●第六話 幻の壁
乾いた埃とは違う、湿った石とすえたカビの匂いがする。
迷路の奥は不気味な湿り気を帯び、靴底が石の床を踏むたびに、かすかな反響が返ってきた。延々と続く石畳の道は、所々で崩れ、不自然な段差を作っている。足を踏み外さぬよう注意しながら進むと、頭上から冷たい滴がぽたりと落ち、首筋に不快な冷たさを走らせた。
進むほどに空気が冷えていく。
その先の通路で、さっきのガーゴイルと同じ石像が、静止したまま座っているのが見えた。
「こっちはダメだ、引き返そう」
地図はあるし、上から見たので途中までは迷路の行き先がわかっているが、その先は未知の部分で探索が必要だ。地図にもガーゴイルの位置は載っていない。
途中、向こうから冒険者がやってきたので言う。
「引き返せ。こっちはガーゴイルで行き止まりだぞ」
「おお、そうか。じゃ情報のお礼に、ひとつ良いことを教えてやろう。こっちだ」
小柄な革鎧の冒険者が、俺たちについてこいと合図する。
「どうするの?」
「まぁ、罠の可能性もなくはないが……普通はここで敵対しないだろう。行ってみよう」
「甘いと思うわよ、ハルト」
「ボクもリスクが大きいと思うなぁ」
だが、こちらには『戦闘スーツ』も『パルスレーザーガン』もあるのだ。Cランク試験でよほどのことが無い限り、命を落とすことはあるまい。
「ここだ。いいか、見てろよ……」
革鎧の男が、手を伸ばすと――その手がすうっと壁を突き抜けた。
男の腕が壁に沈んだ瞬間、石の表面が波紋のように揺らぎ、
淡い光のノイズが走った。
「なにっ?」
「ああ、光学ホログラムだね」
クロが小声で言う。なぜそんなものがここにある。
「どうだ、驚いただろう。こいつは魔法の壁だ。ダンジョンにはよくあるヤツで普通は触らない限り、本物の壁と見分けが付かない。ま、音は通すから、反響や風の流れに注意してりゃ、わりと簡単に見破れるぜ?」
「良い情報だ。礼を言う」
「なに、さっきのお礼ってことでいいぜ。だから、お前との貸し借りはこれでチャラだ」
別に貸しにしたつもりはないのだが、律儀なヤツだ。
「ああ。だが、別に競争しなくても『赤子石』は全員分あるんだ。協力できるところは協力したほうがいい」
俺はこの試験を、誰が一番強いかを競うものだとは思っていない。
いくら強いヤツが一人いたとしても、軍隊には敵わない。
冒険者も同じだ。パーティーを組んだほうがいろいろと任務の達成率は上がるはず。
冒険者ギルドの仕組みにもパーティー名やクラスの自己申告制度など、チームで動くことが前提になって部分があった。ならば、ここで一人の力をアピールするより、信頼を得る方がよほど価値がある。
「そうだな」
「じゃ、ここを進むか」
ちょうど目的地まで近道ができる場所だ。さっきの革鎧の男はもっと近場の『赤子石』を目指すようで途中で別れた。
「よし、あった。まずは一つ。三人で戻るぞ。協力だ」
「そうね」「はい」
持ち上げると、下に紙が一枚隠されていた。
「これは、地図だな。もう一体の隠し『赤子石』の地点が書かれている」
「つまり、もともとこの試験は”冒険者同士が協力する”ようにできてるってわけね」
「そうだな」
だが、協力しないという選択肢もある。そこを試験官は見極めたいのかもしれないな。




