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双星の継承者  作者: まさな
■第一章 未開惑星の漂流者 ― Drifters of the Uncharted Planet ―
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●第一話 墜ちた二人と一匹

 まず俺は、もう役立たずとなったヘルメットを乱暴に脱ぎ捨てた。

 バイザーにはヒビが入っている。こうなっては宇宙で使い物にならない。この脱出艇も同じだ。大気圏突入はできても、脱出までは無理。ワープ装置なんて元から付いてない。

 結局、どこかの船に拾ってもらうしかないってわけだ。

 俺は苦労しながらシートベルトを外し、ウエストポーチから小さなぬいぐるみを取り出した。黒猫の子猫だ。


「冗談でしょ! 私たち、ブラックホールに落ちたのよ。事象の地平線をくぐって無事なはずがないわ。だから、そう、これはきっと夢なんだわ」


 一方、クローディアはちょっと錯乱しているようで不安だ。死んでたら夢なんて見ないだろうし、さっさと現実を受け入れればいいのに。


「さて、頼むぞ、クロ、お前は生きててくれよ……」


 猫の肛門に指を突っ込み、中にある電源ボタンを長押しする。


「ちょっと、ハルト、聞いてるの。というか、あなた……なんでそんなことしてるわけ? へ、変なところに手を突っ込んで……」


 説明するより見てもらうほうが早いので、少し黙っててくれと手でジェスチャしてから、クロの起動を待つ。さすがにスタンドアロン型のAIロボットだと起動処理が遅い。これでもかなり高性能のチップを積んでるんだが。


「ハルト、そのぅ、私も他人の趣味には自由と寛容でありたいと常々思っているけれど……さすがに……そんな趣味はどうかと思うわよ……?」


「違う! これは俺の趣味なんかじゃないですって」


「ええ?」


 やっぱり耳の中に電源ボタンを設置すべきだったか? でも、撫でるときにうっかり手が当たるのは避けたかったんだよなぁ。


「ふぁああ、よく寝た。再起動チェック完了、自己スキャンは一応正常。おはよう、ハルト」


 子猫が息を吹き返したように伸びをして、喋った。


「ふう、助かった。お前が起動してくれなかったら、今、俺は社会的に死んでたぞ、クロ」


「へぇ、そりゃ惜しいことをしたね。でも、いいの? 彼女、クローディアは銀河同盟軍の正規兵だったはずだけど。それともボクのデータベースの更新が必要かな?」


「いや、不要だ、クロ。それより、彼女のメディカルチェックを頼む」


「了解。なるほど、なんだか君たち二人ともドえらい目に遭ったみたいだね。スキャンを開始するよ」


「ま、待って。なんでそのAIロボットは動いてるの。どう見たって、マザーボルバとのリンクは死んでる状況なのに」


「まぁ、そこは気にしないでくれ」


「気になるわよ! だって、スタンドアロン型のAIは保持も製造も明確な軍紀違反よ」


 ……さすがは士官学校を飛び級で首席卒業した天才、法律関係も詳しいか。面倒だなぁ。


「まぁ、完全なスタンドアロン型ならね」


「そうそう、ボクはちゃーんとマザーボルバとリンクを取ってるから。今のところ、リンクは確立できないし、そこはまぁ仕方ないよね。臨機応変ってことで。はい、診断は骨折二カ所、右橈骨(みぎとうこつ)遠位端と右上腕骨を単純骨折、クローディアは銀河同盟軍のナノマシンを入れてるから、全治三日ってところだね」


「じゃ、救急キットを持ってくる。ギプスで固定しておこう」


「言いなさい、ハルト。そのAIロボ、どこで手に入れたの」


「ボクはハルトが密林通販で買ったパーツで自作されたんだよ」


「おいクロ、黙ってろ。余計な事を言うんじゃない」


「でも、クローディアが気にしてるみたいだし、彼女の協力を得るためにも洗いざらい正直に話しておく方が良いよ。君と彼女は士官学校の先輩後輩だし、私的メールのやりとりがあるくらいに親密だからね。共犯者ってことで、ニヒヒ」


「あきれた。このAIの倫理レベルの設定はどうなってるの」


「まぁ、それも細かいことは気にしないでもらえるかな……」


 いろいろ実験がてら、変に攻めすぎた。今は反省している。


「クロ、X線照射で、彼女の骨にズレがないか、チェックしてくれ」


「右上腕骨がちょっと曲がってるね。15度くらい左に寄せて」


「ええ……?」


 他人が骨折している腕を動かすのは、痛いだろうし、不安だ。


「こうかしら。くっ」


「はい、オッケー、そのまま固定して」


 網状のネットに硬化スプレーをかけて、これでよし。


「凄いな、クローディア、痛くないの?」


「痛いけど、ナノマシンが痛覚を抑えてくれてるから」


「ああ、なるほど」


「治療、ありがとう、ハルト。でも帰ったらきっちり報告するから」


「うーん、それはちょっと厳しすぎないかな? クローディア先輩。自分用にちょっとカスタマイズして自動セルフアップデート機能を付けてるだけなのに。今だってこいつが役にたったじゃないか」


「じ、自動セルフアップデート機能ですって!? あのね、ハルト、AIはあなたが思っている以上にずっと危険なものなの。役に立つかどうかじゃなくて、厳しく規制されているのにはちゃんと理由があるのよ。悪用だってそうだし、他にも、思わぬ事故の可能性を未然に防ぐためのものでしょう?」


「そうそう、もっと言ってやってよ、クローディア。ハルトはボクを便利な高性能にすることばっかり考えてて、セキュリティと倫理がガバガバなんだもん」


「はあぁ……じゃ、クロちゃんだっけ? あなたが自分でセキュリティ設定を構築しておいて。あと、なんだか叱る気がもう失せたわ。まずはナデナデさせて」


 やはり猫の魅力には抗えないか。そうだろう、そうだろう、クローディア。君もモフモフサイドに落ちるのだ。フォースを吸え。

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