと分かった途端に、背筋に冷たいものが走る。


 よりにもよってエスパーダ級の15.2㎝砲を左の横っ腹に受けてしまったハスタ。左舷のエンジンポッド2基が咳き込むように黒煙を吐き出し、ゆっくりとこちらに向かって傾斜を始める。破孔からは破片と共に数名の乗員が投げ出され、大空へと散っていった。


「上げ舵20、取り舵30! 躱せ!!」


 通常艦橋にいる航海長に向かい伝声管に叫ぶ艦長。やや遅れてグラディウス級駆逐艦『クルテル』の船体が持ち上がり、艦首を左舷へと振り始めた。そのゾッとするほどすぐ下を被弾したハスタが通過していき、緩やかに戦域を離脱していく。


 味方の仇と言わんばかりに艦首の対艦ロケットを一斉射撃するクルテル。扇状に広がったロケット弾が時限信管で炸裂、雲海に爆炎の壁を作り出し、クルテルに取り付いて肉薄攻撃をしようとしていた空雷艇の一団と駆逐艦1隻を木っ端微塵に吹き飛ばす。


 しかし、雑魚を始末したところで相手の巡洋艦2隻は未だ健在である。略奪にしか能のない空賊とはいえ、保有している艦は腐っても空中軽巡洋艦。火力、防御力、質量、どれをとってもグラディウス級駆逐艦のそれを上回っている。


 せめてこちらにも巡洋艦があれば、とクルテルの艦長は歯噛みした。


 敵艦の主砲が火を噴く。


 回避運動を命じるが、しかし合計30門の15.2㎝砲の弾幕は圧倒的だった。周辺で起爆した砲弾がクルテルの船体を削るように吹き飛ばし、竜骨(キール)を軋ませる。


 ドン、と腹の底に響く音。遅れて装甲が剥がれる音がして、艦長たちは被弾を悟った。


「艦尾損傷! シアンガス発生!」


「右舷補助エンジン、動力ストップ!」


「隔壁閉鎖、下げ舵12!」


(この艦では奴らに勝てない……!)


 覚なる上は特攻か。そうでなくとも復員船が離脱するまで、敵の攻撃を引き付けなければならない。そうしなければやっとの思いで帰ってきた帰還兵たちの命がない。


 心の中でケルビアに残してきた妻に別れを告げる艦長。せめて空の男として役目を果たそう、と腹を括る。


 特攻命令を下す直前―――唐突に、敵巡洋艦の艦橋付近で火の手が上がった。


「なに……?」


 よほど重い一撃だったのだろう。200mに迫るエスパーダ級の船体が揺れ、被弾した艦が大きく傾斜する。


 いったい何が、と呟いた艦長は、太陽の中に黒い豆粒が映っている事に気付いた。


 双眼鏡を手に、船体下部にぶら下がる戦闘艦橋の見張り台から太陽を見上げる。


 その黒い豆粒の正体は―――1隻の空中駆逐艦だった。


 優美なクジラを思わせる船体が特徴的な竜人の艦とは違い、どこか水上艦の意匠を残したそれは獣人軍特有のものだ。切り立った艦首に6門の対艦ロケット発射発射管、前部甲板には2門の20.3㎝連装砲が固定配置されており、前方への火力を重視した艦である事が分かる。


 艦首には識別番号の”3199”という数字が、そしてその上には『Сокіл(ソーキル)』という艦名の記載があった。

















 ジェットコースターで急降下しているような感覚があった。


 下腹部がぞわぞわする感覚―――ジェットコースター苦手な奴が戦闘機に乗って大丈夫かな、という根本的な不安を抱きつつも、キャノピーを閉じようとしたところで……見送りに来てくれたクラルテがそっとキスをしてくれた。


「ラウルさん、どうかご無事で」


「ああ」


 にっ、と快活な笑みを浮かべ、親指を立てる。


「任せろ―――勝つよ、俺は」


 キャノピーを閉じ、ハッチ開閉作業を行うソコロフに向かって親指を立てる。


 格納庫内の警報灯が点灯し、床が左右に大きく開いた。爆弾曹をそのまま大きくしたようなデザインの艦載機格納庫。そこからクレーンアームに吊るされたF4Uコルセアがゆっくりと降下し、主翼を展開しながらエンジンを始動。加速させる勢いでスロットルを絞っていく。


 十分な推力を得たところでクレーンアームをリリース。機体が空中から投下される。


 操縦桿を握る感覚、急降下する感覚―――空を飛ぶ感覚、いずれもがクラルテの能力で訓練した時と寸分たりとも変わらない。


 敵艦隊へと向かって急降下していくソーキル。


 その後を追うように、俺も2隻の巡洋艦目掛けて急降下した。






 

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― 新着の感想 ―
100年続いた。つまりそれだけ莫大な動員が存在した戦争の復員事業とか、本当にどれだけ時間が必要なんでしょうね。今回復員中の捕虜はイライナのリガロフ家で、寛大かつ手厚い処遇を受けて無事の帰国を果たすとこ…
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