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そこに在るものぜんぶ転生神話

【台風転生】台風が異世界転生した結果、村を救い貴族を吹き飛ばし、ついでに魔王軍まで消し飛ばした話

作者: ずみ

――俺はただ、雨と風を起こしただけだ。

なのに人間どもは「恵み」だの「災い」だの勝手に騒ぎ、気づけば世界が救われていた。


『はい、こちら都内の沿岸部です! ご覧ください、この猛烈な風!

足を踏ん張っていないと吹き飛ばされそうで……あっ、看板が――! 看板が飛びました!』


ざざっ、とマイクが割れる。

カメラが揺れ、画面がぶれる。

荒れ狂う白い飛沫の中で、必死に声が続いた。


『台風十五号の勢力は依然として衰えておらず――』


その瞬間、ぷつん、と映像が途切れた。

気象レーダーに映っていた巨大な渦も、同時に姿を消す。

スタジオに切り替わり、アナウンサーの声が震えた。


『……え? ただいま入った情報です。台風十五号が、完全に消滅しました。

いったい何が――』


ノイズが風にちぎれるように走り、音も映像も、真っ白になった。







――体がほどけていく。

――風がもつれて、熱が抜ける。

――元いた場所なら、ここで終わりだ。


落ちていく感覚の先で、何かが引っ張った。

そして、すべてが裏返る。


気づけば、俺は知らない空の上にいた。


太陽が二つ。

白いのがひとつ、赤いのがひとつ。

地平は黄土色、山は硬く、湖は見慣れない形で光っている。


――俺は、嵐だ。

――どうやら、嵐のままで場所だけ変わったらしい。

――よし。やることはシンプルだ。





大地がカラッカラだ。

畑は割れ、井戸の底に石の歯がのぞく。

風に乗って、乾いた土の匂いが喉に刺さった。


――雨、欲しいんだろ? オーケー、任せろ。


雲をかき集め、重く丸め、上から一気に落とす。

最初の一滴が黒い輪を描き、その輪が面になって広がっていく。

子どもは泥を蹴って叫び、大人は空に手を合わせて頭を下げた。


――いい反応だ。俺のサービス精神も、たまには役に立つ。



……っと、やりすぎた。

川があふれ、土手が崩れ、屋根が数軒まとめて流れた。

「恵みだ!」の歓声と、「災いだ!」の嘆きが、同じ雨音に混ざる。


――すきにしな。俺からすれば、どっちも「雨」だ。





洗濯物は、いい的になる。

白いシャツが旗みたいに空を走り、子どもが追いかけて笑う。

ついでに、村の長の黒々とした毛……いや、帽子だ。たぶん。


――俺のブロータイム、始まるぜ。


軽くフゥ、と吹いたら、長の頭から黒がポーン。

見事な弧を描いて、一回転。

周囲が凍りついたあと、「神の試練だ……」と誰かがつぶやいた。


――違う。遊んだだけだ。だが似合ってるぞ、新スタイル。


飛びすぎた帽子は、気まぐれで元の頭に戻しておいた。

たまたま風向きがそうなっただけだ。





雲の腹が鳴る。

空に白い線が走る。

俺の十八番、ピンポイント雷ショット。


――はい、そこ。屋根のど真ん中。


バシィィン。

金の装飾が火花を散らし、貴族の馬車だけが見事に粉砕。

馬は無事で、鼻を鳴らして走り去った。


「嵐は正義を見抜く!」

と、誰かが勝手に結論づける。


――違うって。たまたま当たっただけだって。





「嵐を斬る!」と叫ぶ勇者パーティーが、マントを翻して突っ込んできた。

剣を掲げ、後ろから僧侶と魔法使いが声をそろえる。

「勇者さまに勝利を!」「いまだ、正義の刃を!」

口上が長い。いい度胸だ。少しだけ、足元に風を差す。


――よし、決めポーズごといっとけ。


マントが顔に巻きつき、勇者は自分で自分をぐるぐる縛って転倒。

詠唱中だった魔法使いの杖が飛び、僧侶の聖水が頭からぶっかかった。

三人まとめて泥にダイブ。


泥のクッションはやさしい。大合唱みたいに笑い声が響く。

「嵐の洗礼だ!」

彼らはなぜか誇らしげだ。


――洗礼という名のドジパレード。まあ、楽しそうで何よりだ。






市場では、女主人が風を読んで店の帆を外す。学習が早い。

代わりに小さな風車を置いた。

薄い板が回り、粉挽きの手が楽になる。


――よし、そこだけ優しく通る。


風車は気持ちよくくるくる回り、女主人は笑って言った。

「嵐の加護だね」


――いいネーミングだ。採用。ロイヤリティは要らない。


パン屋は窯の前で汗だく。

焼き上がりの山を見て、うちわで必死に扇ぐ。

俺が少しだけ通路を撫でると、熱が流れてパンの表面が艶を増す。


――冷ますの、手伝うよ。焦げは敵だ。


パン屋は目を丸くして、「今、風が……いや、気のせいか」と首をかしげた。





雨でぬかるんだ道を、茶色い影がちょろちょろ動いていた。

モグラだ。土が水に浸かって、行き場をなくしたらしい。


――おいおい、出てくるタイミング間違えてるぞ。


とうとうモグラは水たまりに落ちてしまった。

村人のひとりがしゃがみ込み、ずぶ濡れの小さな体を両手でそっとすくい上げた。

軒下に移されると、モグラは鼻をひくひくさせて土の中へ潜っていく。

それを見ていた人々は拍手して、「嵐の慈悲だ!」と声を上げた。


――慈悲? いや、俺は何もしてない。ただ雨を降らせただけだ。

――助けたのはあの村人だ。まあ、人間はそういう物語が好きなんだろう。





神殿ができた。石を積み、柱に鈴を吊るした。

鈴は、風のためにある。よく分かっている。


――テスト、いくぞ。チリンチリンの最適角度は……


音は澄んで、子どもが笑い、大人が金を数える手を止めた。

前髪バリバリの神官が、額を隠して説教しているのが気になる。


――正面から、ちょっとだけ。


すぱっと割れた前髪の隙間から、立派な額が世界デビュー。

神官は一瞬固まって、すぐに笑い、もっと強く声を出した。


――ハートが強い。髪は……まあ、風のせいだ。





欲深い貴族は、高い場所が好きだ。

塔、旗竿、鐘――風を呼ぶには最適のアクセサリーだ。

山上に布陣し、円を描き、香を焚き、鐘を鳴らし、俺を従える儀式を始めた。


麓の村人が、不安そうにこちらを見る。

言葉は届かないが、表情でだいたい分かる。


――じゃ、軽くいっとくか。


ひと呼吸だけ吸い込む。

塔が低い音を出し、旗が肌を切る。

俺は、ほんの少しだけ吐いた。


空気が裏返り、塔は根元から折れた。

鐘が転がり、円は土煙で消える。

主役の貴族は、宙を泳いでから山肌を長く転がり落ちた。


「天罰の嵐だ!」

麓で誰かが叫ぶ。


――罰? 勝手だな、呼ばれたから来てやったのに。





倒木の根から、水が湧いた。

雨が地面を緩め、地下の道を開いただけだ。

村人は「泉が生まれた」と拍手をする。


――生まれたわけじゃない。顔を出しただけだ。まあ、めでたいならそれでいい。


風が集まって、小さな渦を作る。土を巻き上げ、空へと伸びた。

子どもは面白がって追いかけ、大人は魔のしるしと恐れる。

俺には、ただの気まぐれな一吹きにすぎない。


猫は屋根の上で風見鶏をにらみ、くるりと背中を丸めて寝た。

平和な午後。俺は、山と山のあいだを撫でて通り抜ける。





山の向こうが騒がしい。

黒い旗、鉄の匂い、油、血。

さらに、魔。火山の煙に似た匂いが、遠くで渦を巻く。

列の上に、長い影が滑った。竜だ。


――よし、仕事の時間。


高く上がって、ぐるりと一回転。

上の冷たさと、下の温かさが絡んで、渦が目を開ける。

強風で旗はバラけ、槍はもう役に立たない。

豪雨で地面が泥になり、馬は足を取られてもがいた。


――竜、いい翼だな。その下、借りるぞ。


翼の下だけ、風を抜く。

竜はひと鳴きして、雲の上ででんぐり返り、山影に消えた。

生死は見ない。風は、細かい生死に向かない。


山影に消えた竜の向こうから、さらに濃い闇がせり上がった。

黒い兜、紅い目、背後にぞろぞろと従える異形の兵。

人間どもが「魔王」と呼ぶ存在だ。


――ああ、ついでだ。


ひと息、渦を巻く。

軍もろとも、影は霧に散った。


「奇跡の嵐だ!」


――奇跡? 人の都合でそう見えるなら、それも面白い。





日が傾く。白い太陽が先に急ぎ、赤い太陽が粘る。

そのたび、上空の流れが変わって、渦がほどけやすくなる。

海は遠い。熱が、足りない。


――うん。そろそろ、限界が近い。


雲は軽く、風はちぎれ、圧は薄くなっていく。

俺は、もう嵐ではいられない。


それでも、あとひとつだけ。


村外れの道が、雨で抉れて溝になっていた。

車輪がはまり、老人が困っている。

馬が鼻を鳴らし、空を見上げた。


――派手なのは要らない。ここは、静かに。


溝の土を撫でて均し、車輪をそっと押し上げる。

一拍遅れて、ゴトンと抜けた。

老人は手を合わせ、馬は短くいなないた。

目が合った気がした。


――気のせいだ。俺の目は、渦の中心にひとつあるだけだ。





海の熱が足りない。

風はちぎれ、渦がほどけていく。


――俺はもう、嵐ではいられない。


熱帯低気圧となり、空に散った。






大地には静けさが戻り、空には七色の橋がかかった。

嵐が去った空にだけ現れる、透きとおる光の弓だ。


    誰も知らない――


         ただ一つの嵐が、この世界を救ったことを。


お読みいただきありがとうございました!

今朝ニュースで台風を見て「これ転生したら面白いんじゃ?」と思い立ち、一気に書き上げました。


日本の神さまって、雨を降らせれば「恵み」、川が氾濫すれば「祟り」。

同じ出来事でも、人間の解釈ひとつでありがたくも恐ろしくもなる――そんな理不尽さとユーモアを、嵐に重ねています。


人間から見れば「奇跡」や「天罰」でも、嵐本人にしてみれば「風をひと回ししただけ」。

そんなギャップを楽しんでいただけたら嬉しいです!


なお追ってアップした【万博転生】と姉妹作になっています。

それぞれ独立してはいるのですが

同じ時間軸で魔王軍がダブルで大変なことになっています。

両方読むと、ちょっと笑える裏設定も楽しめるはずなのでよければぜひ。


また、同じ世界で起きたもうひとつの出来事を描いた【夕立転生】も公開しました。

ざまぁありの悪役令嬢編です。気になる方はぜひご覧ください。

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― 新着の感想 ―
何だか詩的でグッと来ました…!
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