●第二話 『暁の光』
酒場の客が一斉に入り口に注目した。そこには頭から血を流した女性が慌てふためいて走り込み、さらにはテーブルとぶつかり、木皿が料理ごと転がり落ちて派手に散乱する。
「なんだなんだ、喧嘩か?」
「いいぞぉ、もっろやれ!」
酔っ払いが無責任なヤジを飛ばす。
だが、遅れて酒場になだれ込んできた冒険者風の男数人が剣を抜いているところをみると、これはもう喧嘩というレベルではあるまい。
なら、事情は分からずとも、手遅れになる前に介入したほうがいいだろう。
俺は迷わず決断した。
「クローディア、君はフィーナの護衛につけ。俺は彼女を保護する」
「了解!」
「ハルト、追いかけている側は全部で四人だよ。君の視界にだけ入るようマーキングした」
「いいぞ、クロ」
パルスレーザーガンではなく、腰のショートソードを抜き、女性に斬りかかろうとしていた剣を弾く。革鎧の下には人工筋肉が内臓された戦闘スーツを着込んでいるから、相手のパワーを圧倒するのは楽勝だ。
「な、なんだてめえ。そいつをかばうつもりか」
「そうだ。相手は武器も持っていない。それを四人がかりでとは、恥ずかしくないのか」
「う、うるせぇ! そいつは護衛の依頼料をちょろまかしやがったんだ。悪いのはこっちじゃなくてアイツだぞ!」
「はっ、よく言うよ、このごうつくばりめ! こっちはちゃんとギルドの規定通りに金を払ったさ」
「途中で往復までの道のりを頼んだのはそっちだろうが」
「頼んだけど料金を倍にするとは一言も言ってないねぇ」
「このアマ!」
ううん、女のほうにも特大の落ち度がありそうな気がしてきたが、斬られるほどの罪でもないはずだ。
「そこまでにしろ。料金を改めて請求し、ギルドに調整してもらえ。何も殺さなくて良いだろう。殺してしまったら報酬は受け取れないぞ」
「はっ、ギルドは調整なんてしちゃくれねえぞ。そいつを殺してきっちり、正当な料金を財布からいただくまでだ。オレら『屍臭のハイエナ』を舐めてくれた礼もたっぷり含めてな!」
え、それ自分達で付けた異名なの?
まぁ、自分達がイイと思っている名を馬鹿にはすまい。ただ、何年かあと、ベッドで思い出して、もだえ苦しむような黒歴史にならなきゃいいが。
そのまま俺に斬りかかってきたので、仕方ない、反撃に入る。
真っ直ぐ振り下ろしてくる剣をきっちり剣で受け止めたあと、飛び膝蹴りを相手の腹に入れる。
「ぐはっ!?」
ワンダウン。
「くそ、この野郎!」
横凪ぎに払ってくる剣をスウェイバックで避け、顎の先端であるチンを左ストレートで抜き、ツーダウン。
三人目の袈裟斬りをそのままバック転で後ろのテーブルに飛び乗り、ジョッキを蹴り上げて、エールが目に入って呻いたところを、タックル気味に押し倒した。
スリーダウン。
「な、な……畜生がぁ! く、来るな!」
恐怖に駆られたか、四人目の男は剣をこちらに向けて投げた。避けようとして、後ろに無関係の客がいることを思い出した俺は、剣を腕で叩き落とす。そいつはまだ抵抗し、今度は隣のテーブルを持ち上げようとした。しかし、その前にハイキックで沈めてやった。フォーダウン、クリア!
「す……すげえ!」
「なんだ今の動き!?」
「全員、剣を使わずに気絶させやがった!」
「魔術でも使ったのか?」
賞賛の口笛も鳴る中、俺は散乱したテーブルに銀貨を一枚置く。
「悪かったな。これで飲み直してくれ」
「おお、粋なことをするじゃねえか、兄ちゃん」
「助かったよ、お兄さん。しかも強いじゃないか」
色目を使って腕を絡ませてくる馴れ馴れしい女を引き剥がし、言う。
「その頭も治療してやるから、一緒に来い。クローディア、手伝ってくれ。この男達も運ぶぞ」
「ええ。冒険者ギルドね」
「そうだ」
◇
「なるほど、事情はわかりました。この四人、パーティー名『屍臭のハイエナ』は責任を持ってギルドが処分を下します。それと、レベッカさん、あなたは要注意依頼者リストに入れますから、次におかしなことをしたらギルドに出入り禁止としますよ」
ギルドの受付嬢がいたので、事情を話して正解だった。
「はいはい。じゃ、怪我の手当、ありがとね、ハルトくん。あとで裏通りの娼館にいらっしゃい。お礼、してあげる。じゃあねぇ」
注意をまるで意に介していないレベッカは手をひらひらさせて去って行った。
「それで、今から裏通りに行くの? ハルト」
クローディアが、ジト目で聞いてくるが。
「行かないよ!」
別にそれ目当てで助けたわけでもない。
「それと、ハルトさん」
受付嬢が呼ぶ。
「ああ、何だい?」
「Dランク冒険者パーティーを一人で殲滅できる腕前なら、ちょうど明日、Cランク昇級試験がギルドで行われるんです。ハルトさんも参加しませんか? ランクが上がれば、報酬の高い依頼も受けられるようになりますよ」
「おお、是非」
「私も受けたいのだけれど、かまわないわよね? 実力は私の方が上だし」
「んー、自己申告はちょっと……」
「ちょっ!」
「いや、クローディアは本当に俺より強いよ」
「では推薦ありということにしましょう。そちらの、フィーナさんも剣術ランクがCなら、行けるかもしれませんし、パーティーで受けてみては?」
「わかりました。では申し込みます」
「はい。ではパーティー名は何にしますか?」
「ハルトさん、何がいいでしょうか」
「いや、何でもいいよ」
「ダ、ダメですよ! パーティー名はその場のテキトーなノリじゃなくて、まともなのにしてください。呼び出しをやる職員のことも考えて!」
受付嬢が必死になる。
まぁ、『屍臭のハイエナ』だと呼び出すときに途中で吹き出しそうになるのをこらえなきゃいけないかもしれないしな。
「では、ルミエルの導きあってのパーティーですので、『暁の光』でどうでしょうか?」
フィーナが良さそうな名前を提案してくれた。
「良いと思う」「うん、私も賛成」
「決まりですね! 素晴らしい名です! では、明日の朝九時、二番目の鐘が鳴るころにはギルド受付にいてくださいね。遅刻したら半年後まで受験できません」
ではなおさら、このチャンスを逃さず、ランクアップしないとな。
俺たち三人は心を一つにして、うなずき合った。
そう、夜明けと共に『暁の光』がここから動き出すのだ。




