【台風転生】台風が異世界転生した結果、村を救い貴族を吹き飛ばし、ついでに魔王軍まで消し飛ばした話
――俺はただ、雨と風を起こしただけだ。
なのに人間どもは「恵み」だの「災い」だの勝手に騒ぎ、気づけば世界が救われていた。
『はい、こちら都内の沿岸部です! ご覧ください、この猛烈な風!
足を踏ん張っていないと吹き飛ばされそうで……あっ、看板が――! 看板が飛びました!』
ざざっ、とマイクが割れる。
カメラが揺れ、画面がぶれる。
荒れ狂う白い飛沫の中で、必死に声が続いた。
『台風十五号の勢力は依然として衰えておらず――』
その瞬間、ぷつん、と映像が途切れた。
気象レーダーに映っていた巨大な渦も、同時に姿を消す。
スタジオに切り替わり、アナウンサーの声が震えた。
『……え? ただいま入った情報です。台風十五号が、完全に消滅しました。
いったい何が――』
ノイズが風にちぎれるように走り、音も映像も、真っ白になった。
◇
――体がほどけていく。
――風がもつれて、熱が抜ける。
――元いた場所なら、ここで終わりだ。
落ちていく感覚の先で、何かが引っ張った。
そして、すべてが裏返る。
気づけば、俺は知らない空の上にいた。
太陽が二つ。
白いのがひとつ、赤いのがひとつ。
地平は黄土色、山は硬く、湖は見慣れない形で光っている。
――俺は、嵐だ。
――どうやら、嵐のままで場所だけ変わったらしい。
――よし。やることはシンプルだ。
◇
大地がカラッカラだ。
畑は割れ、井戸の底に石の歯がのぞく。
風に乗って、乾いた土の匂いが喉に刺さった。
――雨、欲しいんだろ? オーケー、任せろ。
雲をかき集め、重く丸め、上から一気に落とす。
最初の一滴が黒い輪を描き、その輪が面になって広がっていく。
子どもは泥を蹴って叫び、大人は空に手を合わせて頭を下げた。
――いい反応だ。俺のサービス精神も、たまには役に立つ。
……っと、やりすぎた。
川があふれ、土手が崩れ、屋根が数軒まとめて流れた。
「恵みだ!」の歓声と、「災いだ!」の嘆きが、同じ雨音に混ざる。
――すきにしな。俺からすれば、どっちも「雨」だ。
◇
洗濯物は、いい的になる。
白いシャツが旗みたいに空を走り、子どもが追いかけて笑う。
ついでに、村の長の黒々とした毛……いや、帽子だ。たぶん。
――俺のブロータイム、始まるぜ。
軽くフゥ、と吹いたら、長の頭から黒がポーン。
見事な弧を描いて、一回転。
周囲が凍りついたあと、「神の試練だ……」と誰かがつぶやいた。
――違う。遊んだだけだ。だが似合ってるぞ、新スタイル。
飛びすぎた帽子は、気まぐれで元の頭に戻しておいた。
たまたま風向きがそうなっただけだ。
◇
雲の腹が鳴る。
空に白い線が走る。
俺の十八番、ピンポイント雷ショット。
――はい、そこ。屋根のど真ん中。
バシィィン。
金の装飾が火花を散らし、貴族の馬車だけが見事に粉砕。
馬は無事で、鼻を鳴らして走り去った。
「嵐は正義を見抜く!」
と、誰かが勝手に結論づける。
――違うって。たまたま当たっただけだって。
◇
「嵐を斬る!」と叫ぶ勇者パーティーが、マントを翻して突っ込んできた。
剣を掲げ、後ろから僧侶と魔法使いが声をそろえる。
「勇者さまに勝利を!」「いまだ、正義の刃を!」
口上が長い。いい度胸だ。少しだけ、足元に風を差す。
――よし、決めポーズごといっとけ。
マントが顔に巻きつき、勇者は自分で自分をぐるぐる縛って転倒。
詠唱中だった魔法使いの杖が飛び、僧侶の聖水が頭からぶっかかった。
三人まとめて泥にダイブ。
泥のクッションはやさしい。大合唱みたいに笑い声が響く。
「嵐の洗礼だ!」
彼らはなぜか誇らしげだ。
――洗礼という名のドジパレード。まあ、楽しそうで何よりだ。
◇
市場では、女主人が風を読んで店の帆を外す。学習が早い。
代わりに小さな風車を置いた。
薄い板が回り、粉挽きの手が楽になる。
――よし、そこだけ優しく通る。
風車は気持ちよくくるくる回り、女主人は笑って言った。
「嵐の加護だね」
――いいネーミングだ。採用。ロイヤリティは要らない。
パン屋は窯の前で汗だく。
焼き上がりの山を見て、うちわで必死に扇ぐ。
俺が少しだけ通路を撫でると、熱が流れてパンの表面が艶を増す。
――冷ますの、手伝うよ。焦げは敵だ。
パン屋は目を丸くして、「今、風が……いや、気のせいか」と首をかしげた。
◇
雨でぬかるんだ道を、茶色い影がちょろちょろ動いていた。
モグラだ。土が水に浸かって、行き場をなくしたらしい。
――おいおい、出てくるタイミング間違えてるぞ。
とうとうモグラは水たまりに落ちてしまった。
村人のひとりがしゃがみ込み、ずぶ濡れの小さな体を両手でそっとすくい上げた。
軒下に移されると、モグラは鼻をひくひくさせて土の中へ潜っていく。
それを見ていた人々は拍手して、「嵐の慈悲だ!」と声を上げた。
――慈悲? いや、俺は何もしてない。ただ雨を降らせただけだ。
――助けたのはあの村人だ。まあ、人間はそういう物語が好きなんだろう。
◇
神殿ができた。石を積み、柱に鈴を吊るした。
鈴は、風のためにある。よく分かっている。
――テスト、いくぞ。チリンチリンの最適角度は……
音は澄んで、子どもが笑い、大人が金を数える手を止めた。
前髪バリバリの神官が、額を隠して説教しているのが気になる。
――正面から、ちょっとだけ。
すぱっと割れた前髪の隙間から、立派な額が世界デビュー。
神官は一瞬固まって、すぐに笑い、もっと強く声を出した。
――ハートが強い。髪は……まあ、風のせいだ。
◇
欲深い貴族は、高い場所が好きだ。
塔、旗竿、鐘――風を呼ぶには最適のアクセサリーだ。
山上に布陣し、円を描き、香を焚き、鐘を鳴らし、俺を従える儀式を始めた。
麓の村人が、不安そうにこちらを見る。
言葉は届かないが、表情でだいたい分かる。
――じゃ、軽くいっとくか。
ひと呼吸だけ吸い込む。
塔が低い音を出し、旗が肌を切る。
俺は、ほんの少しだけ吐いた。
空気が裏返り、塔は根元から折れた。
鐘が転がり、円は土煙で消える。
主役の貴族は、宙を泳いでから山肌を長く転がり落ちた。
「天罰の嵐だ!」
麓で誰かが叫ぶ。
――罰? 勝手だな、呼ばれたから来てやったのに。
◇
倒木の根から、水が湧いた。
雨が地面を緩め、地下の道を開いただけだ。
村人は「泉が生まれた」と拍手をする。
――生まれたわけじゃない。顔を出しただけだ。まあ、めでたいならそれでいい。
風が集まって、小さな渦を作る。土を巻き上げ、空へと伸びた。
子どもは面白がって追いかけ、大人は魔のしるしと恐れる。
俺には、ただの気まぐれな一吹きにすぎない。
猫は屋根の上で風見鶏をにらみ、くるりと背中を丸めて寝た。
平和な午後。俺は、山と山のあいだを撫でて通り抜ける。
◇
山の向こうが騒がしい。
黒い旗、鉄の匂い、油、血。
さらに、魔。火山の煙に似た匂いが、遠くで渦を巻く。
列の上に、長い影が滑った。竜だ。
――よし、仕事の時間。
高く上がって、ぐるりと一回転。
上の冷たさと、下の温かさが絡んで、渦が目を開ける。
強風で旗はバラけ、槍はもう役に立たない。
豪雨で地面が泥になり、馬は足を取られてもがいた。
――竜、いい翼だな。その下、借りるぞ。
翼の下だけ、風を抜く。
竜はひと鳴きして、雲の上ででんぐり返り、山影に消えた。
生死は見ない。風は、細かい生死に向かない。
山影に消えた竜の向こうから、さらに濃い闇がせり上がった。
黒い兜、紅い目、背後にぞろぞろと従える異形の兵。
人間どもが「魔王」と呼ぶ存在だ。
――ああ、ついでだ。
ひと息、渦を巻く。
軍もろとも、影は霧に散った。
「奇跡の嵐だ!」
――奇跡? 人の都合でそう見えるなら、それも面白い。
◇
日が傾く。白い太陽が先に急ぎ、赤い太陽が粘る。
そのたび、上空の流れが変わって、渦がほどけやすくなる。
海は遠い。熱が、足りない。
――うん。そろそろ、限界が近い。
雲は軽く、風はちぎれ、圧は薄くなっていく。
俺は、もう嵐ではいられない。
それでも、あとひとつだけ。
村外れの道が、雨で抉れて溝になっていた。
車輪がはまり、老人が困っている。
馬が鼻を鳴らし、空を見上げた。
――派手なのは要らない。ここは、静かに。
溝の土を撫でて均し、車輪をそっと押し上げる。
一拍遅れて、ゴトンと抜けた。
老人は手を合わせ、馬は短くいなないた。
目が合った気がした。
――気のせいだ。俺の目は、渦の中心にひとつあるだけだ。
◇
海の熱が足りない。
風はちぎれ、渦がほどけていく。
――俺はもう、嵐ではいられない。
熱帯低気圧となり、空に散った。
大地には静けさが戻り、空には七色の橋がかかった。
嵐が去った空にだけ現れる、透きとおる光の弓だ。
誰も知らない――
ただ一つの嵐が、この世界を救ったことを。
お読みいただきありがとうございました!
今朝ニュースで台風を見て「これ転生したら面白いんじゃ?」と思い立ち、一気に書き上げました。
日本の神さまって、雨を降らせれば「恵み」、川が氾濫すれば「祟り」。
同じ出来事でも、人間の解釈ひとつでありがたくも恐ろしくもなる――そんな理不尽さとユーモアを、嵐に重ねています。
人間から見れば「奇跡」や「天罰」でも、嵐本人にしてみれば「風をひと回ししただけ」。
そんなギャップを楽しんでいただけたら嬉しいです!
なお追ってアップした【万博転生】と姉妹作になっています。
それぞれ独立してはいるのですが
同じ時間軸で魔王軍がダブルで大変なことになっています。
両方読むと、ちょっと笑える裏設定も楽しめるはずなのでよければぜひ。
また、同じ世界で起きたもうひとつの出来事を描いた【夕立転生】も公開しました。
ざまぁありの悪役令嬢編です。気になる方はぜひご覧ください。