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戦後8年の傷跡


 配達が終わる頃には、心身ともにクタクタだった。


 一応、こういった配送を代行してくれる専門のギルドというのも存在する。浮遊大陸や地上の大都市にあるような貨物集積所に荷物を預ける事で、得られた収入の一部を手数料として彼らに支払う形になってしまうが、直接届けに行くよりは手間がかからないしその間に他のビジネスに手を付けて効率的に稼ぐ事が出来るという事もあって、空中艦で運送業をやってる冒険者ギルドの多くが『配達代行サービス』を利用しているのだそうだ。


 くまさんハウス(ウチ)もソレやればいいのに、とヴォイテクに提言したのだが、彼曰く『飛竜の卵を配達代行サービスに頼んだ結果があれでございます』と返されぐうの音も出なくなってしまった。どうやら代行業者の輸送機に運ぶ途中で盗賊に襲われ、荷物を捨てて逃げてきたのだという。


 直近でそんな失敗をやらかしているので、彼も警戒しているのだろう。そりゃあ仕事を外注するこっちは楽だろうが、外注した仕事が成功を収め期待通りの収入になるかと言われれば不安が残る。結局のところ、確実に稼ぐならば自分たちで配達までキッチリやった方がいいのだ。


「好啦,今天的晚饭是过桥米线哦(はーい、今日の夕飯は過橋米線ですよー)」


 厨房から出てきたチャンさん。厚手の手袋をはめて持ってきたのは陶器製の丼みたいな大きなお椀で、中にはぐつぐつと煮え滾ったスープが入っている。鶏がらベースなのだろうか、煮込まれた鶏肉の香りがするし鶏油が浮いている。


 中には鶏肉やもやし、ほうれん草にネギといった具材と一緒にうどんのような細い麺が入っている。なんか聞いた事の無い料理が出てきたんだけど何なんだろうコレ。これも中華料理なんだろうか。


「チャンさんチャンさん、これは何?」


「ああコレ、”過橋米線”ネ」


「過橋米線」


「米使った麺、スープで煮込んだ麺料理ヨ。器熱い、触る気を付けて」


 そういえば確かに器がやたらと加熱されている……うっかり触ったら火傷しそうだ(だから運んでくる時厚手の手袋着用してたのかチャンさん)。


 いただきまーす、と手を合わせてからレンゲでまずはスープを一口。凄まじい熱気もそうだが、スープの表面に浮かぶ鶏油に秘密があると見た。おそらくアレだ、ラーメンの背油と同じで表面に油膜を張る事で熱を逃がさないよう工夫しているのだろう。


 冷めにくく、食べる人が温かい食事を楽しむ事が出来るための知恵がここにある。


 このギルドに来てから痛感させられたが、中華料理って思っているよりもかなーり多様なのだ。毎日中華料理でも飽きないのはその味もそうだが、バリエーションの数があまりにも豊富過ぎるのもその理由であろう。


 おかげで毎日胃袋が幸せ過ぎる。このギルドに加入してよかったホントに。


 スープを口に含むと、思ったよりも優しい味にちょっとびっくりした。もう少しラーメンみたいなガッツリ系というか、パンチの利いた塩味なのかなと思ったら全然そんな事はなく、まるで疲れた体を優しく包み込んで労わってくれるような、そんな慈愛に満ちた味わいだった。


 麺を冷ましながら啜る。食感はもちもちしていて、こちらも食べ応え十分だ。


 なんかすげえ身体にいいもの食べてるような感じがする。


「なんじゃラウル、お前も艦長みたく麺を啜るんだな」


「え……ぁ、すいませんつい癖で」


「お前東洋出身だっけ?」


「いやスパーニャ」


 機関長とソコロフにツッコまれ、とりあえず誤魔化しておく。


 久しぶりの麺料理だからフツーに啜ってしまった。海外だとやっぱりこういう食べ方を忌避する人多いんだな……静かに食べようかと思いながらヴォイテクの方を見ると、彼は周りの目なんかまったく気にしていないように思いっきりずるずる啜っていた。


 そして俺の隣でもずるずるずびずばとすっげえ聞いた事ねえ音を立てながら麺を啜るシスターさんが約1名。お前どんな食い方してるのと思いながら視線を向けてみると、ものすげえ幸せそうな顔をしながら米線を啜る……というより”吸う”シスター・クラルテの姿が。


「あの……チャンさん、おかわりは……?」


「嗯,是的……是的。食物可以无限续加,请尽情享用(え、ああ……うん。おかわりはたくさんあるからどんどん食べてね)」


「艦長、チャンさんはなんて?」


「おかわりはたくさんあるってさ」


「私このギルド入って良かったって今心の中から思ってます」


「お、おう……」


 なんだろう、クラルテ1人のせいで食費が凄い事になりそうだ。


 とか言いつつ俺もおかわりをもらう。


「……ところでラウル、どうだった? 初めての浮遊大陸は?」


 麺を平らげスープの具材を箸で口へと運びながら何気なく問いかけてくるヴォイテク。きっと配達から戻ってきた後の、俺とクラルテの何とも言えない表情から”洗礼”を受けてきたんだろうなと察しているのだろう。


「……なんか、生きてる人にとってはまだ天地戦争は終わってないんだなって」


 それが正直な感想だった。


 8年前、天地戦争は獣人と竜人、双方の痛み分けで終わった。


 ”勝者なき戦い”というのが、幼少期を戦時中に過ごした俺の抱いた印象である。


 結局、戦争を無事に終える事が出来たのは皮肉にも戦死者たちだけだ。戦争が終わっても憎悪がこの世界に留まって、お互いに冷たく睨み合う……今の世界はそれほどまでに冷たい。


「まあ……な。たった8年で仲良しこよしなんて無理な話だ」


「そうだぞラウル。ウチの艦長なんか7年前に配達に行った時にな、竜人の女に残飯ぶっかけられて―――」


「機関長、その話はナシってこないだ言ったじゃん」


「ガッハッハッハ、今じゃあもう笑い話よ!」


 豪快に笑うヨルゲンセン機関長。やっぱりというか、竜人からそういう扱いを受けるのは一種の”通過儀礼”なのだろうか。


「……ヴォイテクはさ、なんでそんな目に遭っても配達続けてるのさ?」


 箸を止めて、心に浮かんだ純粋な問いを投げた。そんなにも差別されて、下等生物だとか蛮族だとか酷い言葉をぶつけられて、それでも荷物を届ける理由は何なのだろう? いったい何が彼をそこまで前に進ませるのだろう?


 その真意が知りたくて、思わず単純に思えて深いところに踏み込んだ疑問を口から発していた。


「そりゃあお前……アレよ、誰も彼もがそういう理由で交流をやめちまったら待ってるのは完全な分断だからな」


 ぐいっ、とお冷の水を一気に呷り、彼はさらりと答えてみせた。


「忘れんなよラウル。俺たちがいるのは最前線(フロントライン)だ」


 彼の言葉には、ずっしりと心に沈み込んでくるような”重み”があった。


















 思っていた以上に、獣人に対する竜人の風当たりは強いようだった。


 シャワーを浴びながら熱気で曇る鏡の中の自分を見つめていると、脳裏に今日受けた言葉が蘇ってくる。


 ―――汚らわしい獣人。


 ―――人類の失敗作。


 ―――お父さんを返せ。


 ―――下等生物。


 それでも何も言い返さず、淡々と荷物を届けた。


 全員が全員ではなかった。中では俺たちに寄り添うように、非難の言葉を発する同胞の行為を恥じ、詫びてくれる人もいた。荷物を受け取って喜んでくれる人もいた。笑顔で背迎えてくれる人も、ここまで届けに来た事を労ってくれる人もいた。


 言葉に出来ない感情が胸の中をぐるぐるしている。


 まだ戦争は終わっていない―――本当にそうだと思う。


 人間の憎悪や差別意識は、たかだか8年程度で消えるほど軽いものではないのだ。それが父親や息子、夫を奪われた遺族の憎しみであれば猶更だろう。そんな憎しみに折り合いをつけるのは難しい事だ。


 ふう、と溜息をついて、シャワーの蛇口をひねった。


 意外かもしれないけれど、空中艦や浮遊大陸においては真水はそれほど貴重品というわけではない。潜水艦や水上艦であれば真水は貴重品で、毎日風呂に入るなんて贅沢極まりない事である。


 だが空中艦はその限りではない。こうやってシャワー出しっぱなしにしても誰も咎めないし、清潔な飲料水だって気軽に口にできる。雑菌や不純物を取り除いた綺麗な水で調理できるし、衣服も洗濯できるのだ。


 なぜそんな事が出来るかというと、【雲から水分を抽出】しているからである。


 空に浮かぶ雲、あれは姿こそ違えど実質的には水分の塊だ。空中艦は航行中に雲を吸入してその中から水分を抽出、濾過して不純物を取り除くという工程を経る事で簡単に真水を生成できるのである。


 なので実質的に雲は『空飛ぶ水源』と見做せる、というわけだ。


 しかし雲の中の水分は密度が非常に薄い。仮に1㎥の雲を集めて濃縮、水分を抽出したとしても、コップ1杯分にすらなりはしない。そこからさらに濾過という過程を経るので、最終的に集まる水の量はさらに減る。


 だからとにかく量を回収する必要があるのだ。


 そのため空中艦は比較的安全な雲の中を意図的に航行したり、あるいは船体下部から雲を吸入するためのプローブを雲に垂らして水を確保したりする。


 そのような方法で真水を確保しているので、空では真水には困らない(効率はあまりよくないが)。


 シャワーを終え、ドライヤーで髪を乾かしシャワールームの外に出る。


 何というか、上半身裸になると何故か胸元に謎の光が生じる。まるで深夜アニメの修正のようだ。円盤とかOVAだったらちゃんと見えるんだろうな、なーんて思うが俺は男だ。ヒロインではない。


 パジャマに着替えてからベッドに腰を下ろし、BRN-180を召喚。すぐに寝つける様子もないので意味もなく銃を分解結合したり、マガジンを外し薬室を空の状態にしてから空撃ちしたりと、色々やって時間を潰す。


 しばらくしてドアをノックする音が聞こえてきた。「どうぞ」と入室を促すと、やってきたのはシスター・クラルテ。いつものシスター服……ではなく、もこもこのパジャマ姿である。いつもはシスター服で隠れている狐のケモミミやふわっふわの尻尾が丸見えだ。


 だいぶ印象変わるな、と思いながらじっと彼女を見上げつつ、BRN-180を召喚解除。するとクラルテはにこやかに微笑みながら、俺の隣に腰を下ろした。


 ふわり、と石鹸と花の香りが舞う。


「ラウルさん、実は私には”サポートスキル”というものが備わっているんです」


「サポートスキル?」


「はい。転生者の持つユニークスキルを補佐するためのものです」


 初耳だった。


「それは具体的に、どのような?」


「私の場合は【仮想空間を生み出し、そこで現代兵器の訓練を行う】事が出来るスキルです。名称は【教練空間(トレーニングスペース)】」


「……つまり?」


「はい。あなたのユニークスキルで召喚できる様々な銃器や兵器の操縦方法を学ぶ事ができます。それも場所を選ばずに」


 ―――なんと魅力的なスキルか。


 現代兵器は強力だ。魔力に依存せず、それでいて魔術師や転生者を圧倒する火力を秘めている。殺しの為に最適された科学の、現時点での完成形と断言してもいいだろう。


 しかしそれも、ただ持っているだけでは意味がない。操作方法だけでなく構造もしっかりと学び、知識として頭の中に詰め込んでおかなければクソの役にも立たない棍棒でしかないのだ。だから何度も何度も訓練して、その操作方法を身体に覚えさせる必要がある。


 訓練、という過程が必須になるのが俺のユニークスキル【原初の火薬庫(アーセナル・ゼロ)】の欠点でもある。しかしクラルテの持つサポートスキルは、その欠点を補って余りあるものだ。


「……じゃあ、じゃあさ、それ……今早速できる?」


「はい、出来ますよ」


「お願いしても?」


「分かりました。では」


 どうやってスキルを発動するんだろう、とワクワクしながら待っていると、突然人のベッドにごろんと横になるシスター・クラルテ。え、何してんの、と困惑する俺を他所に、クラルテは笑みを浮かべ左手の人差し指をぷるぷるした唇に添えながら、ぽんぽん、とベッドを軽く叩いて隣に横になるよう促してくる。


 ん、んん???


 添い寝???


 いいのか、と確認するように彼女の顔を見ると、クラルテは笑みを浮かべたまま首を縦に振った。


 ……お、お邪魔します。


 ごろん、とクラルテに背中を向けるように横になる俺。途端にむにゅ、と背中に柔らかいものが押し付けられ、あっという間に顔が真っ赤になる。


 童貞にこれは辛いって。


「ラウルさん、そっぽを向かないでください」


「いや、でも……ぁぅ」


「んっ」


 ぐるーん、と力業で反転180度させられるラウル君。目の前にはシスター・クラルテの大人びた顔と綺麗な金髪、そしてサファイアみたいな蒼い瞳が。


 こつん、と額が触れ合うほどの至近距離。彼女の息遣いを感じるたびにぞわぞわして、サポートスキルどころではない。


「こうして……あなたの息遣いと鼓動を感じないと、スキルは発動できないんです」


「欠陥じゃないのソレ!?」


「ほら、暴れない。ぎゅー♪」


「ふぁっ、ちょ、んっ」


 ぎゅー、と抱きしめられてしまうラウル君。


 あれ……な、なんだか、眠気……が……。




空中艦の真水確保について


 空では真水の確保に困る……と思いきや、実は意外とそうではない。空中艦には吸入した雲から水分を濃縮して抽出、濾過を経て真水を生成するための設備が備わっているためである。つまるところ雲は『空飛ぶ水源』なのだ。


 水を確保する際、空中艦は船体に搭載した吸入ユニットを雲に潜航させて水を確保するか、吸入用のプローブを曳航して雲を吸入する。そのため雲の多い空域は真水の宝庫とも言えるが、しかしこの方法では効率が悪い(1㎥の雲を濃縮してもコップ1杯分にすらならない)ため、とにかく量を集めるか、出発前に十分な量の真水を確保する必要がある。


 なお、同様の設備は浮遊大陸にも備わっており、浮遊大陸も同じく雲や雨を水源としている。



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― 新着の感想 ―
まあ…戦後8年ですものね。戦没者遺族や孤児が地上でも空中でも溢れ返り、そんな中で異種族間の流通最前線ですから、肉体的以外にも精神的にくるものはありますよね。それでなお誰かが手を繋がないと駄目でしょと言…
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