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双星の継承者  作者: まさな
■序章 事象地平線の奇襲 ― Operation Horizon Strike ―
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●第二話 不時着

 脱出艇の船体が、あちこちで悲鳴のような金属音を立てた。

 警告灯が赤く瞬くたび、コックピットの壁面がわずかに歪む。

 外の視界は、星の光も航跡もなく、ただ黒と白の境界がゆっくりと渦を巻いていた。

 その中心で、空間がゆらぎ、引きちぎられる。まるで宇宙そのものが深呼吸をしているようだった。


「……ブラックホールの事象面との距離、変わらず」


 クローディアの声が震えていた。


「スラスターも反応しなくなった。重力波の干渉で慣性制御が死んだのね。もうお手上げだわ」


 俺たちはなんとか脱出艇へ乗り込めたが、まだ助かったわけではないようだ。


「マザーボルバ、脱出コースを再計算だ!」


《不可能です。事象地平面へ落下中。相対時間差、まもなく臨界域へ突入》


「ならいっそ、中心の方向へ加速してやれば、スイングバイで……」

「無駄よ。加速できたとしても、重力に私たちの肉体が耐えられないわ」


 AIも沈黙を守る。

 もう何もできることはなさそうだった。


「ここまでか……くそっ、こんなことなら、新作のゲーム、やっておくんだった」

「微笑ましい後悔ね。……あなたは私を責めないの?」

「責める? 何で?」

「だって、もっと早く脱出さえできていれば……」

「どうだろう、すでに俺たちの艦ブリュンヒルデはブラックホールの重力圏内に入ってしまっていたからね。他の乗員達も無事に脱出できたかどうか……」


 確認しようにも、信号は一切届かず、手立てがない。

 視界の縁が、青く、赤く、虹のように()()()始めた。脱出艇の内部はまだ重力制御が生きているが、体が重くなり、そろそろ限界点のようだった。


「クローディア、手を握ってくれないか。もしも、助かったら、君にデートを申し込む。食事を奢るよ」

「ふふ、どこまでも希望があっていいわね、あなたは。ええ、約束してあげる」


 彼女が大きくうなずくと青髪が揺れるのがヘルメットのバイザー越しに見えた。

 意識が、まるで引き伸ばされた映像のように遅れていく。

 クローディアがまるでスローモーションのようにこちらをゆっくりと振り向いた。


「時間が――伸びてるのね」


 声も先ほどより一段と低くなっている。


「ああ、でも大丈夫、まだ……」


 言葉の続きを出す前に、光があった。

 世界が裏返るように、すべての感覚が白に溶けた。

 ――そして、無の世界。

 何も感じなくなった。


 これが……死なのか?


「くっ?」


 急に大きな揺れを感じ、いきなり視界が戻った。

 丸窓には空?が見えていた。

 雲を突き抜け、脱出艇は制御不能のまま急降下している様子だ。

 計器は軒並みブラックアウト。推進も姿勢制御も反応しない。


「クローディア!」

「ここにいるわ。……変ね。私たち、どうやら生きてるみたい。なら、外部センサーを再起動!」


 モニタが復帰し、下に緑が見えた。

 海ではない。陸地――樹海のように連なった大地が、光の向こうに広がっている。


「惑星大気圏に突入。摩擦熱上昇、外殻温度1200℃!」

「待ってくれ、スラスター死んでるんだ、スピードを落とさないと。角度を変えてくれ」

「無茶言わないで! 制御を再起動、お願い……戻って! ハルト、私は調整をやるから操縦桿のほうををお願い」

「分かった。アイハブ、コントロール」


 ガタガタと激しく揺れる船体はもう持ちそうにない。

 船内の温度が上がり、スーツ越しでも暑くなってきた。このスーツは一定温度までは耐えられる設計だが、早くも温度の警告音が鳴っている。

 金属が焼ける臭い。船体の外装が剥がれ、炎が視界を覆う。


「上がれぇええええええええええええええええええええええええええ――!」


 操縦桿を力の限り引っ張る。

 重力制御が断続的に回復し、船体がわずかに持ち上がる――が、間に合わない。

 耳をつんざくような衝撃音が連続しながら、脱出艇は山脈の尾根に衝突した。

 世界が跳ね、天地が転がり、何度も地を削る。体がちぎれて内臓が飛び出そうな大きな衝撃。


 最後に、ひときわ重い衝撃と共に、機体は静止した。


 俺はは体の痛みにこらえつつ、息を吸った。煙と焦げた空気が肺を刺す。だが、呼吸はできているようだ。


「……クローディア?」

「……ええ、なんとか生きてる。……ここは……どこ?」


 視界の先には、広大な原生林が広がり、その奥に、青白く光る空と見慣れない二つの月が浮かんでいた。

 通信は沈黙したまま。

 マザーボルバの制御系は完全に沈黙し、唯一動いているのは生命維持装置だけのようだ。


「クローディア、外郭の温度がもう少し下がったら、外に出てみよう」

「正気なの? 大気組成の分析だってできない状況なのに。酸素がいつまで持つか……」

「平気さ。ここの大気がダメなら、俺たちはもう生きていないよ」


 船内に空いている希望の大穴を指さしながら、俺は笑った。

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