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「吹き抜けは冷暖房効率が良くないのでやめたほうがいい」とダンジョンマスターは言った

作者: たっこ
掲載日:2026/01/08

「君との婚約は破棄させてほしい。理由は……まあ、いろいろさ」


 肩をすくめる王子の後ろで、『聖女』がクスッと笑った。

 令嬢は、おとなしく一礼した。


「承知いたしました。至らぬ女で申し訳ございません」


「家の方には、追って連絡するよ。まあ、内々で話は通っているけど。それじゃあ、今までありがとう」


 令嬢はうなずき、その場を去った。

 食い下がるつもりは、彼女には無かった。

 『いろいろな理由』の内訳を知っているからだ。


 令嬢の父の事業がコケたとか。

 数十年ぶりに『聖女』が選定されたとか。

 王子が、聖女と親しいとか。


 つまり、令嬢にはどうしようもない。

 とりあえず、家に帰るしかないのだ。





 屋敷の自分の部屋のベッドに、令嬢はぼふんと横たわった。

 完全に白目をむいている。


「……もう、いやー……」


 うわ言を言う彼女の部屋で、窓がガチャリと音を立てた。そして、開いた窓から、一人の青年が顔を出した。

 頭の上に、黒猫を載せている。


「よっす、久しぶり。どうした?」


「……あなた、相変わらず、窓から来るのね……」


「おう。何か元気無いな。話なら聞くぜ?」


「聞いてよー……」


 青年は、「よいせ」と窓を乗り越え、堂々と部屋に入ってきた。

 令嬢も起き上がり、椅子に座った。

 そして、打ち明けた。


「……婚約、破棄されちゃったのよ……」


「おおう」


「でも、もう何もかもどうでもいい……。

 たぶん、別の縁談が来るけど、貴族社会とおさらばしたい……。これ以上、振り回されたくない……」


「うーん。そうだ!」


 青年は、ぽんと手を打った。


「それなら、隠居しちゃおうぜ!

  俺が、ダンジョン作ってやるよ。他の貴族が文句言ってきても、全員落とし穴で追い返そう」


「……それ、すごく良いわっ!

 ダンジョン建築、お願いできる?」


「任せとけ! 最高のダンジョンにしてやるよ!」


 この青年は、ダンジョンマスター。

 令嬢の幼馴染であった。


 こうして、令嬢の隠居用ダンジョンの、間取り相談会が幕を開けた。





 ダンジョンマスターは、懐からカタログ冊子を取り出して、机の上にどさどさと積み上げた。


「どんな感じのダンジョンが良いか、これでも眺めながら決めていこう。『これが好き』とか、『これ、どんなの?』とか、気になったら何でも言ってくれ」


「ありがとう! 準備良いのね」


「……いや、まあ、ダンジョンマスターだからな!」


 ダンジョンマスターは、内心、ヒヤリとした。

 それを、お供の黒猫は、冷たい目で見た。

 黒猫は、彼の使い魔だ。


()()ニャ、ご主人。

 このお嬢様が大好き過ぎて、『婚約破棄だと! 許せん! チャンスだ!』なんて言って飛び出してきたくせに。

 『彼女のためのダンジョンを建てて、外堀から埋めていくんだ……!』なんて、()()な作戦立ててたくせに。

 なに、今さら偶然ぶってるニャ。

 というか、さっさと告白しろニャ)


 令嬢は、目をキラキラさせて、カタログ写真に見入っている。

 ダンジョンマスターは、令嬢のために、知識をペラペラ披露している。


「最近のダンジョンのトレンドは、住空間と迎撃空間の完全分離なんだ。居住者がリラックスして過ごしているときに、罠を踏んだり、侵入者と出くわしたりして、わずらわされないように、ってな。だから、貴族たちの屋敷に比べると床面積は限られるが、『住みよさ』は損なわないように、間取りには様々な工夫が……」


「うわあ。今時のダンジョンって、とってもおしゃれなのね……!」


「ああ、そうなんだ!」


(ご主人。お嬢様、話聞いてないニャ……。

 カタログの写真に夢中ニャ……)


 やがて、令嬢は「これがいいわ!」と、一つの写真を指差した。


「この『吹き抜けリビング』! とっても明るくて、開放感があって、素敵だわ!」


 ダンジョンマスターは、表情を曇らせた。

 そして、脊髄反射で言った。


「いや、吹き抜けはやめたほうがいい。

 冷暖房効率が良くないんだ」


「……えっ?」


「音や匂いも広がりやすくて、プライバシーも保ちにくい。見た目は良いし、モデルハウスや入居直後なら評価が高いが、長く住むうちに、徐々に不満も……」


「……どうしても、難しいの?」


「……あっ」


 ダンジョンマスターは、真っ青になった。

 黒猫も、心の中で罵った。


(かーっ! 何やってるニャ、ご主人!

 『お客様』のリクエストを、頭ごなしに!

 建築家のプライドが前に出過ぎニャ!

 さっさと、挽回するニャ!)


 ダンジョンマスターは、あわてて身を乗り出して、早口で言った。


「い、いや、全然難しくない!

 任せてくれ! 全部何とかする!

 例えば、天井にシーリングファンをつけて、空気を循環させて……、そうだ、全館空調ゴーレムもつける。二階の部屋の位置を厳密に計算すれば、プライバシーも完璧だ。キッチンやダイニングのスペースだけは、天井を低くするという案も……」


「よくわからないけど、駄目じゃないのね?」


「ああ! 素晴らしいアイデアだ!

 『吹き抜けリビング』、絶対に実現してみせる!」


「よかった……! ありがとう、嬉しいわ!

 あなたって、本当にすごいのね!」


 令嬢に褒められ、ダンジョンマスターは照れた。

 黒猫も、ほっと胸をなでおろした。


(『お客様』のご機嫌、損ねずに済んだニャ……)


 令嬢は、うきうきでカタログをめくった。

 そしてまた、「これも素敵!」と言った。


「見て! 大空間のダンスホール!

 しかも、全面鏡張りよ!

 私、ダンスが大好きなの。貴族社会とは縁を切っても、ダンスだけは楽しみたいわ」


 ダンジョンマスターは、うろたえた。


「ぜ、全面鏡張りの、大空間!?

 耐震性が度外視だ! 間口は一定以下に抑えたほうが……! 鏡は清掃コストも高くて……!」


「だ、駄目かしら……?」


 令嬢の上目遣いを受け、ダンジョンマスターは猛烈な勢いで首を振る。


「いやっ、全然駄目じゃない!

 天井裏と床下に『聖銀(ミスリル)』の鉄骨を入れよう! 耐力壁は『魔金剛(アダマント)』! 鏡面は清掃ゴーレムが毎日自動清掃だ!」


「なんだかすごそう……! わくわくするわ!」


「安全かつ快適な大空間を提供しよう!」


 格好つけて拳を握る主の横顔に、黒猫はたじろぐ。


(う、うん、ご主人、張り切ってるニャ……。

 いつもより、ちょっと大盤振る舞いだニャ……)


 令嬢は、さらにカタログをめくった。


「ねえ、これは? この図書館!

 壁いっぱいの本棚よ! 梯子で、上まで届くのね!

 静かな暗い図書館で、蝋燭の灯りで本を読む……とっても心が落ち着きそうね……!」


 ダンジョンマスターは、腰を抜かした。


「耐震コストが……! 梯子は踏み外す危険が……!

 それに、書庫の中で蝋燭を使うと、煤の汚れも、火災の危機も……!」


「……これは、やめておいたほうが良い……?」


 寂しげにうつむく令嬢に、ダンジョンマスターは自分の胸を力強く叩いて見せた。


「いやっ、ぜひとも実装しよう!

 こういう時こそ、俺の腕の見せどころなんだ!

 本は、一冊ずつ結界で保護し、地震からも汚れからも守る。司書ゴーレムに依頼することで、蔵書を探し出し、棚から席まで持ってくるから、梯子に登る必要はない。壁や家具には耐火魔法を施す!」


「司書ゴーレム、とっても便利そう……! こんなにいろんな魔法を使いこなす人、あなたの他に見たことないわ!」


 きらきらした称賛のまなざしに、ダンジョンマスターは鼻を高くする。

 黒猫は、頭の中で算盤を弾き、冷や汗をかいた。


(……あれっ、ご主人、張り切りすぎじゃ……。

 もう、当初の予算オーバーしてるニャ……)


 令嬢は、さらにページをめくった。


「まあっ、素敵! お部屋の中が、植物でいっぱい! 滝まであるわ!」


 ダンジョンマスターは、悲鳴を上げた。


「で、出たな! 室内植物園! 虫、カビ、異臭! 転倒コスト! 日当たりのために窓際を占領するから、家具配置に制約がっ!

 しかも、滝だとっ!? 湿気どころじゃない!

 だいたい、『眺めるだけ』の代物は、入居から時間が経つほど、飽きて、不満が……!」


 ダンジョンマスターの怒りは激しい。

 この類のインテリアは、まさに彼の『地雷』だ。

 しかし。


「そっか。大変なのね……」


 ダンジョンマスターは、手のひらを返した。


「……だが、それでこそ、取り組む価値がある!

 余暇時間こそ、隠居の『核』だ!

 図書館で用いた結界を応用し、害虫や衝撃から鉢を守る。室内照明は『人造小太陽(マギ・プチ・フレア)』、家具配置の制約は解消! 滝には、衝撃感知システムと結界を同時に採用し、普段は水にも触れられるが、不慮の接触による水濡れは防ぐ。室内は湿度管理ゴーレムで常に快適な環境を保つ!」


「夢みたい……! 早く住みたいわ!」


 令嬢は、あこがれに胸をときめかせた。

 ダンジョンマスターの目は、ぐるぐると渦を巻いていた。

 黒猫は、わなわなと震えた。


(ま、ま、ま、『人造小太陽(マギ・プチ・フレア)』!?

 禁術級の大魔法ニャ!

 そんな代物を、室内照明に!?

 魔石の費用で破産するニャ!!)


 令嬢は、さらにカタログをめくっていく。

 彼女がページをめくるたび、黒猫の不安は高まった。


「……あっ、見て見て、これ、すごく良いわ!」


 ダンジョンマスターは、びくっと跳ねた。

 黒猫も、同じタイミングで跳ねた。


「……ど、どれかな?」


 カタログを覗き、ダンジョンマスターは絶叫した。

 そこにあったのは、果たして。


 全面ガラス張りの、浴室。


 ダンジョンマスターは、「ぎゃおお!」と吠えた。


「ガラスの断熱性は最悪だ! 冬は極寒、夏は蒸し風呂! カビは猛烈に増殖し、スライム系モンスターも湧く!

 全身丸見え! 音も響く! プライバシーなんて皆無だ!

 しかもガラスは滑りやすいから転倒リスクは甚大! 滑って転んでぶつかればそれだけで割れる! 怪我もする!

 施工コストも莫大だ! コーティング付き強化ガラスは高いし、汚れるし、割れるし! だいたい、収納はどこにつける? 入浴グッズも丸見えだ!

 そして! 何より! 清掃コスト、が……」


 ダンジョンマスターは、言葉を途切れさせた。

 令嬢が、目を丸くしていた。


 滝のような冷や汗を流して、ダンジョンマスターは固まった。


「……あー、えー、と……」


(ご、ご主人……)


 ダンジョンマスターは、「……ごほん!」と、わざとらしく咳払いした。


「……と、いうのが、世の中で、俗に言われるデメリットなんだ」


「……世の中で?」


「そう、世の中で」


 華麗な主語のすり替えをして、ダンジョンマスターは、爽やかに笑った。

 ウインクもした。

 キラリと白い歯が輝いた。


「だけど、俺に任せてほしい。

 俺はダンジョンマスターだ。並の建築家とは、ひと味違うぜ。

 この『全面ガラス張りの浴室』という、困難とされたイシューにも、まったく新しいメソッドで、完璧なソリューションを導き出す」


「新しいメソッドで……完璧なソリューション……!」


「そうさ!」


 ダンジョンマスターは、瞳をグルグルさせながら、次々とそれらを打ち出した。


「まず、断熱問題だが。

 特製の『断熱結界ガラス』を用いる!

 外気の影響を完全に遮断! 結露の心配は皆無だ!」


(また結界ニャ!? 魔石費用が……!)


「浴室内の温度・湿度の問題は、『局所気候制御ゴーレム』を『透明化(ヴァニッシュ)』したうえで設置する! 空間を細かく区分けして環境を操作し、湯気は逃がさず、カビも生えない! もちろん、スライムも出てこない!」


(そ、そんなゴーレム、まだ無いニャ! まさか、専用で開発する気かニャ!?)


「床には、『魔紋床(マギ・タイル)』を採用。転倒防止の滑り止め魔法の紋章を刻み、怪我を防ぐ!」


(足で踏む場所に魔法陣を敷くニャ!? メンテコストがバカにならないニャ!)


「さらに、浴室グッズの置き場所問題は、『異空間隙間収納ディメンション・ニッチ』で解決だ! 異空間への入り口を『透明化(ヴァニッシュ)』状態で設置し、浴室グッズはそこに収納! 最初に『管理者(マスター)』登録すれば、念じるだけで簡単に取り出せる!」


(異次元干渉までするのかニャ!? タオルやシャンプーのためだけに!?)


「最後に、これだっ! 『人造小奈落(マギ・プチ・アビス)』っ! これを薄い板状にして浴室の周囲に配置するだけで、外からの視線はシャットアウト! 完全なリラックス空間になる!」


〈フギャーッ!! いい加減にするニャーッ!!〉


 黒猫は、ダンジョンマスターに飛びかかった。

 我慢の限界だ。

 魔族の言語で叫びながら、鋭い爪で主の頭をバリバリと掻きむしった。


〈なにが完璧なソリューションニャ!

 『人造小奈落(マギ・プチ・アビス)』は、外部からのあらゆる干渉を吸収して消滅させる、迎撃用の禁術ニャ! 魔石いくら使うと思ってるニャ!

 普段は『無駄なく住み良い住空間と高効率な迎撃空間の両立こそが、ダンジョン建築の真髄……』とか格好つけてるくせにっ!

 好きな女の子の前だからって、何でもかんでも安請け合いし過ぎニャッ!〉


 ダンジョンマスターは、黒猫を引き剥がし、小声で反論した。


「うるさい、毛玉っ……! あの笑顔を見て平気でいられたら、それはもう『男』じゃないだろうがっ……!」


〈限度があるニャ、この色ボケ! こんなダンジョン自腹で建てたら、今年の利益はもう赤字ニャ!

 だいたい、さっきの『完璧なソリューション』、肝心なところが抜けてるニャ! 全面ガラス張りの浴室の、指紋と水垢の掃除はどうするニャ!〉


「水垢はっ、俺が毎朝掃除するっ!!」


 その声は、思いがけず大きかった。

 令嬢は、目をぱちくりとさせた。


「毎朝、掃除……?

 あなたも、一緒に暮らすの?」


「あ」


〈あ〉


 主人と使い魔は、固まった。

 黒猫は、主の決定的な失言に、ぷるぷると震えた。


(お、終わったニャ……。

 ご主人が『俺が彼女のために隠居用ダンジョン建ててあげてー、俺がなにげなく頻繁に遊びに行ってー、今よりも親密になっちゃってー、そのうち一緒に暮らしちゃったりして……いやあ、もう、よせって! まるで夫婦だなんて、照れるだろっ!』とか、好き勝手ほざいてた妄想が、お嬢様に知られてしまったニャ……。

 もう、これ以上挽回できないニャ……。

 ご主人の奥手すぎる恋も、ついに終了ニャ……)


 ダンジョンマスターは、血の気を失っている。

 白目をむいて、固まったままだ。

 まるでゴーレムだ。


 しかし、令嬢は、満面の笑みで、こう言った。


「それって……今、街で人気の『シェアハウス』のことねっ!

 素敵! 私、()()()と一緒に暮らしてみたかったの!

 ね、本当に一緒に住んでくれるの? だったら、あなたのお部屋も、どんな風にするか決めましょう!」


 天国と地獄が、ダンジョンマスターを揺さぶった。


「い、いいのか、本当に?

 俺も……一緒に暮らしても?」


「もちろんよ! あなたのお部屋、壁紙はどんな色にするの?」


「あ、あはは、そ、そうだなあ。どうしようかな。

 白は飽きが来なくて良いんだけど……うーん、アクセントクロスなんて、採用しちゃおっかなあ!」


 デレデレしながら、壁紙のカタログをめくり始めるダンジョンマスターに、黒猫はぼそりとささやいた。


〈……ご主人、『お友達』だってニャ。

 男として見られてないニャ〉


「……うるせえ……。

 千里の道も、一歩からだ……」


〈ゴールまで長そうな道のりニャ〉


「ねえ、クロスと塗り壁って、どう違うの?」


「ああ、それは……」


 黒猫は、内壁材の良し悪しについて、笑顔で語り始めた主人の横顔を、呆れ混じりに眺めた。


(……まあ、怪我の功名かニャ。

 今年は、ぼくもパンの耳だけ食べて過ごすニャ……)





 数ヶ月後。

 ダンジョンマスターの手によって、隠居したい令嬢のための、完璧なダンジョンが竣工した。

 インテリア性極振りの、猛烈な高コストダンジョンが。


 その玄関の表札に、令嬢とダンジョンマスターの二人の名前が並んでいたり。

 ダンジョンマスターの本名が、「ゼロ=エネルギウス・レガルトゥス・アルキテクトゥス・マクシムス」という、やたら仰々しい名前であったり。

 それが、巷を騒がす『魔王』の名前と、まったく同じものであったり。

 『聖女』が取り巻きとともに突入し、敢えなく迎撃されたりするが。


 まあ、それはまた、別のお話。

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