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奪還作戦


 同時刻


 スパーニャ領空 地中海上空


 武装貨物船『ソーキル』艦橋





 まるで第二次世界大戦の頃の爆撃機の操縦席をそのまま大型化したようなガラス張りの艦橋で、艦長席に腰を下ろすヴォイテクは腕を組みながら溜息をついていた……面倒な事になったぞ、と。


 特注サイズのマルチカムのコンバットパンツにコンバットシャツ、その上からオリーブドラブの空軍用ジャケットを羽織ったヒグマの獣人の彼は、外部の業者に荷物の配達を委託した事を死ぬほど後悔していた。


 確かに彼の率いる冒険者ギルド【くまさんハウス】は規模の小さいギルドである。武装貨物船という切り札兼商売道具を有しており、主に運送業を収入源としつつ手広くやっているが、如何せん所属している冒険者の人数が少ない。


 艦長兼砲手の自分と見習いのソコロフ、機関長と料理長―――この艦に乗り込んでいる人間はその4人だけだ。本来であれば運用に80~90人の人員が必要なソーキルは、設備を自動化したり購入した戦闘人形(オートマタ)に操艦を任せたりと工夫を凝らして何とかやっている。


 だから配送の期限的に人の手が回らない、という事も多々あるのだ。


 今回の飛竜の卵の一件もそうだ……人の手が回らず、仕方なく外部の業者に配送を委託した。その結果がこれである。配送中に盗賊の襲撃を受け、命からがら逃げだしたというのだ。顧客の元に届けば巨額の利益が約束されている卵を捨ててまで、だ。


「機関長、エンジンは?」


 伝声管の蓋を開けて問うと、向こうからは対消滅エンジンの駆動音混じりに機関長の低い声が聴こえてくる。人語の発音にどもりのような独特なイントネーションがある事から、機関長は獣に近い姿をした第一世代型獣人である事が分かる。


《まーだ咳き込んでる。お前さんがこないだ無茶させたからだぞ、艦長》


「それは申し訳ないと思ってる」


《ひとまずベストは尽くした。スパーニャまでは持つだろうが……いつかまがまたおかしくなるか分からんぞ》


「了解した」


 さて……と艦長席に背中を預け、葉巻に火をつけるヴォイテク。


 スパーニャの冒険者管理局から、飛竜の卵奪還を冒険者の昇級試験という形で受注させた、という信号を受信したのが2時間ほど前。


 しかも受注した冒険者は、なんとあのラウルであるという。


 5年前の日を思い出し、ヴォイテクはこの依頼が成功裏に終わるであろうと確信を抱いていた。


 転生者でありユニークスキルの庇護があるとはいえ、10歳でゴブリンとトロールの群れを相手に大立ち回りを演じたのだ。詰めの甘さこそあったもののトロールに致命傷を与える事にも成功しており、10歳の時点であれなのだから今後はもっと伸びるであろう―――ヴォイテクはそんな期待を抱いていた。


 だからこそ、奪還が成功するであろう飛竜の卵を直接受け取るために艦の進路を変更してスパーニャを目指しているというわけである。


 久しぶりに、彼女の顔も見たい。


 葉巻を咥えたヴォイテクは、煙を吹かしながら笑った。

















 狩りの基本は『いかに自分の気配を消すか』……まずはこれが第一だ。


 どれだけ足が速くても、どれだけ鋭い牙を持っていても、獲物に察知され逃げられてしまったら何の意味もない。だから奇襲をかけ、相手に状況を理解する時間も逃げる猶予も与えずに一気に仕留めてしまうためにも、気配を消して近付くのが大事なのだ。真に狩りの上手い狼とはそれが出来ているものである(もちろん群れの仲間を頼ってもいい)。


 ハイイロオオカミの獣人として、自分の中を流れる狼の血が確かにそう告げている。


 姿勢を低くして、BRN-180を構えながら廃村の敷地内に潜入。クラルテは後方で砲撃のタイミングを窺っている……俺が気付かれずに卵だけを持ち帰る事が出来ればそれでいいが、しかしそうはならないだろう。


 バレーシャからこんな距離に盗賊が拠点を構えているのならば、いずれ脅威になる。ここで殲滅しておくのが理想なのだろうが……しかし2つの要因でそれは難しい。


 1つは敵の数が少ない事だ。廃村内にいる盗賊は僅か5名程度である。おそらく他の主力メンバーは盗みに出ていて、コイツらは荷物の留守番を頼まれた連中なのだろう。依頼はあくまでも飛竜の卵の奪還なので、主力メンバーが帰ってくる前に卵を持って逃げるのが一番だ(盗賊の討伐自体は他の冒険者に依頼するなりなんなりしてもらえばいい)。欲を出して殲滅までしたら、その間に主力メンバーが戻ってきて挟撃されて……というゾッとしない状況になりかねない。


 もう1つは、単純に俺の心理的ハードルが高い事だ。


 甘い、という事は分かっている。魔物を手にかける事は出来ても、同じ人間を手にかける事にはまだ躊躇いがあるのだ……この世界での人名は前世の世界ほど重くはなく、命のやり取りがより身近に存在しているとはいえ、この俺ラウル・エルマータの中身は日本人である。異世界転生して15年、この世界にもだいぶ適応してきた自覚はあるが―――人命を奪う行為にまで”慣れた”つもりはない。


 いずれ必要になる事だという理解はある。


 そして覚悟もしたつもりではある。


 でも……武器を実際に手に持ち、人に向けて引き金を引く事になったその時……その際に感じるであろう引き金の重さは、今までの比ではないだろう。


 一番近くにあった廃屋の壁の穴を潜って、屋内へと入る。


 外から見た造りで想像は出来たが、元々は民家だったらしい。リビングとキッチンが一緒になっただけの、簡素な空間だ。個室だのシャワールームといった贅沢なものはない。寝る時は床に布を敷き、シャワーは井戸から汲み上げた水を頭からかぶって、トイレは外で済ませるような……そんな質素極まりない生活。


 そう思うと俺たち孤児の生活ってだいぶ恵まれていたんだな、と思う。両親がいない、自分は捨てられた命と思う事はあれど、生活水準までは決してどん底ではなかったのだと、マチルダ先生の愛情が俺たちを護ってくれていたのだと気づかされる。


 この廃屋には何もない。テーブルの上に散乱した缶詰の缶と錆び付いたフォーク、床に散らばった布を見るに、ここはあくまでも盗賊団のメンバーが食事や寝泊りに使っているだけのようだ。


 穴を潜り、外に出て2つ目の廃屋へと入る。


 えた空気の充満する廃屋の中。積み上げられた木箱が目についた。木箱のサイズや色合いはどれもこれもがバラバラで、おそらくは盗品の入ったものなのだろう……ここに飛竜の卵もあるのだろうか。


 探し出そうとして、俺は己の失策を悟った。


 盗品の山を目の前にして、室内戦の鉄則―――確実なクリアリングがついつい疎かになってしまったのだ。


 銃を構えつつも無警戒に足を進めた結果、木箱の山の向こうから顔を出した盗賊団の男と鉢合わせになってしまう。


「何だお前―――」


 やべえ、と思った頃には、身体が動いていた。


 いや、反射と言うべきか―――びっくりした瞬間に、まるで何者かが脳と身体中の運動神経をオーバーライドしたかのような感覚だった。引き金にかかっていた指が動き、ホロサイトのレティクルの向こう、ちょうど頭を晒しだす格好となった盗賊の眉間に5.56㎜弾を()()()()()()()()()()()


 そこに良心の呵責も、戦術的判断も何も無かった。


 ただただ、つい撃ってしまった―――己の未熟さと意図せず命を奪ってしまったという事実が、見えざる鉄槌となって心を思い切り打ち砕いてくる。


 どさり、と崩れ落ちる盗賊の男。床に血が広がり、男の身体はもう二度と動かない。


「ぁ……っ」


 うぷ、と口元を抑えた。胃袋の底から圧力のかかった何かが込み上げてくる感覚。我慢できず胃液交じりのそれを部屋の片隅に吐き出してしまい、激しく息を乱す。


 殺した……俺が?


 殺人、人殺し、正当防衛……いかにも日本人的なワードが頭の片隅に浮かんでは消え、その向こう側で罪の意識と、自分にとって都合のいい解釈という心理的防衛反応の醜悪極まりない姿が顕わになる。


「っ」


 口元を拭い去りながら立ち上がり、とにかく盗品を探す事にした。この事実を受け止めるのは落ち着いてからだ―――この仕事を済ませてからだ。


 シスター・クラルテはこういった感情は理解できるが、『マザーが”調律”してくれるから問題はない』と言っていた。調律……人間から余計なストレスを取り除き、より合理性に特化させる処置なのだろうか。


 危ういが、正直羨ましい。


 人間の心と精神、その脆さに腹が立つ。そして殺しという行為を意識しつつも責任逃れの都合のいい解釈をしようとしている自分の心にも。


 管理局の売店で売っていた安物のナイフを木箱の隙間に差し入れて、てこの原理で木箱をこじ開ける。宝石、装飾品、金の延べ棒―――いかにも金になりそうな盗品の数々に目が眩むが、目的はあくまでも飛竜の卵である。第一、これは『盗品』なのだ。本来の持ち主がいるわけで、ここからこっそりくすねたらそれこそ俺も連中と同じになってしまう。


「……これか?」


 少し小さめの木箱をこじ開けると、中にはバスケットボールより一回り大きいくらいの、ミントグリーンの物体が入っていた。表面には灰色の斑模様が不規則に浮かび、緩やかな楕円形をしている。


 これっぽいな、と思いながら木箱の中に戻し、木箱ごと抱えた。卵だけを持っていくと途中で誤って落として割ってしまう可能性があったし、木箱の中には衝撃吸収材としておがくずも同梱されている。少々嵩張るが、この方が荷物を破損せずに済むだろう。


 しかし、そう上手く物事は進まない。


 先ほど盗賊の男を殺した際、サプレッサー越しの銃声を不審に思ったのだろう。薄汚れた服の上に革の防具を身に着け、バックラーとダガーで武装した盗賊の男が廃屋の中に入ってきた。


「てめえ!」


「ッ!」


 その瞬間から、罪の意識だとか殺しだとか、そんな事は頭の中から消え去った。


 結局そういう罪悪感は、心理的に余裕があるからこそ生じる贅沢なのだと思わされる。金と暇を持て余した富裕層が活動家に転じて社会のガン細胞になっていくのと同じだ。衣食住に不自由のない人間が、「肉を食べたら動物が可哀想だから」という理由で肉を食べる事に抗議するのと同じなのだ。


 本当に余裕がない時に限って、人間はどこまでも残酷になれるのだと―――その本質が垣間見えた気がした。


 ああ、なんと醜い事か。


 そうまでなればもう、抵抗なんか感じなかった。


 片手でグロック40を引き抜き、入ってきた男目掛けて10㎜オート弾をガンガン撃った。相手はよもや侵入者が(この辺では貴重な)銃を持っていて、しかも速射砲みたく連射してくるなんて思いもしなかったのだろう。発砲された事を理解するなり大慌てで廃屋の外へと飛び出して隠れてしまう。


 こっちも片手での発砲だった事、あわよくば当たって倒れてくれれば助かるが退散してくれれば御の字だと判断しての射撃だった事もあって、命中はしない(第一10㎜オート弾は反動がきつい)。


 その隙に飛竜の卵が入った木箱を抱え、壁に開いた大穴から廃屋の外に出た。


 その直後だった。ヒュルルル……という花火が打ち上げられたような音が微かに聞こえたかと思いきや、ドン、と廃村の真っ只中にあった地面が爆ぜたのは。


 クラルテが迫撃砲での砲撃を開始したのだ。


 1門のみとはいえ、その速射性と制圧力はそれだけでも十分な脅威だ。特に相手がまともな装備もなく練度が劣悪な盗賊であれば、その爆音と破壊力で委縮させ制圧するには1門だけで事足りる。


 クラルテのところまで戻ってくると、彼女は最終弾を発射してすぐさまM224迫撃砲から二脚と底盤、照準器を取り外し始めた。それらを無駄なくバックパックに収めるなり、俺の後方を守るように展開しながら後についてくる。


「ラウルさん、お怪我は!?」


「ない! とっとと逃げよう!」


 飛竜の卵の入った木箱を抱え、草原を全力で走る。


 馬でもあれば、と思ったその時だった。


 地上に舞い降りる巨大な影―――頭上に出現した巨大な何かが陽の光を遮ったのだと、そう理解して走りながら頭上を見上げる。


「え―――」


「そりゃあ……レギュレーション違反だろオイ」


 俺たちの頭上に現れた影の正体は、巨大な空中艦だった。


 おそらくは軍が民間に払い下げたものなのだろう。全長100m以上、前部甲板には無理矢理搭載したと思われる主砲がある。いくら空中艦とはいえ、規格の合わない装備を無理矢理搭載したりはするまい。


 あの盗賊団の保有する母艦である事は明白だった。


 前部甲板に搭載された主砲がゆっくりと旋回し、こちらに狙いを合わせる。


 いくら何でもあれは無理だ―――BRN-180と迫撃砲で挑むには、相手が悪すぎる。


 ここまでか―――半ば諦めつつも抵抗の意思を示そうとホルスターに手を伸ばしたその時だった。


 空に浮かぶ雲を突き抜けて、別の空中艦が出現したのは。















 武装貨物船【ソーキル】―――ヴォイテクの艦だった。







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― 新着の感想 ―
やっぱりお前かい!
ソーキル号って先端技術がほぼ失われたこの世界で、対消滅機関とか自動人形による省力化とか随分とハイテクですね。しかしギルドの名前がくまさんハウス…うん、まあユニークなネーミングセンスですねヴォイテク伍長…
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