討伐依頼
翌日。
バレーシャ管理局を出発してから1時間ほど。地図を見ながら舗装すらされていない道をただひたすら歩きながら、地図で目的地を確認する。
目的地は『カラゴ炭鉱』。依頼書によればこの炭鉱に小規模ではあるもののゴブリンの群れが入り込んでしまったらしい。経営者は炭鉱夫たちの安全を考慮し避難を命令、ゴブリンの排除まで営業が再開できず困っているから何とかしてほしい……というものだ。依頼主はもちろんこの炭鉱の経営者である。
倫理観が前世の世界の日本と比較しなかなか酷い(まあ日本のブラック企業も人の事言えないよね!!!)異世界ではあるが、労働者の人命を優先して炭鉱の一時封鎖を判断できる経営者とは稀有なものだ。きっと人望も篤いのだろう。
出発前、カラゴ鉱山について少し調べた。
バレーシャ市へと石炭を供給する炭鉱の一つで、小規模ではあるが良質な石炭が格安で入手できる場所としてそれなりの需要があったらしい。しかしゴブリンが住み着いた事で一時閉鎖、おかげで石炭の価格は上がってしまい、特に庶民階級の人々がその影響をモロに受けてしまっている状態だ。
そんな重要な案件をこんな駆け出し冒険者に任せていいものか……まあ、少なくともゴブリン討伐の実績があるというのは考慮されているんだろうけども。
出発前に売店で購入したライ麦パンをかじりながら、ちらりとクラルテの方を見た。
彼女はというと俺の後ろをゆっくりと歩きながら、ぶつぶつと「あ、あれが殿方の……」とうわ言のように繰り返している。
今朝から……というより、昨晩からずっとあんな感じだ。一緒にシャワーを浴びた後からずっと。
まあ、童貞のラウル君にとってもなかなか強烈な体験だったが。あんなでっかいの見た事ないよ俺も。
「なあクラルテ」
「ひゃいっ?」
「その……今回ゴブリン討伐だけど、戦闘経験はある?」
俺は言うまでもなく、ある。何なら5年前にトロールと交戦、深手を負わせた実績があるのだ(とはいえ詰めが甘くてヴォイテクに助けてもらったけれども)。
それ以降も戦闘経験は積んだ。魔術は適性が低いけれど、射撃と近接格闘ならばそれなりに自信がある。
けれどもシスター・クラルテはどうなのだろうか―――彼女は「転生者の護衛と身の周りの世話が役目」って言っていたから、少なくとも戦闘訓練は受けているのだろうけど。
問いかけると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「ご心配なく。戦闘訓練ならばマザーの元で積んでいますし―――」
真っ白な手を胸元のメダリオンへと伸ばす。
昨日、マザーに関する機密をうっかり話しそうになった際、点滅して彼女に警告を発したあのメダリオンだ。
「私たち巫女は、マザーのご加護を受けていますので」
「よく分からないけど……経験があるならば問題ないな。でもヤバくなったらすぐ逃げよう」
「ええ。あなたの判断に従います」
……ご加護って、何だ?
何かスキルでも与えられているのか、それとも……?
そこを聞いても昨日みたいに検閲に引っかかるのかな、と思っているうちに、平原が続くばかりだった風景に変化が生じた。
ごつごつとした岩とすり鉢状に穿たれた広い穴。炭坑がいくつか穿たれており、傍らには『カラゴ炭鉱』と記載された看板もある。
穴の底へと降りていく前に、先ほど召喚した双眼鏡を取り出して炭坑の様子を観察する。偵察もせずにいきなり踏み込んだら敵の待ち伏せを受けるのは必定だ。基本はまず敵の配置や数を確認し、効果的な作戦を立てるべきであろう。
そう言いたいところだが……見た感じ、ゴブリンたちの姿が見当たらない。
あいつらは本能的に”狭くて暗い場所”を好む傾向がある。狩りに出ているのでなければ、炭坑の中にでも引っ込んでいるのか。
炭坑の入り口をズームアップする俺の隣では、クラルテが戦闘準備を整えつつあった。
背負っていたバックパックから引っ張り出した得物を準備しているのだが―――ちらりと彼女の方を見た俺は、息を呑んだ。
「え、ちょっとそれ」
「はい?」
勝手知ったる愛用の得物、と言わんばかりにクラルテがガチャガチャやっているのは、聖職者が使いがちなメイスとか杖のような、如何にもファンタジーな代物ではない。
―――汎用機関銃だった。
アメリカが開発しベトナム戦争に投入した汎用機関銃、M60。アクション映画の中で死ぬほど活躍したそれに100発のベルトが収まった弾薬箱を引っかけ、レシーバーのカバーを開けてベルトを挿入、初弾を装填している。
従来のブローニングM1919機関銃と比較すると信頼性では劣るものの、それでも7.62×51㎜NATO弾を継続的にばら撒けるその制圧力から凄まじい威力を誇る代物だ。こんなものを向けられて掃射されでもしたら、歴戦の兵士でも心を折られる事間違いなしである。
それだけならばまだ良かった。
いったいどこから取り出したのか、腰には特注のホルスターと、スリングで保持された状態のグロック18Cがある。
グロック17をベースとしたマシンピストルモデル。凄まじい連射力であるが故に近距離での殺傷力は凄まじいが、速過ぎる発射速度と反動から扱いは困難を極める代物だ。現代のマシンピストルで最も有名なモデルと言っていいだろう。
グリップ下部には反動制御を容易とし確実な保持を目的としたのか、ストックが装着されている。その時点でも実用的ではあるがだいぶ特異なカスタムなのだが、極めつけはグリップ下部にぶら下がった大きなドラムマガジンだろう。
目測ではあるが80~100発くらいの9×19㎜パラベラム弾が収まっているものと思われる。
汎用機関銃に、サイドアームは特注のドラムマガジン付のマシンピストル。とんでもないトリガーハッピーな構成である。
「ああ、これですか?」
ジャキンッ、とM60のコッキングレバーを引きながら、クラルテは優しい笑みを浮かべた。
「マザーからの支給品です」
「……とんでもねえ支給品だ」
「ふふっ。でも、巫女の皆は銃の扱いに慣れているのですよ?」
現代兵器の取り扱いは必修科目なのだろうか。
転生者は現代兵器召喚のユニークスキル持ち、相方たる巫女は現代兵器を支給された兵士同然のシスター。なんともとんでもないパーティーだ。
まあ、俺も最初に装着している分だけとはいえ、BRN-180に100発入りのドラムマガジンを装着しているのであまり彼女の事をトリガーハッピーとも言えないのだが。
ただゴブリン相手には過剰な火力ではないか―――そう思った俺の鼻腔に、ふわりと異臭が流れ込んでくる。
「―――」
「どうしました?」
「……変な臭いがする」
「変な臭い?」
「何だろ……変なアーモンドみたいな臭いが」
なんだっけ、どこかで読んだ事がある……確かこんな感じの臭いがする毒ガスがあった筈だ。
あれは……そうだ、シアンガス。シアン化水素だ。
でもなんでこんな臭いが、と疑念を抱いていたその時、坑道の奥からふらりと小さな人影が姿を現す。
最初は炭鉱夫が逃げ遅れたのかと思った。ならば救出しなければ、と足が一歩前に出そうになるが、しかしその直後に坑道の奥から伸びてきた巨大な影がそれを許さない。
坑道から逃げてきたのはゴブリンだった。ぎょろりとした目からは涙を流し、息は浅く、目は充血して口からは泡のような物が出ているのが見える。毒ガスでも吸ったかのようなゴブリンはふらつきながらも坑道の外へと逃れようとするが、坑道の中から伸びてきた巨大なヘビに喰らい付かれ、そのまま呑み込まれてしまう。
血のように紅い鱗に、黒い斑模様を持つ大蛇。
黄金に輝く瞳と、頭頂部には王冠を思わせる黒い模様がある。
「―――バシリスク!?」
こりゃあ予想外の敵が現れたもんだ、と自分の不運さ……というよりも難易度ベリーハードな異世界ライフをちょっと呪いたくなった。
バシリスク―――巨大な毒蛇の魔物である。生息地によって体内で生成する毒物に差異があり、それに対応した解毒薬を用意して挑む事が推奨されている相手だ。その吐息もそうだが体内の器官で毒液を分泌する事もでき、それを吐き出して攻撃してくる難敵である。
少なくともFランク冒険者の昇級試験で相手にするような魔物ではない。少なくともDからCランク、中堅クラスの冒険者が4人パーティーを組んでどうにか倒せるかどうか、というレベルだ。
「は、ははは……コレ負けイベとかじゃないよね」
逃げよう、と後退りするが、しかしそれよりも先にバシリスクの黄金の瞳がこちらを睨みつけた。閉ざした口から二股に別れた長い舌がチロチロと顔を出し、騎兵の槍みたいな太さの牙からは毒液が滴り落ちる。
ゴブリンたちの姿が見えなかった理由が、分かった。
コイツに全滅させられたのだ。
しかしあんな大蛇の腹が、小柄なゴブリンの群れを喰らった程度で満たされる筈もない。
新しい獲物を見つけたと言わんばかりににたりと笑ったバシリスクが、毒液を滴らせながら坑道から這い出してきて、こっちに向かって突っ込んでくる。
―――やるしかない。
カチ、とセレクターレバーを弾いてフルオートに入れた。
「やるんですね!? 今、ここで!!」
「ああ―――ここで全部、終わらせる!!」
交戦の意思を確認するなり、シスター・クラルテは修道服が砂塵に塗れるのも厭わずに地面に伏せた。M60のバイポッドを展開するなりストックを右肩へ押し当て、左手をストックに添えてしっかりと保持。アイアンサイトを覗き込んで射撃準備を完了させる。
バシリスクの移動速度は人間の脚で逃げられるレベルではない。
どの道、ここでやるしかないのだ。
毒液も毒ガスも届かない距離から、一方的に。
腹を括って引き金を引いた。
ドガガガガ、と豪快に火を噴くBRN-180。M4A1のロアレシーバーを組み込んでいるが故に可能なフルオート射撃が火を噴き、少しでも反動を軽減するために装着したマズルブレーキがドラゴンさながらに強烈なマズルフラッシュを放つ。
それに合わせるように、シスター・クラルテもM60の掃射を始めた。金属製の弾薬箱に収まっていた7.62×51㎜NATO弾のベルトが凄まじい勢いで機関銃の中へと吸い込まれていき、アサルトライフルとは比べ物にならないほどの火力が一気に投射される。
5.56㎜弾と7.62㎜弾の槍衾。
台風の如く襲来した弾雨が、容赦もなくバシリスクの鱗を容易く穿った。
5.56㎜弾が鱗を貫き、7.62㎜弾が肉を抉っていく。射撃開始から僅か3秒足らず、バシリスクの体表は真っ赤な血でてかてかと禍々しい光沢を放つようになった。
『ピギャァァァァァァァァァ!?!?』
よもや、捕食対象からこんな攻撃を繰り出されるとは思ってもみなかったのだろう。
しかしバシリスクも人類に畏れられる魔物としての意地がある。弾雨を全身に浴び、大量に出血しながらも毒ブレスを吐き出してくる。器官から分泌した毒液を首の筋肉で圧力をかけて飛ばしてくるわけだが、しかし俺たちのところまでは届かない。岩肌に落ちて大量の飛沫をぶちまけるばかりだった。
加えて、風向きも俺たちに味方してくれていた。
こっち側が風上なのだ。だからいくらバシリスクが毒ガスを吐き出しても、風に吹き飛ばされてしまって俺たちのところまでは届かない。
風向きという概念が存在する屋外に打って出てしまった事、そして俺とクラルテが飛び道具で武装していた事が、バシリスクの敗因と言っても良かった。
5.56㎜弾の射撃に眼球を潰され、大きく悲鳴を上げるバシリスク。
逃げようとするその背中をM60の7.62㎜弾が撃ち抜き、5.56㎜弾の槍衾が無慈悲にも刺し貫く。
『ギ……ァ……』
ずん、と崩れ落ちるバシリスク。既に周囲の岩肌は血の海で、さながらピラニアにでも食い散らかされたかのようにバシリスクの身体はボロボロだった。
セレクターを弾き、セミオートに。
パンパン、と5.56㎜弾を数発、倒れたバシリスクの頭に叩き込む。
反応がない事を確認すると、俺は息を吐いてからクラルテに向かって親指を立てた。
帰還後、バレーシャの冒険者管理局はざわめき立っていた。
それもそうだろう―――昨日冒険者に登録したばかりのFランクの新人が、昇級試験の最中に不意に遭遇してしまったはるか格上の相手を仲間と共に討ち取って帰ってきたのだから。
「う、嘘……」
証拠品として持ち帰った紅い鱗を受付嬢に見せると、彼女は目を見開きながら素の声で思わずそう呟いた。
「嘘だろ、あの子がバシリスクを?」
「Fランク……だよな?」
ざわざわとそんな事を口々に言う他の冒険者を尻目に、俺は受付嬢に問う。
「これでEランクへの昇級は確定……ですよね?」
「ええと、ちょっと待ってくださいね」
ぱたぱたと、少し慌てた様子でカウンターの奥へと戻っていく受付嬢。予想外の事態に対応を協議しているのだろうが……。
しばらくして戻ってきた彼女は、ごほん、と咳払いをすると、まだ信じられないといった感じの表情で告げた。
「えー、お二人とも特例でDランクへの飛び級が認められました」




