特別
「Huh???」
「あ、あの、ですから……」
結局ガソリンが足りず、一旦艦まで戻ってガソリンを補充し再度の遺体の焼却処分を行って管理局に戻る頃にはすっかり日が暮れていた。
規定数8体に対し60体の討伐だったのだから、さすがに報酬の増額も打診できるであろう。そう思い尾羽を回収できた51体分のハーピーの尾羽を証拠品として持ち帰り、受付嬢に提示したラウル君。しかしこうして顔芸を披露しながら抗議する羽目になった理由は単純、こっちが期待した金額に全く届かないレベルの報酬金額を提示されたからである。
「こちらの情報に落ち度はなく、近隣の群れが合流したためであって契約違反金を支払う基準には達していないと局長が……」
「Huh???」
「その、申し訳ないのですがこちらの情報に落ち度があったという事実確認ができないため、申し訳ございませんがこの金額が精一杯なんです……ごめんなさい」
「Huh???」
「Huh???」
ついにはクラルテまで俺と同じ顔芸を披露しながら抗議し始める始末である。
とはいえ報酬金額20万コルタ、スパーニャで用いられている通過のペセタに換算するとだいたい
15万くらいか……8体の魔物を討伐しただけならば十分な稼ぎと言えるが、情報精度の不足で60体もわらわら湧いてきたハーピーを殲滅してこれ、というのはさすがに割に合わない。
まあ、どうせ「コイツら獣人だし」っていう差別も絡んでいるのだろう。下等な獣人に巨額の報酬金なんて支払えない、というわけですかそうですか。
C4でこの管理局ふっ飛ばしてやろうかとおも思ったが、しかし対応してくれている受付嬢に悪意はなさそうだし(というか出発する時慰めてくれた受付嬢だこの人)、問題は上層部の方なのだろう。彼女を困らせないためにもこの辺で泣き寝入りしておくか。
時には矛を収るのも強さである。
「まあ……分かりました。じゃあ証拠品の尾羽、買取の方をお願いします」
「はい、こちら見積です」
尾羽の買取価格は31万コルタ。ペセタ換算で26万ペセタ……なんで基本報酬より戦利品の買取価格の方が上なんですか???
「あーハイ……じゃあこれで」
「かしこまりました。ではこちらに署名を。署名された後は買取の中止、返金対応等には一切応じる事が出来なくなるのでご注意ください」
署名し、大きな器にセットされた朱肉に手のひらの肉球を押し付けてスタンプを押す。
獣人には第一世代、第二世代問わず手のひらに肉球が存在する。当然ながら個人によって肉球には違いがあり、これを朱肉に押し付けてスタンプにする事で個人証明になるのだ。
受付嬢は獣人がスタンプを押すところを初めて見たのだろう。カウンターの上の布巾で朱肉を拭きとっている俺を見ると「わ、可愛い……」と小声でつぶやいた……ん???
「あっ、失礼しました。それではこちらが31万コルタとなります」
「ども」
封筒を差し出される。中を開けてコルタ紙幣(※浮遊大陸では通貨が”コルタ”で統一されている)の枚数を数え、ちゃんと1万コルタ紙幣が31枚収まっているのを確認。受付嬢に短く礼を述べてから、クラルテを伴ってカウンターを離れた。
後はこの装備品の売却だ。いくらになるかは分からんが、まあ小遣いくらいにはなるだろう。
ちなみに今回の儲けは全額俺の懐に入ってくるわけではない(当然だ)。1割をギルドの運営資金としてヴォイテクに提出した上で、残った金額を俺とクラルテで二等分する。
くまさんハウスでは、基本的に報酬金は依頼に参加したメンバー全員で平等に分配する、という方向で報酬金の分配が定められている。貢献度などで優劣をつけてしまうと仲間内での軋轢が生じる原因になりかねないからだ。金は人を簡単に変えてしまうのである。
ギルドの規定に則り、今回もそうするつもりである。それに今回はぶっちゃけクラルテの弾幕に救われたところが多かったので、むしろ3分の2くらいは彼女が持っていっていいのではないかとすら思うほどだ。
売店を覗くと、中では小柄な竜人の店員が店番をしていた。夜も遅くなり依頼を受注する冒険者も減ってくる時間帯だからなのだろう、店の中は閑散としていた。
「すいません」
「あ、はーい」
酸素マスクを着用している俺たちを見て獣人だと思ったのだろうが、笑顔は変わらない。その事に安堵しながら、「装備を売りたいんですが」と申し出てカウンターの上にダンプポーチの中の装備を並べていく。
革製の防具に刀剣、大型メイス……一番金になりそうなのはあのFPSでイキってそうな奴が持ってたリボルバーだろうか。
店員は装備の一つ一つを手に取ると、詳細に調べながら手元のメモ用紙に何やらメモを取り始める。
「あ、少しお時間いただくので店内をご覧になってお待ちくださいね」
「はーい」
査定が済むまでの間、店内を見て回る事に。
管理局の中にある売店という事もあって、売っているのは回復アイテムから非常食、弁当とか飲み物とか、後は防具や武器などバリエーション豊かだった。さすがにお土産とかはない……と思いきや隅っこの方に『お土産コーナー!』ってちょこんとあったわ。
「ケルビア来ちゃった!」って書いてあるアクキーとかキーホルダーとか売ってるんだけど何だこれ。需要あんのか……と思ったら意外と売れてた。需要あるんだなコレ。
「お待たせしました、査定完了です」
カウンターから店員に呼ばれ、提示された金額を見てみる。
3万コルタ……まあ、許容範囲か。やっぱりリボルバーが価格をここまで引っ張り上げたのかなと思いながら内訳をみるとやっぱりその通りで、リボルバーだけで1万8千コルタくらいの金額になっていた。ああいう連発銃は民間には滅多に払い下げられないようで、熟練の職人に依頼するか、未踏のダンジョンで拾い当てるか、あるいは軍の倉庫から盗み出すかしないと入手は難しいとされている。
だからこそ、俺たちが持ってる銃をあのFPSイキリ兄貴(仮名)が欲しがったのも頷ける。無事に返り討ちにされて俺らの小遣いになったわけだけども。
「あ、ハイ。じゃあこれで」
「かしこまりました。ではこちらに署名を」
さっきと同じやり取りをして肉球でスタンプまで押し、封筒を受け取って店を出た。帰りながら2万コルタをクラルテに渡し、クラルテから5千コルタ紙幣をもらう。
「なんか……疲れたね、今日ね」
「そうですねぇ」
夜の浮遊大陸は、それはそれはもう綺麗だった。
地上よりも遥かに近い星空と、それを大地から照らす夜景。まるで星空がすぐそこまでやってきたかのような幻想的な風景で、眼下を見下ろしてみるとちょうどケルビアがどこかの大都市の真上を飛んでいるらしく、眼下に広がる大地にも夜景が見える。
「あの……ラウルさん」
「ん?」
暗いせいか、クラルテの顔がはっきり見えない。どうしたんだろうと思いながら彼女の顔を覗き込むと、クラルテは顔を赤くしながら指をもじもじさせ始めた。
「今日言ってた、その……私は特別だって、あれ……どういう意味なんです?」
「……そのままの意味だよ」
「そのまま……?」
「……クラルテも、俺にとって特別な人だって事」
……声に出すと恥ずかしいなコレ。
巫女としての使命ゆえなのだろうけれどこうまで俺に付き従ってくれて、支えてくれる人を特別に思わない方がどうかしている。他人の献身を”当たり前”と思ってしまう程度の感性の持ち主なら、そいつは人間として終わりだ。
他者に対しての感謝を決して忘れてはならない。
ところであの夜景、スマホあったら写真撮りたいな……と思いながら桟橋へと戻る。艦橋の脇にある見張り台ではソコロフが見張りをしていたようで、俺たちに向かって大きく手を振っている姿が見えた。
さあ、早いとこ戻ろう。
今夜も美味い中華料理が待っている。
夕飯に出てきた刀削麺美味かったなぁ、と満足しながら個室のシャワールームのドアを開ける。
こういう艦内の個室はスペースの都合上狭い事が多い。ソーキルもその例に漏れず色々と詰め込まれた感じの個室となっており、基本的にユニットバス。リビングはなくベッドがデデンと置かれているだけで、私物を置くスペースはテーブルの下と壁面にある棚の上となる。
棚にはガラスケースが設けられているがこれは艦が傾いたり、(非推奨らしいが)バレルロールなどという変態的機動をぶちかました際に私物が部屋中に散乱するのを防ぐための処置なのだそうだ。
そういう事もあって、浴室内にセットされているシャンプーやリンスなどのボトルも棚に固定されている。
シャカシャカと泡立てて髪を洗っていく。やっぱり髪が長いと洗うの大変だし少し切ろうかな、と思ったけどこの方が女っぽくて相手を油断させられるだろうし、その気になれば色仕掛けもできそうで合理的だからこのままでいいや。
シャワーで泡を流し、あれタオルどこだっけと目を瞑ったまま手で探っていると、誰かがふんわりとしたタオルを渡してくれた。
そうそうこれこれ……ってちょっと待て。誰だ。
タオルで頭と顔を拭いて後ろを振り向くと、やはりそこに居たのはバスタオルを身体に巻いたシスター・クラルテ。はちきれんばかりのバストをタオルで覆っているせいか、バスタオルが可哀想な事になっている。
「クラルテ?」
「お背中、流しますね」
「まっ、え、ここ俺の部屋」
「ふふっ♪」
なすがままにされてしまうラウル君。前を向きながらじっとしているが、背中を流す彼女の力加減が絶妙でついつい脱力してしまう。ケモミミがぺたんと倒れて尻尾を横にぶんぶんと振って……飼い犬か俺は!
「ラウルさん」
「は、はい」
耳元で囁くクラルテ。優しい吐息が耳に吹きかかり、思わずびくりとしてしまう。
「私にとっても―――ラウルさんは特別な存在ですよ」
「え、それって―――」
振り向くと、すぐそこにクラルテの顔があった。
ふわりと舞う花のような香り―――柔らかいものが唇に触れ、それが彼女の唇なのだと理解するのにだいぶかかってしまうほど思考回路がフリーズしてしまう。
「あなたが優しい人で、本当に良かった」
「―――ありがとう」
もう一度、今度はもっと深く唇を重ねる。
シャワーの流れる音だけが浴室に響いていた。
「さ、隣どうぞラウルさん♪」
ぽんぽん、と添い寝を促すクラルテ(パジャマVer.)。キスされたせいか、身体が火照るような感覚を覚えつつも隣に潜り込み、彼女と密着する。
2人の鼓動が段々と重なっていく感覚―――意識がどんどん深く、甘い闇の中へと沈んでいく。
やがて気が付くと、俺は戦闘機の格納庫の中にいた。
コンクリートの硬質な床と、オイルの臭いが充満した格納庫の中。そこで翼を折り畳んで待機しているのは蒼く塗装されたレシプロ機だった。
威容に長い脚と大口径のプロペラ、そして展開すれば特徴的な逆ガル翼を形成するであろう主翼。
太平洋戦争、そして朝鮮戦争でアメリカ軍が運用した艦載機『F4U コルセア』だ。ジェット機が姿を現し始めた頃もその武装搭載量の豊富さから攻撃機として長い期間運用された実績のある傑作である。
タラップを上ると、いつものシスター服姿のクラルテが『足元気を付けてくださいね~』と注意を促してくれる。
すとん、とコクピットに収まると、大量のスイッチとアナログな計器類に頭がフリーズしそうになった。視界の端にメッセージウィンドウが表示され、エンジン始動のやり方を動画付きで解説してくれる。
その通りに指先でスイッチを弾きエンジンを始動。バルン、とレシプロエンジンが稼働するや、機首の排気口から灰色の煙を吐き出してプロペラが回転を開始。耳を聾する轟音が格納庫の中に響き始める。
航空機の訓練を受ける事にした理由は単純明快、ずばり『ソーキルに艦載機運用能力がある』事である。
貨物を積載するデッキとは別に航空機を1機から2機ほど収納できる格納庫を持っており、そこから艦載機の発進、着艦が可能なのだそうだ。とはいえヴォイテクの話ではカタパルトなんて便利なものはなく、クレーンアームで吊るし下げて推力を得た段階で投下する自力発進で、着艦は艦と相対速度を合わせてのクレーンアームでの引き込みとなるらしい。
”空”が主役になる世界なのだから、戦闘機の飛ばし方くらいは覚えておいてもいいかもしれない。
最初からF-35とかSu-57とかJ-20みたいな最強クラスのステルス機でも良かったのかもしれないが、それはまあさておき。
スイッチを弾いて主翼を展開。ゆっくりと展開した主翼が固定され、機体が格納庫から前進し始める。
誘導してくれるシスター・クラルテの指示に従い滑走路に出る。
『―――行くぞ』
指示通りに機体を加速させ、俺は初めて自分で空を飛んだ。




