「吹き抜けは冷暖房効率が良くないのでやめたほうがいい」とダンジョンマスターは言った
「君との婚約は破棄させてほしい。理由は……まあ、いろいろさ」
肩をすくめる王子の後ろで、『聖女』がクスッと笑った。
令嬢は、おとなしく一礼した。
「承知いたしました。至らぬ女で申し訳ございません」
「家の方には、追って連絡するよ。まあ、内々で話は通っているけど。それじゃあ、今までありがとう」
令嬢はうなずき、その場を去った。
食い下がるつもりは、彼女には無かった。
『いろいろな理由』の内訳を知っているからだ。
令嬢の父の事業がコケたとか。
数十年ぶりに『聖女』が選定されたとか。
王子が、聖女と親しいとか。
つまり、令嬢にはどうしようもない。
とりあえず、家に帰るしかないのだ。
屋敷の自分の部屋のベッドに、令嬢はぼふんと横たわった。
完全に白目をむいている。
「……もう、いやー……」
うわ言を言う彼女の部屋で、窓がガチャリと音を立てた。そして、開いた窓から、一人の青年が顔を出した。
頭の上に、黒猫を載せている。
「よっす、久しぶり。どうした?」
「……あなた、相変わらず、窓から来るのね……」
「おう。何か元気無いな。話なら聞くぜ?」
「聞いてよー……」
青年は、「よいせ」と窓を乗り越え、堂々と部屋に入ってきた。
令嬢も起き上がり、椅子に座った。
そして、打ち明けた。
「……婚約、破棄されちゃったのよ……」
「おおう」
「でも、もう何もかもどうでもいい……。
たぶん、別の縁談が来るけど、貴族社会とおさらばしたい……。これ以上、振り回されたくない……」
「うーん。そうだ!」
青年は、ぽんと手を打った。
「それなら、隠居しちゃおうぜ!
俺が、ダンジョン作ってやるよ。他の貴族が文句言ってきても、全員落とし穴で追い返そう」
「……それ、すごく良いわっ!
ダンジョン建築、お願いできる?」
「任せとけ! 最高のダンジョンにしてやるよ!」
この青年は、ダンジョンマスター。
令嬢の幼馴染であった。
こうして、令嬢の隠居用ダンジョンの、間取り相談会が幕を開けた。
ダンジョンマスターは、懐からカタログ冊子を取り出して、机の上にどさどさと積み上げた。
「どんな感じのダンジョンが良いか、これでも眺めながら決めていこう。『これが好き』とか、『これ、どんなの?』とか、気になったら何でも言ってくれ」
「ありがとう! 準備良いのね」
「……いや、まあ、ダンジョンマスターだからな!」
ダンジョンマスターは、内心、ヒヤリとした。
それを、お供の黒猫は、冷たい目で見た。
黒猫は、彼の使い魔だ。
(阿呆ニャ、ご主人。
このお嬢様が大好き過ぎて、『婚約破棄だと! 許せん! チャンスだ!』なんて言って飛び出してきたくせに。
『彼女のためのダンジョンを建てて、外堀から埋めていくんだ……!』なんて、阿呆な作戦立ててたくせに。
なに、今さら偶然ぶってるニャ。
というか、さっさと告白しろニャ)
令嬢は、目をキラキラさせて、カタログ写真に見入っている。
ダンジョンマスターは、令嬢のために、知識をペラペラ披露している。
「最近のダンジョンのトレンドは、住空間と迎撃空間の完全分離なんだ。居住者がリラックスして過ごしているときに、罠を踏んだり、侵入者と出くわしたりして、わずらわされないように、ってな。だから、貴族たちの屋敷に比べると床面積は限られるが、『住みよさ』は損なわないように、間取りには様々な工夫が……」
「うわあ。今時のダンジョンって、とってもおしゃれなのね……!」
「ああ、そうなんだ!」
(ご主人。お嬢様、話聞いてないニャ……。
カタログの写真に夢中ニャ……)
やがて、令嬢は「これがいいわ!」と、一つの写真を指差した。
「この『吹き抜けリビング』! とっても明るくて、開放感があって、素敵だわ!」
ダンジョンマスターは、表情を曇らせた。
そして、脊髄反射で言った。
「いや、吹き抜けはやめたほうがいい。
冷暖房効率が良くないんだ」
「……えっ?」
「音や匂いも広がりやすくて、プライバシーも保ちにくい。見た目は良いし、モデルハウスや入居直後なら評価が高いが、長く住むうちに、徐々に不満も……」
「……どうしても、難しいの?」
「……あっ」
ダンジョンマスターは、真っ青になった。
黒猫も、心の中で罵った。
(かーっ! 何やってるニャ、ご主人!
『お客様』のリクエストを、頭ごなしに!
建築家のプライドが前に出過ぎニャ!
さっさと、挽回するニャ!)
ダンジョンマスターは、あわてて身を乗り出して、早口で言った。
「い、いや、全然難しくない!
任せてくれ! 全部何とかする!
例えば、天井にシーリングファンをつけて、空気を循環させて……、そうだ、全館空調ゴーレムもつける。二階の部屋の位置を厳密に計算すれば、プライバシーも完璧だ。キッチンやダイニングのスペースだけは、天井を低くするという案も……」
「よくわからないけど、駄目じゃないのね?」
「ああ! 素晴らしいアイデアだ!
『吹き抜けリビング』、絶対に実現してみせる!」
「よかった……! ありがとう、嬉しいわ!
あなたって、本当にすごいのね!」
令嬢に褒められ、ダンジョンマスターは照れた。
黒猫も、ほっと胸をなでおろした。
(『お客様』のご機嫌、損ねずに済んだニャ……)
令嬢は、うきうきでカタログをめくった。
そしてまた、「これも素敵!」と言った。
「見て! 大空間のダンスホール!
しかも、全面鏡張りよ!
私、ダンスが大好きなの。貴族社会とは縁を切っても、ダンスだけは楽しみたいわ」
ダンジョンマスターは、うろたえた。
「ぜ、全面鏡張りの、大空間!?
耐震性が度外視だ! 間口は一定以下に抑えたほうが……! 鏡は清掃コストも高くて……!」
「だ、駄目かしら……?」
令嬢の上目遣いを受け、ダンジョンマスターは猛烈な勢いで首を振る。
「いやっ、全然駄目じゃない!
天井裏と床下に『聖銀』の鉄骨を入れよう! 耐力壁は『魔金剛』! 鏡面は清掃ゴーレムが毎日自動清掃だ!」
「なんだかすごそう……! わくわくするわ!」
「安全かつ快適な大空間を提供しよう!」
格好つけて拳を握る主の横顔に、黒猫はたじろぐ。
(う、うん、ご主人、張り切ってるニャ……。
いつもより、ちょっと大盤振る舞いだニャ……)
令嬢は、さらにカタログをめくった。
「ねえ、これは? この図書館!
壁いっぱいの本棚よ! 梯子で、上まで届くのね!
静かな暗い図書館で、蝋燭の灯りで本を読む……とっても心が落ち着きそうね……!」
ダンジョンマスターは、腰を抜かした。
「耐震コストが……! 梯子は踏み外す危険が……!
それに、書庫の中で蝋燭を使うと、煤の汚れも、火災の危機も……!」
「……これは、やめておいたほうが良い……?」
寂しげにうつむく令嬢に、ダンジョンマスターは自分の胸を力強く叩いて見せた。
「いやっ、ぜひとも実装しよう!
こういう時こそ、俺の腕の見せどころなんだ!
本は、一冊ずつ結界で保護し、地震からも汚れからも守る。司書ゴーレムに依頼することで、蔵書を探し出し、棚から席まで持ってくるから、梯子に登る必要はない。壁や家具には耐火魔法を施す!」
「司書ゴーレム、とっても便利そう……! こんなにいろんな魔法を使いこなす人、あなたの他に見たことないわ!」
きらきらした称賛のまなざしに、ダンジョンマスターは鼻を高くする。
黒猫は、頭の中で算盤を弾き、冷や汗をかいた。
(……あれっ、ご主人、張り切りすぎじゃ……。
もう、当初の予算オーバーしてるニャ……)
令嬢は、さらにページをめくった。
「まあっ、素敵! お部屋の中が、植物でいっぱい! 滝まであるわ!」
ダンジョンマスターは、悲鳴を上げた。
「で、出たな! 室内植物園! 虫、カビ、異臭! 転倒コスト! 日当たりのために窓際を占領するから、家具配置に制約がっ!
しかも、滝だとっ!? 湿気どころじゃない!
だいたい、『眺めるだけ』の代物は、入居から時間が経つほど、飽きて、不満が……!」
ダンジョンマスターの怒りは激しい。
この類のインテリアは、まさに彼の『地雷』だ。
しかし。
「そっか。大変なのね……」
ダンジョンマスターは、手のひらを返した。
「……だが、それでこそ、取り組む価値がある!
余暇時間こそ、隠居の『核』だ!
図書館で用いた結界を応用し、害虫や衝撃から鉢を守る。室内照明は『人造小太陽』、家具配置の制約は解消! 滝には、衝撃感知システムと結界を同時に採用し、普段は水にも触れられるが、不慮の接触による水濡れは防ぐ。室内は湿度管理ゴーレムで常に快適な環境を保つ!」
「夢みたい……! 早く住みたいわ!」
令嬢は、あこがれに胸をときめかせた。
ダンジョンマスターの目は、ぐるぐると渦を巻いていた。
黒猫は、わなわなと震えた。
(ま、ま、ま、『人造小太陽』!?
禁術級の大魔法ニャ!
そんな代物を、室内照明に!?
魔石の費用で破産するニャ!!)
令嬢は、さらにカタログをめくっていく。
彼女がページをめくるたび、黒猫の不安は高まった。
「……あっ、見て見て、これ、すごく良いわ!」
ダンジョンマスターは、びくっと跳ねた。
黒猫も、同じタイミングで跳ねた。
「……ど、どれかな?」
カタログを覗き、ダンジョンマスターは絶叫した。
そこにあったのは、果たして。
全面ガラス張りの、浴室。
ダンジョンマスターは、「ぎゃおお!」と吠えた。
「ガラスの断熱性は最悪だ! 冬は極寒、夏は蒸し風呂! カビは猛烈に増殖し、スライム系モンスターも湧く!
全身丸見え! 音も響く! プライバシーなんて皆無だ!
しかもガラスは滑りやすいから転倒リスクは甚大! 滑って転んでぶつかればそれだけで割れる! 怪我もする!
施工コストも莫大だ! コーティング付き強化ガラスは高いし、汚れるし、割れるし! だいたい、収納はどこにつける? 入浴グッズも丸見えだ!
そして! 何より! 清掃コスト、が……」
ダンジョンマスターは、言葉を途切れさせた。
令嬢が、目を丸くしていた。
滝のような冷や汗を流して、ダンジョンマスターは固まった。
「……あー、えー、と……」
(ご、ご主人……)
ダンジョンマスターは、「……ごほん!」と、わざとらしく咳払いした。
「……と、いうのが、世の中で、俗に言われるデメリットなんだ」
「……世の中で?」
「そう、世の中で」
華麗な主語のすり替えをして、ダンジョンマスターは、爽やかに笑った。
ウインクもした。
キラリと白い歯が輝いた。
「だけど、俺に任せてほしい。
俺はダンジョンマスターだ。並の建築家とは、ひと味違うぜ。
この『全面ガラス張りの浴室』という、困難とされたイシューにも、まったく新しいメソッドで、完璧なソリューションを導き出す」
「新しいメソッドで……完璧なソリューション……!」
「そうさ!」
ダンジョンマスターは、瞳をグルグルさせながら、次々とそれらを打ち出した。
「まず、断熱問題だが。
特製の『断熱結界ガラス』を用いる!
外気の影響を完全に遮断! 結露の心配は皆無だ!」
(また結界ニャ!? 魔石費用が……!)
「浴室内の温度・湿度の問題は、『局所気候制御ゴーレム』を『透明化』したうえで設置する! 空間を細かく区分けして環境を操作し、湯気は逃がさず、カビも生えない! もちろん、スライムも出てこない!」
(そ、そんなゴーレム、まだ無いニャ! まさか、専用で開発する気かニャ!?)
「床には、『魔紋床』を採用。転倒防止の滑り止め魔法の紋章を刻み、怪我を防ぐ!」
(足で踏む場所に魔法陣を敷くニャ!? メンテコストがバカにならないニャ!)
「さらに、浴室グッズの置き場所問題は、『異空間隙間収納』で解決だ! 異空間への入り口を『透明化』状態で設置し、浴室グッズはそこに収納! 最初に『管理者』登録すれば、念じるだけで簡単に取り出せる!」
(異次元干渉までするのかニャ!? タオルやシャンプーのためだけに!?)
「最後に、これだっ! 『人造小奈落』っ! これを薄い板状にして浴室の周囲に配置するだけで、外からの視線はシャットアウト! 完全なリラックス空間になる!」
〈フギャーッ!! いい加減にするニャーッ!!〉
黒猫は、ダンジョンマスターに飛びかかった。
我慢の限界だ。
魔族の言語で叫びながら、鋭い爪で主の頭をバリバリと掻きむしった。
〈なにが完璧なソリューションニャ!
『人造小奈落』は、外部からのあらゆる干渉を吸収して消滅させる、迎撃用の禁術ニャ! 魔石いくら使うと思ってるニャ!
普段は『無駄なく住み良い住空間と高効率な迎撃空間の両立こそが、ダンジョン建築の真髄……』とか格好つけてるくせにっ!
好きな女の子の前だからって、何でもかんでも安請け合いし過ぎニャッ!〉
ダンジョンマスターは、黒猫を引き剥がし、小声で反論した。
「うるさい、毛玉っ……! あの笑顔を見て平気でいられたら、それはもう『男』じゃないだろうがっ……!」
〈限度があるニャ、この色ボケ! こんなダンジョン自腹で建てたら、今年の利益はもう赤字ニャ!
だいたい、さっきの『完璧なソリューション』、肝心なところが抜けてるニャ! 全面ガラス張りの浴室の、指紋と水垢の掃除はどうするニャ!〉
「水垢はっ、俺が毎朝掃除するっ!!」
その声は、思いがけず大きかった。
令嬢は、目をぱちくりとさせた。
「毎朝、掃除……?
あなたも、一緒に暮らすの?」
「あ」
〈あ〉
主人と使い魔は、固まった。
黒猫は、主の決定的な失言に、ぷるぷると震えた。
(お、終わったニャ……。
ご主人が『俺が彼女のために隠居用ダンジョン建ててあげてー、俺がなにげなく頻繁に遊びに行ってー、今よりも親密になっちゃってー、そのうち一緒に暮らしちゃったりして……いやあ、もう、よせって! まるで夫婦だなんて、照れるだろっ!』とか、好き勝手ほざいてた妄想が、お嬢様に知られてしまったニャ……。
もう、これ以上挽回できないニャ……。
ご主人の奥手すぎる恋も、ついに終了ニャ……)
ダンジョンマスターは、血の気を失っている。
白目をむいて、固まったままだ。
まるでゴーレムだ。
しかし、令嬢は、満面の笑みで、こう言った。
「それって……今、街で人気の『シェアハウス』のことねっ!
素敵! 私、お友達と一緒に暮らしてみたかったの!
ね、本当に一緒に住んでくれるの? だったら、あなたのお部屋も、どんな風にするか決めましょう!」
天国と地獄が、ダンジョンマスターを揺さぶった。
「い、いいのか、本当に?
俺も……一緒に暮らしても?」
「もちろんよ! あなたのお部屋、壁紙はどんな色にするの?」
「あ、あはは、そ、そうだなあ。どうしようかな。
白は飽きが来なくて良いんだけど……うーん、アクセントクロスなんて、採用しちゃおっかなあ!」
デレデレしながら、壁紙のカタログをめくり始めるダンジョンマスターに、黒猫はぼそりとささやいた。
〈……ご主人、『お友達』だってニャ。
男として見られてないニャ〉
「……うるせえ……。
千里の道も、一歩からだ……」
〈ゴールまで長そうな道のりニャ〉
「ねえ、クロスと塗り壁って、どう違うの?」
「ああ、それは……」
黒猫は、内壁材の良し悪しについて、笑顔で語り始めた主人の横顔を、呆れ混じりに眺めた。
(……まあ、怪我の功名かニャ。
今年は、ぼくもパンの耳だけ食べて過ごすニャ……)
数ヶ月後。
ダンジョンマスターの手によって、隠居したい令嬢のための、完璧なダンジョンが竣工した。
インテリア性極振りの、猛烈な高コストダンジョンが。
その玄関の表札に、令嬢とダンジョンマスターの二人の名前が並んでいたり。
ダンジョンマスターの本名が、「ゼロ=エネルギウス・レガルトゥス・アルキテクトゥス・マクシムス」という、やたら仰々しい名前であったり。
それが、巷を騒がす『魔王』の名前と、まったく同じものであったり。
『聖女』が取り巻きとともに突入し、敢えなく迎撃されたりするが。
まあ、それはまた、別のお話。




