●第四話 赤子石
「やれやれ、待ちくたびれたぜ」
『レーヴァ地下墓苑』にすでに足を踏み入れていた先行組の受験者が階段を上がってきた。
「だが、中の情報を見てきたんだろう。それはそれで有りだと思うぜ」
試験官ヒュームが言う。
「見るも何も、もう一人の試験官が肝心な場所で通せんぼしてて、何も情報を得られなかったぞ」
「そうか、そりゃ残念だったな。じゃ、全員いるな。付いてこい」
階段を下りると、そこは薄暗い地下墓地の入り口となっているようで、コケの生えた石壁の廊下が続いている。ところどころ、天井が崩れており、そこから差し込む光で、足下で迷ったり躓く心配はなさそうだ。ただ……どこかしら空気が重い。
「ここはかつてバールの街の地下墓地として使われていたそうなんだが、ダンジョン化してしまってな。その原因も調査は行われたが、結局、わからずじまいだ」
「墓地にゾンビやスケルトンが湧いてくるんだろう? 気味の悪い話だな」
「安心しろ。浅い階層はゾンビもスケルトンも出てこない。ここの手すりの下を見ろ」
階段の踊り場から、下側が見下ろせるようになっており、五十メートル四方くらいの曲がりくねった迷路が見える。ただ、天井から遮っている壁によって視界が邪魔されているため、迷路の奥側すべてが見えているわけではなかった。
「さて、ここでお前らにやってもらうのは――救助任務だ」
そう言って、ヒュームは足元の何かを軽く蹴った。
ごろりと転がったそれは、赤子の形をした石人形だった。それが二体ある。
「今からお前らにはこの階層のあちこちに置いてある要救助者――重傷の冒険者に見立てたこの石人形を拾って回収してきてもらう。これとは別に、全部で十一体、つまりお前ら受験者と同じだけ用意した。これを一体ここまで持ち帰ってくれば、基本的に合格だ。――ただし、一体でも壊したら即失格とする」
「なんだ、たったそれだけのことか。こいつぁCランクの試験なんだろ? そんな簡単なのでいいのかよ」
拍子抜けしたように言う冒険者の一人リックだが……そんな試験ならば、子どもでも可能だろう。それではCランク試験にならない。つまり、まだなにか制限があるはず。
「リック、話は最後まで聞いた方が良い。まだ他にもルールがあるはずだ」
「ハルトの言う通りだぞ、リック。試しにお前、それ、持ち上げてみろ」
「おう。重いのか? よっと。そこそこだな。大人一人くらいってところか」
「ほう、見た目より力があるな、リック」
「ったりめえよ。オレは未来のAランク冒険者、ドラゴンバスターだからな」
「はっはっ、竜退治とは大したな夢だな。じゃ、もう一体、拾え」
ヒュームの笑みが消え、冷徹そのものの瞳になる。
「おお、何体でも持ち上げてやるぜ」
「気をつけろ、リック、何かあるぞ」
「何かって、おお? な、なんでだ。くそっ、持ち上がらねえ。しかも、どっちも重くなってやがるぞ? ぐっ」
持つ手の震えが大きくなり、リックが足に落としそうになったので、俺がとっさに手を伸ばして拾った。今、ヒュームも一瞬だけ、動こうとしていたのがわかった。
「リック、お前、重いならさっさと手を放すなり戻すなりしろ。お前は足をやられるところだったぞ、減点だ」
「いや、でも、なんだこの石像」
「仕掛けがあるんだよ。いいから持ち上げずに聞け。この『赤子石』はこの階層にいくらでも出てくる呪いの石像だ」
「のっ、呪いっ!?」
「別に触っても呪われるわけじゃない。ただ、今、リックが持ち上げられなくなったように、二体以上を同時に持とうとすれば、両方とも重さが増す。持っている時間が長くても重さが段々増していく。つまり、欲張らずに一体だけ持って運べってことだ。いいな?」
「ヒューム、この石像は、一度置くと重さはリセット……元に戻るのか?」
「ああ、一度地面に置いてしまえば、問題は無いぞ」
「なら楽勝だぜ」
「ああ、簡単だ」
受験者の張り詰めた空気が緩んだ。
「じゃ、この石人形の形を良く覚えておけよ。他の石を持ってきてもノーカウントだからな」
微妙に違う偽物が混じっているということだろうか?
「クロ、一応、3D写真を撮っておいてくれ」
「了解」
「喜べ。ご親切に地図も渡してやる。普通、ここまでお膳立てされたクエストは滅多にないぞ。一人一枚だ」
羊皮紙に描かれた線と印だけの簡単な地図。この丸い点が回収すべき『赤子石』だろう。ただ、数が十五もあるな? このうち四つはハズレのようだ。
「じゃ、開始だ。ああ、言い忘れたが、この試験の合格は、石を持って帰るだけだからな。受験者同士の協力、妨害、通せんぼや騙し合いも許可する。ただし、冒険者への攻撃は禁止だ」
「はっはー、なら煙玉だ!」
「うおっ!」
「ば、馬鹿野郎、他の受験者を邪魔したからって合格にはなんねえだろうが!」
いや、そうではないな。たとえ石像が持ち帰れなかったとしても、冒険者らしさをアピールできていれば、試験官の判断で合格もありえるはずだ。
”この試験は冒険者としての器量を見極めるためのもの”
とヒュームは最初に宣言していた。
ただ、相手の妨害が倫理的にどうなのか、そこは不明だから、他の冒険者を妨害するのはやっぱりやめておいた方が良さそうだ。
混乱と怒号が入り交じる白煙の中、試験が開始された。




