襲撃
「そういえばご存じですかラウルさん。北方のベラシアという国では魔物を食べる食文化があるそうですよ」
地面に掘った穴に仕留めたハーピーの死体を放り込み、持ってきたガソリン缶の中身をざぶざぶかけている俺に、クラルテはいきなりそんな事を言い始めた。
聞いた事がある。どこの国だったか、魔物を食料と見做し積極的に食べる文化がある国がある、と。まあ確かに食べること自体は出来るのだろうが、魔物を食用目的で養殖したり狩猟する国というのは思いのほか少なかったりする。
理由は単純明快、『人間に近い姿をしているが故の忌避感』だ。
特にハーピーやアラクネ、ラミア、アルラウネといった魔物は人間に近い姿をしている事で有名である。これらは人間をより効率的に捕食するための”疑似餌”として機能させるためのものである、とされているが、それにしてもその再現度が精巧に過ぎ、「カニバリズムを彷彿とさせる」「共食いは嫌だ」として食用とはしない国が圧倒的に多数派であるためだ。
まあ、人間とかけ離れた姿をしている魔物もそりゃあたくさんいるが、そういう連中は討伐から加工するまでの手間が凄まじくめんどくさかったり、討伐の難易度が高かったり、ただ単純に可食部が少なかったり不味かったりするから食料とは見做されていなかったりする。
布切れにトレンチライター(7.62㎜弾の薬莢を改造して自作した)で火をつけ、穴の中に放り込んだ。大量の死体に付着したガソリンに触れた途端にごう、と一気に燃え広がり、ハーピーたちの羽が、肉が、頭髪が、凄まじい勢いで燃えていく。
油をかけて火を着ければそれでハイ終わり、とはいかない。血抜き処理をしているならばまだしも、コイツらはまだ殺してから間もないフレッシュな死体である。人体の7割が水分で出来ているように、大半の魔物もその通りだ。となれば当然、燃やせば体内から水分が出てくる。
なので火がその水分で消えてしまう事の無いよう、残量に注意しながらガソリンを継ぎ足ししていくのだ。ちゃんと焼却処分すれば問題はないが、中途半端な死体が残っているとソイツがゾンビ化して……という事になりかねない。
実際そういうミスが原因で壊滅した集落も多いので、冒険者管理局では駆け出し冒険者向けのパンフレットにイラスト付きで『正しい焼却処分のやり方!』と題し解説を掲載している。俺も読んだがまあ分かりやすかった。アレ描いたの転生者なんだろうか?
ともあれ、規定数の8体……それよりちょっと多くてもいいように、と多少の余裕を考慮し用意してきたガソリン缶だが、いくら何でも総討伐数60体は多すぎる。管理局の情報いくら何でもガバガバすぎやしないか。
これガソリン足りるかな、と不安になっていると、段々と漂い始める焼き鳥みたいな匂い。
穴の底を見下ろすと、まるで地獄で焼かれる罪人たちのように火達磨になっているハーピーたちが良い感じに焦げているところだった。時折、まるでまだ生きているかのように手足を動かしたり身体を胎児みたいに丸める死体が見えるが、あれは生き返ったわけでもゾンビ化したわけでもない。燃やされた事によって筋肉が収縮しているだけで、あれはもはや魂なき”抜け殻”でしかないのだ。
人も燃やすとああなるんだろうか。
身体を丸めて母から生まれ、死ぬ時は身体を丸めて土へ還ってゆく。
生と死の円環は、この世界ではそうやって結ばれていくのだ。
ガソリン缶が空になり、クラルテから予備の缶を受け取ろうとして……ぴたり、と手を止めた。
―――殺気。
竜人はどうか知らないが、獣人はそういった気配に鋭敏だったりする。食物連鎖という大自然の身分階級の中で生きてきた動物の遺伝子は、俺たち獣人の中でも未だ息衝いているのだ。
まあ、とはいえ俺のような肉食獣タイプではなく草食獣タイプのほうが、より殺気を察知する術に長けているのだが(そのため草食獣タイプの獣人は天地戦争で見張り員として重宝されたという)。
「美味しそうな匂いがしますねぇ……見た目はおぞましいですけど」
「―――クラルテ」
「はいラウルさん?」
「……3つ数えたら頭を下げろ」
「へっ?」
「1つ、2つ」
「え、ちょ、何です急に? ラウルさん? ラウルさ―――」
ごめんクラルテ。
彼女が身体を地面に強く打ち付けたり、誤って穴の中へ転がり落ちないよう細心の注意を払いながら、シスター服の袖口を引っ張りつつ足を刈って地面に優しく引き倒す。
「きゃんっ!?」と驚く彼女の声を間近で聴きながら右手をホルスターへ。伸縮式のブレースを伸ばしながらグロック40を引き抜いた直後、ヒュン、と一瞬前までクラルテの頭があった空間を1本の矢が通過していく。
矢の飛んできた方角からおおよその位置を特定、グロック40をガンガン撃った。スライドが激しく前後し、10㎜オート弾のガツンとキツめの反動が手首を苛む。
とはいえ標的を目視していないし、あてずっぽうの射撃だから命中なんて期待していない。ただ「お前その辺にいるだろ分かってんだぞオラァン!?」という意図を込めた反撃だった。
このままではやられると思ったのだろう。がさ、と茂みが揺れる。
茂みの隙間から服のような物が見えたので、足音の遠ざかっていく速度からおおよその速度と距離を測定、左手で抜き払ったナイフを思い切り投擲する。
「ギャッ!」
「ラウルさん!?」
女の声だった。
クラルテは周囲を警戒、と指示を出し、茂みの中へと飛び込む。
ピストルカービンと化したグロック40を構え、いつでも撃てるように備えながら茂みの中を探索。血の臭いを頼りに顔を出すと、そこには弓矢を装備した女性の冒険者の姿があった。
冒険者、と判断できた理由は装備だ。私服の上に、動きやすさを重視しした革の防具を着用している。心臓などの急所には金属製の防具を装備しているが、いずれもデザインは統一されておらずバラバラだ。とにかく店にあった装備を手が出せる範囲で買いそろえた、とでも言うかのようである。
軍隊であればもう少しマシな装備を支給するはずだ。
さっき投げ放ったナイフは女の左肩にぐっさりと突き刺さっていた。
銃を向ける俺を見て怯える女の冒険者。その頭にはブレード状の角が、腰の後ろからは鱗に覆われた尻尾がある事から竜人である事が分かる。
「お前、仲間を狙ったな」
まだスパーニャ訛りの残る、しかし日常会話に支障がないレベルの竜人語で問いかける。
目的は金品か、ハーピー討伐の功績の横取りか……いや、俺たちの持ってる現代兵器目的か。
そりゃあそうだろう。この世界では技術水準は全盛期と比較すると大きく対抗しており、銃という装備がそれなりに稀少なカテゴリの武器なのだ。そんな世界で30発とか100発とか当たり前のように連発できる銃を持った冒険者がいて、しかもそいつらが憎き獣人ともなればこうしない手はない。
「や、やめっ……!」
正直に話せば見逃してやってもいい、とは思った。
その気になれば殺す事も出来るし、昨晩むったりと人を殺す練習に精を出してきたので、眉間に鉛弾をぶち込んでこのクソ女を天に召す事に抵抗はない。ただ、実際殺したとなるとこの女の死体も一緒に焼却処分しないといけなくなるので、ガソリンが足りなくなる。ほぼ確実に、だ。
銃を突きつけ尋問するよりも先に、新たな殺気が背後で芽生える。
素人だというのは分かった。殺気どころか足音を消す配慮もせず、それで忍び寄っているつもりなのかも分からないが―――次の瞬間には身を翻し、後方から振り下ろされた戦斧の一撃を紙一重で躱していた。
「!?」
今の一撃を避けられるとは思っていなかったのだろう、斧を手にしたガタイの良い竜人の戦士が目を見開く。
ガツッ、と振り向き際に竜人の戦士の顎にグロック40のマズルガードで思い切りマズルアタックを叩き込む。咄嗟の接近戦では銃も打撃武器として使う事がままあり、銃剣を装着していなくともマズルアタックの機会はあるだろうと想定して、相手に押し付けた状態で射撃する事も考慮しスパイク付きのマズルガードを装着していたわけだが―――まさか早くも出番がやってくるとは。
マズルアタックで顎を殴打され、脳を揺さぶられる竜人の戦士。
銃口に睨まれた彼と、目が合った。
―――正当防衛だ、悪く思うな。
躊躇なく引き金を引いた。
一瞬、10㎜オート弾が彼の頭を悔い破って、頭蓋の一部と思われる白い破片が飛び散っていくのが見えた気がした。しかし次の瞬間にはまるで貧血でも起こしたかのように仰向けに倒れ、そのまま動かなくなる。
叫び声をあげてぶっ倒れたり、派手に吹っ飛ぶのはアニメやアクション映画の中だけの話。
現実ではこうだ―――傍から見れば、急に転んだようにしか見えない。
まだいるな、と周囲を警戒したのと、パラララッ、とグロック18Cの銃声が聴こえたのは同時だった。クラルテが狙われたのか、と踵を返し彼女の元へと戻ると、穴の縁に大型のメイスを手にした竜人の女性の冒険者がぶっ倒れており、ロングソードを手にした男性冒険者と彼女が対峙しているところだった。
「ラウルさん!」
「……待て、お前は」
見覚えのある顔だ。
この依頼に出発する前、冒険者管理局で人を思い切り差別してきた竜人の冒険者。なんかFPSでイキってるくせに学校では大人しそうな顔をしてるからよく覚えている。
「てめえ……アビゲイルとダリルをどうした!?」
「女の方ならあっちの茂みで血を流してる。ダリル……男の冒険者ならたった今殺した」
男の顔が強張った。
じわりと浮かぶ脂汗。こんなはずではなかった、とでも言いたげな表情に、しかし笑いも何も込み上げてはこない。まだまだラウル君は未熟なので、こうした命のやり取りを楽しむ余裕は持ち合わせていない。
しかしむしろ逆に、何の表情もない無機質さが相手に得体の知れない恐怖を抱かせたらしい。剣を持っていた男が、ぶるぶる震えはじめる。
その隙を見逃さなかった。
「死体処理用のガソリンに余裕が無いんだ。殺させるな」
「……っ」
からん、と剣を投げ捨てる男。
両手を上げ、戦う意思がない事をアピールするなり、彼はそっとこちらを睨みながら後ずさりし始めた。ひとまずこれで、冒険者同士で争い合うという不毛な行為の継続にならずに済
「バカが!!」
男が腰のホルスターからリボルバー拳銃を引き抜くより先に、眉間に10㎜オート弾を叩き込んでやった。
断末魔すらなく崩れ落ちる男。彼の死体に近付くと、そのまま心臓に追加で2発弾丸を叩き込み、確実に息の根を止めた事を確認する。
「ラウルさん」
「……それ以上言うな」
残酷な世界で生きていくのならば、自身もそれ相応の残酷さを身につけなければならない。
世界が自分仕様に合わせてくれる、なんていうのは甘ったれたクソガキの戯言だ。世界が自分のために適応してくれるのではなく、自分を世界のために適応させる。そうしなければ弱者として淘汰されるだけである。
さて、と。
「こいつらの身ぐるみ剥がして、装備は持って帰って売ろう。金にはなる」
「死体は?」
「燃やす」
実際、ダンジョン内などで死亡した冒険者の死体を漁って装備を回収し、売店に売却すると収入になったりする。とはいえそんな事をするのは赤の他人くらいのもので、知人だったり戦友だったりした場合は遺品として持ち帰る事の方が多いのだが。
男が持ってたリボルバーやら剣、ナイフ……そういった使えそうな品をダンプポーチの中に収め、俺は立ち上がって後ろを振り向きながら思い切り拳を振り払った。
ばきゅ、と人間の顔面に拳がめり込む。そこに居たのはもちろんクラルテではない。先ほどナイフを投擲して足止めしていた女の冒険者だ。そいつが俺のナイフを肩から引き抜いて、後ろから刺し殺そうとにじり寄っていたのである。
顔面を殴られ何かを叫びながら地面を転がる女。
傍らに歩み寄り、顎をブーツで踏み砕いて黙らせた。
「ラウルさん」
「なんだい」
大型メイスを回収していたクラルテが、ちょっと引いたような顔で言う。
「その……思い切り顔面行きましたね。女性の」
「ああ。俺は男女平等主義者だからな」
顎を砕かれ絶命した女の冒険者の装備を回収しながら、当たり前のようにそう応じた。
「男は殴るし、女だって殴る」
「えっ」
本音である。
「男女平等というのは男を卑下する事でも、女を特別扱いする事でもない。男だから、女だから。そんな理由で対応を変えず平等に接する事が本質だ」
転生前に通っていた空手の道場では、試合ではともかく練習では当たり前に女子と組み手をする事が多かった。そして”相手に手加減するのは無礼極まりなく、本気で挑む事こそが最大の敬意”と教わった。
女だから、という理由で特別扱いしたり手を抜く事の無い価値観は、幼少の頃から醸成されていたのかもしれない。
まあ、そういう世界で育った身として言わせてもらうと男でも弱い奴は普通に弱いし、普通に強い女もごまんといる。というか道場に強い女子の先輩がいて何度も上段回し蹴りを叩き込まれ脳震盪を起こしていたのは良い思い出である。母に『また上段蹴られるから空手行きたくない』と泣きついたあの頃が懐かしい。
女の死体から弓矢と矢筒、それから安っぽいナイフを回収。後は防具か。それなりに傷んでいるが、売ればまあ小遣い程度にはなるだろう。
仲間の命を奪おうとした報いだ。せいぜい糧になってもらおうか。
殺そうとしたんだから殺されだってするだろう。それが今日だった、それだけの事だ。
「”平等”って残酷だよな、クラルテ」
「……そう、ですね」
「―――でもクラルテは特別だ」
「……え?」
……本音である。




