猛禽直上、急降下
人生で生まれて初めてジェットコースターに乗り込んだのは、確か小学6年生の頃だったか。
異世界転生する以前の記憶―――微かに薄れ、しかし確かに脳裏に、そしてヴォイテクという異世界人の魂に焼き付いた前世の記憶。小学校の修学旅行で訪れた遊園地で、生まれて初めてのジェットコースターを経験。その落下感と急旋回するGに貧弱極まりなかった彼の三半規管は混乱に混乱を極め、遊園地のトイレで集合時間まで吐いていたのも今では笑い話である。
もっとも、その笑い話を共有できる友人はもういないが。
当時よりもさらに激しく、安全面も考慮されていない命懸けの急降下―――全長140mの武装貨物船が、大地の発する重力に導かれて落ちていく。
「ダイブブレーキ、展開!!」
艦長席に座るヴォイテクが命じると、バンッ、と装甲の剥離するような音と共に、武装貨物船【ソーキル】の船体各所に搭載されたダイブブレーキが展開。猛烈な空気抵抗を生じさせ、急激に落下していく船体に減速をかける。
これがあるかないかだけで、急降下時の安全性は大きく変わるのだ。ダイブブレーキが無かったらそのまま上昇に転じる事すら難しくなる速度まで増速してしまい、大地の熱い一度限りの抱擁を受ける事になってしまう。
ギギギ、と船体の軋む音。
ソーキルも老齢の艦だ。元はと言えば北方イライナ公国がまだノヴォシア帝国領だった時代に建造され、天地戦争に投入された『670型飛行駆逐砲艦』が原型となっている。
腰に爆弾を抱えた定年間近の初老男性にパワードスーツを着せて戦わせているような状態―――それが武装貨物船として生まれ変わったソーキルの現状であった。
「上げ舵15、船体起こせ! 主砲発射用意!」
6門の対艦ロケット発射管が装備された艦首が重々しく持ち上がる。船体の腹で空気抵抗を受けた事により、ソーキルは一気に減速。
爆撃機のキャノピーを思わせる艦橋の窓の向こうに、盗賊団の空中艦が迫ってくる。
艦橋から見える60口径20.3㎝連装砲の砲身が、ゴゴン、と重々しく持ち上がった。
ソーキルの属する670型飛行駆逐砲艦の最大の特徴が、この巡洋艦クラスの主砲である。安上がりで小柄な船体に最大の火力を詰め込むべく搭載されたそれは、しかし技術と設計限界から旋回させる事は出来ず、艦首側に固定された状態で搭載されている(一応多少の左右上下への射角調整はできる)。
基本的に艦首の軸線を敵艦へと向け、『船体全体で狙う』必要のある武装であった。
そのような運用難度の高さと他の艦よりも複雑な設計、独自規格のパーツ、高くついた新型機構といった要素が当時のノヴォシア帝国空軍に敬遠され、同型艦の建造が僅か35隻に落ち着いてしまったのはまた別の話である。
盗賊団の空中艦が、直上から決死の急降下を試みるソーキルの存在に気付いた。
対空砲や機銃を放ちつつ退避に入る。瞬く間にソーキルの周囲には高射砲が炸裂したかのような黒煙が生じるが、しかし全く以て粗末な砲撃だった。当たる気配がない。
艦長席のアームレストを握り締め、ヴォイテクは強烈な落下感の中、慎重に砲撃のタイミングを見計らう。
ポルスキー共和国空軍の軍事教範には、こうある。
『急降下爆撃を行う際は、敵の間抜けな顔がはっきりと見えるまで引き付けてから投下する事』。
目を凝らせば、激震する艦橋の窓の向こうに―――盗賊団の空中艦の中で、慌てふためく相手の船員の姿が見えた。
「―――撃てェい!!」
伝声管に向かって命じるなり、主砲制御室の中に詰めていた見習い船員のソコロフは頭上にある発射レバーを同時に前進させた。
撃針が装薬を目覚めさせ、ソーキルの外見上の特徴ともなっている長砲身の内部で砲弾が一気に加速。ライフリングの中で螺旋状に回転しながら撃ち出された2発の榴弾は捕鯨船から投げ放たれた銛さながらに、退避に転じる空中艦をぶち抜いた。
2発のうちの片方は前部甲板の、主砲と艦橋の中間へと潜り込んだ。急降下する勢いも乗せて放たれたその一撃はもはや徹甲弾と見まがうほどのもので、装甲をぶち抜き火薬庫付近に到達したところで起爆。艦内の通路を凄まじい勢いで炎が突き抜け、逃げ遅れた乗員たちを焼き尽くしていく。
そしてもう1発は艦の大脳とも言える艦橋を真上からぶち抜き、よりにもよって艦橋内部で起爆したのだからたまらない。着弾の衝撃を感じた頃には弾頭が艦橋内にいた盗賊たちを押し潰して起爆、逃げ場のない閉鎖空間で生じた爆発はガラス張りの艦橋を木っ端微塵に粉砕すると、瞬く間にその制御を狂わせた。
加えて満足に整備もされていなかったのか、それともダメコンすら出来ないほど練度の低い相手だったのだろう。たった一度の砲撃で生じた火災は留まるところを知らず船体後部まで達し、艦を浮遊させていたエンジンへの動力が止まってしまった盗賊団の空中艦はまるで貧血を起こしたかのようにぐらつくと、小さな爆発を何度も繰り返しながら廃村近郊に墜落。地面を盛大に耕したところで大爆発を発生させた。
爆風の衝撃波から、咄嗟にクラルテを庇うラウル。
2人の頭上を悠々と通り過ぎていくのは、船体に『ダンボールを運ぶ熊』の姿がデフォルメされて描かれたイラストと『くまさんハウス』という間の抜けたギルド名が記載された、武装貨物船ソーキルの姿だった。
「いやぁー、お前だったかラウル! 懐かしいな!」
あっはっは、と盛大に笑いながら肩をバシバシ叩いてくるヴォイテクは相変わらず変わっていなかった。口に大きな葉巻を咥え、煙をたなびかせている。煙草をやめる気なんてさらさらないようで、彼が身に纏うコンバットシャツやコンバットパンツ、そして羽織っている空軍用のジャケットからは強烈な煙草の臭いがした。
ジャケットの肩のところには、ダンボールを抱えて運ぶ熊のデフォルメされたイラストと『くまさんハウス』という記載がある。あの気の抜けたギルドこいつのとこだったのか……。
「にしてもすまなかったな、こっちの不手際で迷惑かけた」
「いや、いい……」
こっちも仕事だ、と言葉を続けるが、しかし多少落ち着いた今になって人を殺してしまった罪悪感が心の中で渦を巻いている。
分かっている、必要な事であった事くらいは。冒険者になった以上いつかは経験しなければならない”通過儀礼”であった事くらいは。
頭では、理性では分かっている。けれどもつい15年前までは殺しとは無縁極まりなかった日本で身に染み付いた価値観というのは、そう簡単には覆らない。異世界転生を果たし、ラウル・エルマータという獣人の少年に生まれ変わってもそれは変わらないのだ。
そりゃあそうだ。毎日の衣食住が保証され、少なくとも俺がトラック×2に着地狩りされた2026年2月の時点では平和で、命のやり取りなんて法に反しない限り無縁だったのだ。
そんな生活を25年も続けていていきなり異世界に放り込まれればこうもなるだろう……元ニートだった奴が異世界転生して躊躇なく相手をチート能力で殺してるのを見ると、コイツもしやサイコパスの素質あるのではと思ってしまう。
「ラウル」
そっと肩を組み、耳元でヴォイテクは言った。
「……引き返すなら、今のうちだぞ」
彼の言葉は、優しかった。
今ならばまだ引き返せる―――武器を捨て、真っ当な道で生きるには今の内に引き返せ、という彼なりの忠告。
「……冗談じゃない」
彼の言葉に甘えそうになりながらも、しかし俺は首を横に振った。
「力が欲しくて、強くなりたくてこの界隈に足を踏み入れたんだ。こんなところで尻尾巻いて逃げたら男じゃねえ」
「……お前男だったのか」
「殴るぞこの野郎」
変なところでボケるな、力が抜ける。
……でもまあ、おかげで張りつめていた”何か”が消えたような気はする。
「まあ、その……何だ。誰もが通る道だ、自分で少し考えてみろ」
「そうするよ、ありがとう」
彼に礼を告げ、踵を返した。
ヴォイテクのギルドで働いている見習いの獣人なのだろうか。ツキノワグマの獣人(動物が二足歩行で歩いているような形態の第一世代型だ)が、シスター・クラルテから飛竜の卵の入った木箱を受け取って貨物船の倉庫に収納していくところだった。
廃村には既にバレーシャ市から派遣されてきたのであろう憲兵隊が現地入りしており、生き残った盗賊たちを連行しているところだった。墜落した空中艦の方には消防隊も駆けつけていて、放水車から放水してまだ燃えている空中艦の消火活動を行っている。
「ただの盗品奪還依頼が、とんでもない大事になっちゃったな」
「……ええ、そうですね」
事後処理をする憲兵隊の姿を遠巻きに眺めていると、隣にやってきたクラルテが胸元のメダリオンを外した。
「ラウルさん、あなたの心に”揺らぎ”が見えます」
「……」
「マザーの”調律”を受けてはいかがでしょうか。過剰なストレスは心身に悪影響を―――」
「いや、いい」
え、と少し驚いた様子で差し出したメダリオンを引っ込めるクラルテ。
無理にでも笑顔を作って、彼女の顔を見上げた。
「その方が楽なんだろうけど……でも、このままでいい」
彼女のいう”調律”がどのようなものなのか、はっきりとは分からない。
けれどもこのストレスを何とか、解消してくれる便利なものなのだろう。正直言ってそんな便利なものがあるならば頼りたいところではある。
でも―――それでも。
「……こうして苦しんでる方が、”人間”として生きてるような気がする」
「苦しむ自由、という概念ですか」
「ちょっと違うな。俺は何でもかんでも権利と結び付ける声だけデカい連中とは違うよ」
それに、こうして悩んで苦しむ余地を残しておかなければ……いずれ心がヒトのそれとは大きくかけ離れたものになってしまうような気がする。
俺はそれが、一番怖い。
人を殺しても命の重みを知覚できなくなる瞬間が、一番怖い。
翌日。
正式にCランクへと昇格して、仕事が本格的に討伐系のものにシフトしていった。
そりゃあそうだろう。ここまでランクが上がって、いつまでも薬草採取やらキノコ採取で生計を立てている場合ではない。難易度が高いという事は報酬もそれ相応に高いという事だ。
『グォォォォォォ!』
地鳴りのような咆哮と共に剛腕を薙ぎ払ってくる岩でできた巨人―――【ゴーレム】。
元々は旧文明の自立兵器だったものの成れの果てとされているそれは、しかし動きが緩慢だ。少なくとも肉食獣の獣人を捉えられるほどとは言い難い。
薙ぐ剛腕を回避し、突っ走る勢いをそのままにスライディングで股下へと滑り込む。ゴーレムの足の間を通過しながらBRN-180のフルオート射撃を叩き込んで背後へと通過、離脱に転じた。
股関節辺りに弾丸を撃ち込まれ、動きが鈍るゴーレム。
今だ、と言うまでもなかった。そのタイミングを見計らったかのようにカールグスタフ無反動砲の対戦車榴弾が飛来、ゴーレムの胸板をぶち破り、その奥で赤く輝くコアを露出させる。
カールグスタフを担いだクラルテの所に急ぐなり、砲身後部にあるレバーを操作してバックブラストを噴射するためのラッパ型ノズルをスイングアウト。予備の砲弾を装填して砲尾を閉鎖、トントン、と少し強めにクラルテの肩を叩いて装填完了と退避完了の意を伝えるなり、彼女は引き金を引いた。
自衛隊では『ハチヨン』の愛称でも親しまれ、クッソ重いが故に行軍の際の負担にもなっているそれ。その第二の鉄槌は狙い違わずゴーレムのコアをぶち抜いて、岩の巨人をものの見事に絶命させる。
攻城用の大型メイスで地道に攻撃してコアを露出させるか、それともこの世界では貴重な榴弾砲を投入するかのいずれかがセオリーとされている対ゴーレム戦。それをたった2発の対戦車榴弾で何とか出来てしまう辺りに、”殺し”を合理化した現代兵器の威力を垣間見る。
ずん、と崩れ落ちていくゴーレム。その音と振動に驚いた鳥たちが一斉に飛び立って、木漏れ日に混じり鳥の羽が舞う。
討伐の証拠品としてゴーレムの対象を覆う岩の欠片を拾い上げ、ダンプポーチへと押し込んだ。
原則として魔物の遺体処理は義務になっているが、しかしゴーレムなどの一部の人工的に生み出された魔物はその限りではない。ゴーレムの場合はやがて岩石が崩れ、土くれになっていくだけだ。ゾンビ化はしない。
その点、火葬の手間が省けるのは地味にありがたかった。
証拠品を持ってバレーシャの管理局まで戻り、カウンターにそれを提出する。受付嬢はてっきり夕暮れ時まで戦闘が続くと思っていたようで、討伐完了の申し出に「え、もう!?」と驚いているようだった。
周囲もざわつく。インチキしてんじゃないか、とかそんな声が聴こえてきた。
活動開始から今日で4日。たった4日でCランクまで上り詰めるなんてのは異例中の異例で、中には「ラウルは管理局のお偉方を相手に股を開いている」なんて根も葉もない噂話が出回る始末だ(言い出した奴は全員半殺しにした)。
「はい、確認できました。報酬は12万ペセタです」
「どうも」
札束の入った封筒を受け取り、シスター・クラルテに預けた。
さて次の仕事を、と依頼掲示板に向かう俺たち。休まずに次の仕事を始める俺とクラルテを見て、また周囲の冒険者たちがざわめくが相変わらず喧しい奴らだ。酒飲んで人の一挙手一投足にいちいち驚いて、夜になれば部屋のベッドをギシギシ鳴らすしか能がないのかこの猿共は。
呆れながら依頼掲示板の前に立ち仕事がないか調べていると、いつぞやの冒険者と目が合った。以前に俺たちをパーティーに勧誘して断られると逆上し襲ってきたアイツだ。
「……何だよ?」
「い、いえ……なんでも……」
一言で彼を退散させ、依頼掲示板を見た。
ゴーレム討伐がもう1件、それにトロールの群れ?
なんか複数討伐が当たり前になっている辺り、噛ませ犬に成り下がった序盤の強敵という哀愁が漂うなトロール。
これにしようかな、と依頼書を剥がそうとしていると、職員の人がギルドの求人掲示板に真新しい求人票を貼り付けた。
どこのギルドだろ、と思い視線を向けた俺は息を呑む。
【メンバー募集:くまさんハウス】
ヴォイテクのところのギルドだ。
なになに、と募集要項に目を通してみる。欲しい人材は『とにかく戦える人』。書いてある全体的な内容を要約すると、『人手が足りなくて困ってるから配送業務と艦内の雑用と陸戦要員をこなせる人材が欲しいです。女の子大歓迎!』らしい。
ゆるいなー、と思いつつも、アットホームな職場ですとかそんなふわっとした中身のない言葉で飾り立てているギルドよりもよっぽど信用が置けるとは評価できる。
何よりギルドマスターが知り合いだから、信用も出来るというのがポイント高い。
「クラルテ」
「はい、ラウルさん」
「―――ギルド、入ってみようか」
こく、と頷くクラルテ。
俺は躊躇なく求人票を手に取って、受付の方へと足を進めた。
670型飛行駆逐砲艦
全長
・140m
全幅
・35m
全高
・45m
重量
・10000t
ペイロード
・22000t
乗員数
・90名(ソーキルは大幅に自動化し現在4名)
主機
・フリスチェンコ式対消滅機関×1
・混焼型大型多気筒レシプロエンジン×6
武装
・60口径20.3㎝連装砲×1(固定式)
・艦首対艦ロケット発射管×6
・艦首6連装12.7㎜機銃×1(前方掃射用)
・その他近接防空火器多数
・その他ペイロードが許す限り爆装可能
備考
・ソーキルは艦底後部に簡易デッキを持ち艦載機運用能力あり(※カタパルトはないので自力発進、着艦はクレーンアームでの引き込み)
ソーキルの属する艦級。60年前に当時ノヴォシア帝国領だったイライナ地方(現在はイライナ公国として独立)の黒海空軍工廠で建造された。駆逐艦に最大の火力を搭載し数を揃え、その快速性と攻撃力で集団での一撃離脱戦法を行うべく建造された。しかし20.3㎝砲を搭載した上に空軍からの要求で船体はどんどん肥大化し、駆逐艦としては大型となる140mにもなった。また巡洋艦クラスの主砲を搭載しているため回頭の際に艦首を左右に振りやすい”クセ”があったという。
独自規格のパーツが増えた事によるコスト高騰や運用難度の高さが祟り、本級は僅か35隻の建造に留まった。十分な数に思えるかもしれないが、大量生産と大量消費が当たり前の戦争が100年も続いたこの世界では、同型艦が100隻単位で存在する艦というのは当たり前となっており、2ケタ程度しか同型艦を持たない艦は十分に「少数生産」の部類に入ってしまうのである。
ソーキルはそのうちの1隻が民間に払い下げられたものをヴォイテクが購入、再武装を施したもの。その際に運用人員削減のため徹底した省人化を行いつつ、爆弾搭載能力を削減して貨物倉庫や艦載機用の格納庫に改装するなどの改修を受けている。
なお、貨物を削減すれば要領こそ少ないが爆弾の搭載も可能である。
武装が前方に集中している事もあり、”艦”というよりは”デカい重爆撃機”という性格が強い艦。




