イドイーヌの獣
ネフフルは、胸の前で拳を握りしめて小刻みに震えていた。
「100万D……100万D……100万D……」
呪文みたいに唱えながら、目がギラギラしている。
リュカも言う。
「これで貧乏から抜け出せるね」
ネフフルは止まらない。
「家賃! 借金! 温泉! 化粧品! 服! いやまず米! 現世産の米を買えるって最高!!」
「新しいパソコンとゲーム欲しい」
「おう!買おう買おう」
「やったー」
ネフフルとリュカはハイタッチする
「……よし。とりあえず、草原の獣を探そうリュカ。今回は封印優先だ。瀕死まで追い込めば姫様達の御一行がやるらしいからな」
「うん」
「で、勇者が瞬きで散ったって言ってたよね? つまり“初見殺し”がある。油断しちゃだめだぞリュカ」
「うん!」
リュカは草原のタンポポの様な雑草を拾って、吹いては綿毛に気を取られている
「大丈夫か?返事だけはいいな....」
リュカはふいに、ネフフルの顔を見た。
「ネフフル大事なこと言っていい」
急に神妙な顔でリュカが喋る。
もしやこの戦いで命を落とす可能性があるから、何があっても大好きだよとか言ってくれるのか?とネフフルは期待する。いつも決めるときは決める子だからだ
「姫様のパンツ、ピンクだった。あとネフフルさっきから鼻毛出てる」
「あんたホント!!!」
「てか、気づいてたわ私も。姫様、意外と可愛いの履いてるなって、内心思ってたわ。なんなら萌えてたわ」
「えっち」
ネフフルは手鏡で鼻を見ながら続ける
「萌えるだろ!?あの雰囲気でサーモンピンクとか鼻血もんだ!絶対兵士達たまにみてるぜ、てかこれ鼻毛じゃない!!!リュカの吹いてた雑草の綿毛!!!」
「真面目に行こう」
「どの口が言う....」
ネフフルは溜息をついて、視線を前に戻す。
電脳タウンの端、店が減り、荒野みたいな地面が広がっている。
イドイーヌ草原へ向かう道。
空が広く、音が静かだ。様々な生命のざわめきが強くなる
さらに奥に進み、脇の道に逸れてイドイーヌの獣目撃地点まで進むと、草は無造作に伸び切り雑木林に続く地点がある
そして――草原の匂いが、途中から“変に”なった。
喉が痛い。鼻の奥がツンとする。
ネフフルが足を止める。
「……ねえ、リュカ。これ、普通の匂いじゃない」
リュカは顔色ひとつ変えずに言う。
「うん。血か、毒か、どっちか」
「嫌な選択肢だ」
いつの間にか草原は乱雑になり、異界の雑草が限りなく続く地帯となる。もはや草原とは程遠い。
白い標識が立っていた。
『立入注意 封印区域/救難要請は不可』
字面がやたら丁寧で、逆に怖い。
ネフフルは唾を飲む
「……ねえ、ほんとに私たち、こんなの相手にして大丈夫か?負ける気はしないけど、嫌な予感するんだよね」
リュカは少しだけ首を傾げた。
「報酬が大丈夫って言ってる」
「金で正気を維持するタイプやめろ!」
そのとき、草が――波打った。
風じゃない。
これは、何かが“中を通った”動きだ。
草原の奥で、赤い影が一瞬だけ見えた気がした。
気配から確実にいる。異様な気配。主張せず隠れるが、尋常じゃない気配
次の瞬間、大地を爪で引っ掻いたみたいな音がして
ネフフルは反射で腰を落とし、鞘に手を当てる。
「……来る」
リュカは、どこか眠そうに目を細める。
「第二形態。見せてくれるかな?」
ネフフルは叫ぶ。
「見せてくれなくていい!!」
草が割れる。
赤い毛のない獅子――ではない。
赤い筋肉の塊みたいだ。獅子の形ってのはその凄まじい機動力や威厳を表現する為だったのだろう
異様にでかい.......
顔は、餓えた大アリクイ。そんな感じだ。存在の巨大さと顔の見た目がマッチしない
そして顎が、ひとつじゃない。
カチ、カチ、カチ、と不規則に噛み合う音が、数だけ鳴る。
ネフフルの背筋が冷えた。
「……うわ。最悪。まじで最悪。夢に出るわ」
リュカは目を輝かせたわけでもなく、ただ淡々と言う。
「歯が多い。歯磨きが大変」
「するか!してたら可愛いだろ」
「うん、かわいい」
「グヲオオ!」
獣が、地面を蹴った。
距離が、消える。
ネフフルは、その瞬間だけ確信した。
――勇者が瞬きで散ったの、嘘じゃない。
「リュカ!!」
「うん」
リュカの身体が、ふっと“軽く”なる。
重さが消えたみたいに、存在が薄くなる。
ネフフルの視界の端で、リュカが“そこにいるのに、いない”状態になった。
次の瞬間――
獣の突進が、空を切った。
ネフフルの頬に熱い風が走り、皮膚がピリッと痛む。
「……やばっ、そら死ぬわ……突進ってレベルじゃねーは。禁断魔法ぐらいあるぞ今の威力。どうやって肉体だけで出すんだこの威力」
リュカの声が、後ろから聞こえる。
「たぶん、体に魔法かかってる」
「だな、そんな感じだ」
ネフフルは歯を食いしばって笑う。
「……OK。じゃあ、瀕死まで追い込む。封印してもらって、100万Dもらって、ラーメン屋で今度は愛情マシマシ頼むか!リュカ」
「オッケー」
獣が、顎を鳴らして笑った気がした。
草原が、赤く揺れる。
その瞬間、草原の音が——消えた。
風が止み、虫が止まり、ネフフルの心臓の鼓動すら“遠く”なる。
半径五十メートルが、静寂で押さえつけられた。
リュカの技、幽式・静界だ。よっぽどの事が無いと使わない技だ。
最初から使うのはリュカは相手をそれなりに見ているのだろう
この技は、リュカの幽式を自分個人でなく場にも適応し、場を支配する。
獣の顎の音だけが、異様に響く。
カチ、カチ、カチ。
「あいつだけ鳴らしてんじゃん」
「技、跳ね返された。反射か防御無視の防御の特性もってる」
リュカは少し目を細める
「強いな」
「うん」
ネフフルが鞘に手を置く。伝説の名刀、星喰がネフフルや世界と共鳴しだす。
抜く前から“コード”が走り、異界の古代文様が宙に淡く揺れた。
獣が突進してくる。
ネフフルは——抜かない。
ギリギリまで抜かない
「今」
獣をギリギリでかわし、鮮やかに体を宙に舞って刃を獣の頭部に向かわせる、軌道は金色になる。金色は防御無視の魔法斬撃
「ギュアアアア!!!!」
イドイーヌの獣の巨大な角が二つ、ごろんと地面に落ちる
「ネフフルかっこいい」
「ふんっ!どんなもんさ」
さっきまで喋っていたリュカは消える
次の瞬間、獣の頭上に“薄い影”が揺れた。
見えたと思った瞬間には、もうそこにはいない。
幽式・薄影歩。
獣が唐突に首をひねる。
まるで、見えないはずの場所を嗅ぎ当てるみたいに。
しかしそれは無理だ、リュカの完全なステルス術だからだ
リュカは静かに誰にも気づかれずに、獣を見つめる
獣の胸の内側、肉の奥——
“青い傷跡”みたいな線が、ふっと見える。弱点だ
リュカの瞳が、蒼く光る。
幽式・蒼痕視。
「……あった、核」
「っしゃあ!! 位置教えて!!」
「胸骨の裏。ちょい左。脈動がある」
「助かり」
しかし、獣が咆哮する。草原一帯を震わす
「ギャーーーーーー!!!!!!」
獣は息を吸い込む動作も無く、とてつもない熱量のビーム光線を四方八方乱雑に吐き始めた
「やば!!!!!リュカ、来い!!!」
「ピーンチ」
ネフフルはリュカをキャッチすると肩に抱え、空中に50メートル程飛ぶ。
星喰で空間に居合を数十連瞬間でかます。
その衝撃派はとてつもなく周囲からの様々なエネルギーを圧倒的な力で消し去る
獣はネフフルとリュカにもビーム光線を向けたが、やはりネフフルが上手だった。
突進ですら禁断魔法の威力のモンスターの必殺は並大抵でなく消し斬れずネフフルの技に反射して遠くの電脳城まで飛んで行き、門を破壊した
「あっちゃーーー、あれ弁償とかなんないよ?」
「門なくなった.....へへ」
リュカはどこにウケたんだろう?
そしてビームは止む
リュカもいつの間にか消えてる
——ドン。
幽式・零拍。
一切の気配の無い一撃。これをされたも存在はその特性に関わらず、皆平等に突如物凄いエネルギーを受けた状態となる。
魔術の縫い目すら通り完全にピュアなダメージを与える。避けるには勇者や魔王の予知能力ぐらいしかない。
この獣にもあるが、ビームや疲労で少し油断した
獣の側頭部に、衝撃が“遅れて”咲いた。
殴った瞬間には音も風もない。
気づいたときには、肉がひしゃげている。
幽界↔現界を裂く“出現の歪み”が、空間に膨大なエネルギーを生む
その全部が、拳へ吸い込まれる。
獣が一歩、よろける。
その隙に、リュカは胸元へ潜り込む……のではなく、“胸元に現れる”。
そして、指先で——
刻む。
幽式・蒼痕刻印。
青い印が、獣の胸骨の奥に走った。
本来壊れにくい場所が、世界に向かって宣言される。
「ここがあなたの弱点」
獣の表面に弱点が新たに与えられ、そこから内部の核の弱点にも到達できる状態となった
獣が激しく暴れる。この技は相手に物理的ダメージより数段不快感を与える。
顎が噛み合い、狂ったように空を噛む。
見えないリュカを噛もうとして、空間ごと引き裂くみたいに顎が鳴る。
ネフフルが叫ぶ。
「リュカ! 無茶すんな! 幽衣で受け流してるからって、乱用したら疲れるんだろ!」
「うん。ちょっと疲れた」
「後は任せろ、相棒!」
「うん、ありがと」
ネフフルが仲間にエールを叫んだあと
獣の顎がネフフルへ向いた。
蒼痕の位置を守るようにしながら攻撃の準備をしだした
ネフフルは鞘を握り直す。
「じゃあ——勝ち筋、いくぞ」
ネフフルは鞘に手をやり、瞬時に精神統一する。尋常では無い集中力
「居合断星!!!」
技名をわざわざ吐くのはネフフルが集中を高めるためだ
星喰の軌道に異界文様が走る。
色は——金。
金:貫通/硬いものに強い。
抜刀の瞬間、空間が鳴った。
静界の中、ネフフルの音だけが許される。リュカが日々ネフフルに全信頼を置くように.........
“轟雷”みたいな振動が辺り一帯に走る。
金の線が、蒼痕刻印から獣の胸を割って入る。
獣の動きが、急に鈍くなる。
顎が噛み合うだけになり、足が震える。
赤い肉塊が、草原へ膝をついた。
核こそ壊れていないが、瀕死状態。
ネフフルは息を切らしながら笑う。
「……どうよ。あたしって英雄じゃね?」
「さすが、おっぱい揺れてたよ。雷おっぱい」
「恥ずかしいだろ、やめろ」
しかし、獣が、まだ動こうとする。
顔が裂け、奥から“別の顎”が覗きだす
「うげげげ」
リュカが後ずさりする。
「なんかやばいっぽいな、こいつ第二形態なっちゃうと。うちらが仕留めない限り世界的にヤバイ」
「だね」
第二形態の気配がどんどん濃くなる、奴の肉体が変化し巨大になる。少し人型に近くなる
「封印、どうする!?てか、マジでどうすんだ?城の奴らいないし?くそ、打ち合わせ大事だ」
ネフフルが叫んだ瞬間。
「よい。よくやった。——あとは我が兵がやる」
いつの間にか隣に電脳姫が現れた、そしてもう一人.......
全身ピンクの魔法使い。
髪は背中までのツインテール。薄い透ける様なピンク色の髪でかなり艶がある。
魔術師の衣装なのだが、これまた薄いピンクで、兵と言うより妖精みたいだ
瞳もキラキラとしたサーモンピンクで瞳の内部にはハートマークがある
色白の肌と大きくて切れ長なクールな目の形はなにか凄みを感じさせる
「では、封印させて頂きます。」
やけに、丁寧な喋り方だ
獣が最後の抵抗を見せようとするが、ピンクの白い光が顎を縛り、体中を押さえ込む。
次第に光が奴を全て包み込み、封印が閉じ、草原の空気が一気に軽くなった。
ネフフルとリュカは少々疲れた感じだが両手を上げる。
「100万D!!!」
姫が、上品に笑った。
「ずっと見ておったぞ……汝ら真に強いな、戦い方も面白い。良い連携じゃ、次の仕事も頼みたくなるな、また見たい」
「それと、急に割って入ってすまなんだな、あやつが第二形態、最終形態になると世界が危険にさらされるのでな、許せ」
ネフフルは即答した。
「滅相もございません姫様!!助かりました」
リュカは小さく頷く。
「姫様ナイスタイミング」
ピンクの魔術師が喋る
「あなた方は本当にお強いですね、私見惚れてました。今度ご教授して頂けたら嬉しいです」
その無茶苦茶に可愛い見た目をじーーーと眺め、ネフフルとリュカは顔を見合わせ頷く。
「いやー、あんたのさっきの魔法もかなーりえげつなかったよ?あのバケモン封じれる時点で世界指折りの魔法使いでしょ、あんた?てか無茶苦茶カワイイ」
「とんでもないです、わたくしは電脳姫様のただの兵士にすぎません。かいかぶり過ぎです。かわいいなんてそんな」
少し恥ずかしそうにする魔術師。白い肌がピンクに染まる
「ピンクちゃん名前は?」
リュカが珍しく名前を尋ねる
「センララです。」
「名前もかわいい、よろしくね」
リュカは少し恥ずかしそうにネフフルにくっつき挨拶しだす
「よろしくお願いします、リュカさん、ネフフルさん」
センララはニコッと笑い、会釈する。
リュカとネフフルはその性格満点の超正統派ツインテール魔法美少女のファンになった。
小声で喋る二人。
「無茶苦茶いい子だなリュカ?」
「うん、すごいいい匂いもするよ?」
「だな」
姫はふふ、と笑いだす
「汝ら仲良くなれそうだな」
そして、電脳姫とセンララが少し気まずそうな顔で言う。
「そこで言いにくいんじゃがな、報酬の件だが......」
「はい、姫様」
ネフフルは張り切る
「汝らが、戦闘で壊した電脳城の門の修理に金がかかるかもしれん」
「え......」
リュカとネフフルはギクッとした後固まる
「我とセンララは、仕方ないと勿論擁護するが、城の経理のやつらは、掟で決まってるだとか、古くからの掟に例外を作ると国民が反発し統制が乱れるとか言う可能性大じゃ。電脳タウンも国民あっての物、立場上、我も無視は出来ぬしな、すまんな」
「分かります姫様、そうなった場合、実際如何ほどですか?」
ネフフルは仕方ないと言うように修理額を尋ねる。
「確か、あの門の建設費から一部分だけを計算すると.............99万Dぐらいじゃ」
「ざっくりじゃが」
「えーーーーーん、そんなことーーーーーーーーーーー」
二人はずっこける。
後日ネフフルはさらに追い打ちをかけられる、リュカが先払いでパソコンを買っていた事実に........




