転生者と巫女
※ユリーカ=「見つけた」の意味。ユーレカとも。なお語源はギリシャ語であり、ギリシャ語では『エウレカ』と読む。
巫女。
異世界転生者を果たし、15歳まで生き延びた転生者にあてがわれるという従者。
そして15歳になり、孤児院を出て旅に出た俺の元へとやってきたのが、彼女―――シスター・クラルテだった。
それはいい、それはいいのだ。
ところでその…………デカくね?
胸も尻も、そして……身長も。
座っている時点で俺よりもちょっと目線がちょっと見下ろす感じになっているのだ。むっちむちの太もも……ではなく、すらりとした足も十分な長さがあるので、コレ多分立って並んだら俺よりデカいかもしれない。
すげえ女が来たな、と思いながら彼女の胸を凝視していると、ウェイトレスの人が紅茶を置いていってくれた。冒険者登録していれば1日につき3杯まで紅茶、あるいはコーヒーが無料になるサービスをやっているのだそうだ。
「ところでその……く、クラルテさん?」
「”クラルテ”で構いませんよ」
「いやでも、こんなに大人びた女性を呼び捨てにするのは気が引けるというか」
年上、と言おうとしたところで神回避が発動した。これで俺より歳下だったらなんか失礼な感じになってしまうからだ。女性相手に年齢の話はタブーだと会社の先輩も言ってたのを思い出す。
「うふふっ。お気になさらないでくださいませ、私たちは転生者様の従者。あなたに付き従い、身の回りのお世話をするのが役目です」
「そ、そうッスか……じゃ、じゃあ……く、クラルテ?」
「はい、なんでしょうかラウルさん?」
うふふ、と大人びた柔和な笑みを浮かべながら、年下の男の子をからかうお姉さんみたいな声音で言うクラルテ。なんだこの女可愛いんだが?
心の中で盛大にガッツポーズする。こんなにも綺麗で色々でっかいお姉さんが専属の巫女とか、ラウル君は幸せ者だ。きっと前世で徳を積んだからなのかもしれない。アレか、近所で雨に濡れてた捨て猫を拾ってウチで飼ったりとか色々やってたからなのか。ありがとうニャンコ。
「その……ちょっと俺初耳なんだけど、さっき言ってた異世界転生者統括なんちゃら……って、何?」
「はい、私たちは異世界転生者統括管理機構【ユリーカ】から派遣されてきました」
ふふ、と口元に笑みを浮かべながら、クラルテは周囲に視線を向ける。あまり周囲に人がいる場所で異世界転生とか転生者とか、組織に関する話をするのは好ましくないのだろう。
周囲に誰もいない、貸し切り状態である事を確認するなり、彼女は話を続けた。
「ユリーカはこの世界に転生した転生者たちを監視、管理する組織です。ええと……ラウルさんに分かりやすいようにいうと、”ねとげ”の運営とぷれいやーの関係、というのが適切でしょうか」
「クラルテさ……クラルテはその運営から派遣されてきた巫女なんだよね?」
「はい」
という事は運営サイドなのかな?
転生者の身の回りの世話をする、とはいってもその実態は”首輪”のようなものだろう。転生者の動向を監視して逐次組織へと報告、組織の意にそぐわない転生者に対しては……そこまで考えたところで、怖くなってやめた。
さっきまで「ふおぉぉぉぉぉ胸も尻も太腿もむっちむちのソシャゲキャラみたいなお姉さんキター!!」って内心舞い上がってた自分を思い切り助走付けてぶん殴ってやりたい。要するにコレ監視要員じゃねーか。
そう思っていると、クラルテは俺の心の中を見透かしたように優しく笑った。
「ご心配なく。”マザー”は確かに私にあなたの監視を言い渡してはいますが、マザーの意に介さない転生者を処分するとか、そんな事は致しません」
「……本当に?」
「はい。転生者の皆さんの行動1つ1つが、我らが電脳の母……”マザー”にとっては『学び』なのです。我々巫女は転生者のお世話と護衛をしつつ、その片手間でマザーにそれをお伝えするのが役割。ですから仮にラウルさんがマザーに対し反旗を翻したとしても、その感情や行動原理、行動履歴の全てに至るまでが新鮮で重要な情報となります。マザーもそれを容認するでしょう」
「………さっきから思ってるんだけど、クラルテの言う”マザー”って何者なの?」
マザー、と呼ばれる存在がその”ユリーカ”とかいう組織の頂点に君臨する指導者である事は分かる。転生者の行動記録を監視し”学ぶ”存在……なんだかこの時点で人間じゃないっぽい感じがプンプンするんだが。
場合によっては自らに対する叛逆すらも学習の対象として容認、貪欲に学習しようとするところは、なんというか……人間だったら失礼な表現だけど、まるで『人間を理解しようとしているAI』のように思えてならない。
「はい、マザーは電脳の母。彼女は―――」
そこまで言ったところで、クラルテが胸に下げている太陽を象ったメダリオンの中心が赤く点滅し始めた。まるで何かを検出した機械のように、あるいは彼女を咎めるかのように点滅するメダリオン。
クラルテは口を噤むと、申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません。これ以上は……検閲に引っかかってしまいますので」
「検閲」
「はい。とはいえ、組織やマザーに関する情報のみです。それ以外は基本的に自由ですので、気兼ねなく」
「は、はあ」
マザー、電脳の母……転生者の行動履歴を記録、学習。
なんでだろうな、脳裏にあの時俺を転生させてくれた蒼い髪の”女神”の姿が浮かんでくるのは。もしや彼女がクラルテの言う”マザー”なのだろうか。
「ちなみに検閲に引っかかったりすると何かペナルティとかあるの?」
「いいえ、特には。ただこのメダリオンを介したマザーからの警告と、それを無視した場合声帯をロックされてしまうのでそれ以上の機密は話せなくなりますが」
「声帯をロック?」
「はい」
何者なんだ、そのマザーというのは。
芽生えた不信感に悩みつつも、恐る恐る問いかけてみる。
「……ちなみに、さ。クラルテの言う”マザー”ってもしかして、白いドレスにウシャンカを被った蒼い髪の女性だったりする?」
「ええと、申し訳ないのですが私、マザーのお姿を見た事がないのです」
「姿を見た事がない?」
「はい。いつも声だけが聴こえてくるか、使いの方がいらっしゃるものですから」
とても優しく慈愛に満ちた声で……そう言葉を続ける彼女を他所に、意識を思考の奥底へと潜航させてゆく。
姿を見た事がない、と言っている以上は分からなくなったが、あの時出会った”女神”こそがマザーなのだろうか。それともあれはあくまでも女神であって、彼女らの指導者である”マザー”は別に存在するのか。
今はとにかく情報が少ないし、彼女もどうやらリアルタイムでマザーからの監視を受けているらしい。マザーに関する発言に対しても検閲がある以上、これ以上の情報収集は見込めなさそうだ。
というか、それよりもだ。
「クラルテ?」
「はい」
「転生者って俺以外にもやっぱりいるんだよね?」
脳裏に過った存在、ヴォイテク。
彼もそうだった。この世界には存在しない銃器を手に、俺を助けに来てくれた。彼もまた転生者である。
その割には、彼には専属の巫女がいないようだったが……。
「はい、たくさんいますよ」
「たくさん」
「はい。皆さん自由気ままにこの世界で過ごしていらっしゃいます」
「そ、そうなんだ……」
頭に思い浮かんだ、最悪のケース。
それは利害が一致せず対立してしまったが故に勃発するであろう、【転生者VS転生者】という構図の戦闘。
お互いにユニークスキルを持つが故に、恐ろしい戦闘力を誇る転生者たち。
転生者同士の潰し合い―――考えたくない事だ。
「あ、まだこちらにいらしたんですね」
腕を組んで最悪の事態を想定していると、管理局の受付嬢がこっちにやってきた。手に持っているバインダーには何やら依頼書のようなものが挟んである。
「ええと、何か?」
「ラウル・エルマータ様。あなたに管理局から指名の依頼が来ています」
「俺に?」
まさかな、と思いながら依頼書を受け取った。受付嬢が俺のところに持ってきた依頼書のランク区分のところには見間違いでなければ”Eランク”という記載がある。
何度も述べたが、俺は最下層のFランク冒険者である。原則として依頼は同じランクのものしか受ける事が出来ず、ランクの昇級を兼ねた”昇級試験”でもない限りワンランク上の依頼の受注は許されていない。
これはもしや……そう思いながら受付嬢の顔を見上げると、彼女は笑みを浮かべながら頷いた。
「おめでとうございます、”昇級試験”です!」
「え、もう?」
「はい! あ、とはいっても今日はもう暗いので、出発は明日でも結構です」
受付嬢が夜間の依頼受注をやんわりと止めたのには訳がある。
単純に、夜間は凶暴な魔物が活動を開始する時間帯だからだ。おまけに視界が悪いので危険度も段違いに上がるため、管理局は昼間での依頼遂行を強く推奨している……さっき管理局に置いてあった駆け出し冒険者向けのパンフレットを読んだが、目次の次あたりにこういった記載があったので恐らくガチでやめろよっていう事なのだろう。
「エルマータさん、宿泊先はお決まりでしょうか?」
「あ、いえ。こちらに宿泊ってできます?」
「はい、今でしたらまだダブルのお部屋が空いてますが」
「え、ダブル……?」
冒険者管理局の施設は、多くの場合は宿泊施設も併設している。1階が依頼掲示板と酒場、喫茶店となっていて、2階と3階が宿泊施設となっているといった具合だ。
宿泊施設の方は冒険者専用となっており、価格は一般的な宿と比較すると割安になっているらしい。収入の安定しない冒険者にとっては嬉しい価格設定である。
まあそれはいい、それはいいのだ。
何故にダブル? シングル二部屋でもいいのでは?
「あの、シングル二部屋ってできます?」
「え? ああハイ、出来ますが……その、クラルテさんはお連れ様ではないのですか?」
「いえ、連れですけども……その、一つ屋根の下で一緒というのはなんというか」
「私はダブルでも別に構いませんよ?」
にっこりと笑みを浮かべ、背中を押すクラルテ。
ならばもう選択肢は1つだけだった。
「すいませんダブルでお願いします」
前世の世界のビジホを思わせる感じの部屋だった。
ドアを開けたらすぐ右手にドアがあってバスルームが、左手にはトイレがあり、奥の広いスペースにダブルベッドがででんと置かれている。ユニットバスではなくトイレとバスルームが分けられている辺りは余裕をもった作りと評価してやるべきなのかもしれない。
荷物を邪魔にならないところに置くと、クラルテはベッドに腰を下ろした。
すんすん、と自分の服の臭いを嗅ぐ。
やっぱりその、今日採ってきた変なキノコの臭いがすっかり移ってしまっていた。あの、夏場に日の当たるところで汗の染み込んだ柔道着を三日三晩放置したような臭い。これはいただけない。幸い部屋にはパジャマのレンタルがあるので、シャワー浴びるついでに服も洗っておこう。いくら何でもこの汗臭い服で明日も仕事をするのは嫌だ。
「ちょっと俺シャワー浴びてくる」
「あ、じゃあ私背中流しますね」
「ちょっと待って」
「?」
なんです? って感じで首を傾げるクラルテ。
「いやあの、1人でできるって」
「ふふっ、そんな事言わないでください。私たち巫女は転生者の”身の回りのお世話”をするのが役目と先ほども申し上げた筈です。背中を流すのも役目なのですよ」
「いやあの、でもさ―――」
そう言っている間にクラルテはシスター服を脱ぎ始めた。早くも下着姿になり、黒いブラジャーに覆われたJカップくらいはあるであろうクソデカおっぱいが姿を現す。
せめてバスタオルで隠して、とバスタオルを渡す。クラルテは「は、はあ」と困惑した様子でバスタオルを身体に巻き、シャワールームまでマジでついてきた。
シャワーからお湯を出し、湯加減を確かめるクラルテ。石鹸を手に取って器用に泡立てるなり、背中を洗い始めた。
「ラウルさんって逞しい身体をしてるのですね」
「そ、そうかな」
「ええ。筋肉もしっかりついてて、まるで男性みたいです」
「」
言葉が詰まった。
なんだかさっきからやけに距離が近いな……と思ってたんだが、その理由が多分コレだ。間違いない。今の一言で疑念が確信に変わった。
クラルテは俺を女だと勘違いしてる。
拙い、これは拙い。今は背中を流してもらってるけど、正面にはご立派なラウル君のラウル君が鎮座しているわけで。
「クラルテ」
「はい、ラウルさん」
「勘違いしているようだからカミングアウトするけど」
「なんでしょうか」
「―――俺、男だよ」
「……ゑ?」
クラルテの手が止まった。
そう言えばそうだった。初対面の時点で、俺は自分が男だという事を言ってなかった(というかクラルテも”ラウル”って名前から俺が男である可能性を考えなかったのか)。
ちら、と恐る恐る彼女の方を肩越しに振り向いてみると、案の定俺よりも身長のでっかい彼女(多分190㎝くらいはある)は困惑しつつも顔を赤らめ、自分の綺麗な金髪を指でくるくる弄んでいるところだった。
「ぃぇ、ぁ、あの……と、殿方でも関係ありません。私たち巫女は転生者のお世話をですね」
「む、無理しなくても」
「ぃぃぇ大丈夫です! そっ、それより次は前を洗いますのでこっち向いてください!」
「いや待て前は拙いって!」
「大丈夫です! さあ!」
「いやあのマジで―――」
意外とクラルテ、力が強かった。
ぐるん、と肩を掴まれ強引に方向転換されるラウル君。
クラルテの視線が下を向き、彼女の顔がトマトみたいに真っ赤になった。
「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!(300㏈)」
冒険者管理局
各地に存在する冒険者の支援組織とその施設。依頼を受けるための掲示板とカウンター、酒場と喫茶店、宿泊施設を兼ね備えており、いずれも冒険者専用となっている。従業員は全員管理局の職員が務める。
基本的に大都市には必ずと言っていいほど存在する施設だが、辺境などでは施設の規模が縮小されていたり、宿泊施設が省略されていたりなどの簡略化が見受けられる。宿泊するつもりで辺境の管理局に行ったら宿泊施設が無かった、というトラブルもあったりするので、遠出する際は事前にしっかり調べよう。




