第99章 古の学院長と聚魔珠の遺産
目をこすりながら、フィルードはさらに読み進めた。
「もし魔力がまだ回復していないのなら、お前も中のものを大切に保管し、できる限り伝承していくのだ。ここには、お前が想像するような宝物はなく、書籍と種子だけで、せいぜい魔石が少し残っている程度だろう。最も価値のあるものといえば、あの聚魔珠だ。これは我々の時代でも貴重なものだった――」
「……聚魔珠、か」
思わず口の端が上がる。
魔法文明の時代でも“貴重”とされた遺物。そんなものが、この朽ちた地下庫に眠っていたとは。
「名前の通り、その役割は魔力を集めることだが、時々魔石を加えて、魔紋を自動修復させる必要がある。さて、話はここまでだ。これらの書籍は特殊な魔獣皮で作られているため、わずかな魔力があれば損傷しない。お前がさらに遠くへ進むことを願っている!」
ページを閉じた瞬間、フィルードは深く息を吐いた。
(……本物だな。この学院長、ただの学者じゃない。後世にこれほどの記録を残せるとは、見上げたものだ)
守銭奴の自覚がある彼でさえ、思わず胸が熱くなる。
「ったく、こういう連中がいるから時代は続くんだよな」
わざとらしく二滴、涙を絞り出す。演技も板についたものだ。
その後、フィルードはゆっくりと聚魔珠――あの紫色の水晶球へ歩み寄った。
光を放つそれは、まるで生き物のように微かに脈打っていた。
「……浮いてる、だと?」
驚愕よりも興奮が勝つ。
球の下にある巨大な石台は空洞化しており、中はすべて魔石で満たされていた――いや、“満たされていた”というべきか。今はすっかり力を失っている。
(千年以上、稼働し続けた痕跡……これを維持する魔力がどれほどだったか、想像もつかない)
彼が昔読んだ魔法使いの回想録を思い出す。
天地の魔力は一万年以上前に消散し、数千年前に衰退を止め、現在の薄い状態を維持している――
つまり、ここはとっくに寿命を迎えている。
「設計上の使用年限超過千年……まるで骨董品の自動人形みたいだな」
だがその残滓すら、今の時代では計り知れぬ価値を持つ。
フィルードは口角を上げ、眼前の書籍群を見渡した。
「ふふっ、いいじゃないか。これだけあれば、いくらでも商売できる」
彼にとって知識とは金だ。
他人には無用の書でも、異世界のよそ者である自分には宝そのもの。
石柱のそばに聚魔珠の使用説明書を見つけた。
それを読み、彼は唇を歪める。
「なるほど……超凡者なら誰でも使える、か。俺に使うなという方が無理な話だ」
魔力の送信を始めた。
何度も限界まで魔力を注ぎ、座して瞑想、回復、再び注入。
これを五、六回繰り返して、ようやく珠は完全に彼の支配下に入った。
「……ふう。まるで新しい腕を得た気分だ」
意識を集中すると、珠の内部構造までもが見えてくる。
(だが、取り込むことはできないか。まあ、今はそれでいい)
状態を確認してみると、結果は芳しくなかった。
魔紋の三分の一が詰まり、修復には少なくとも魔石二百個――金貨四万枚分が必要。
「四万か……最近の俺の資産は八千。詐欺と盗みと強奪の成果にしては、悪くないが……やれやれ」
肩をすくめつつも、内心は冷静だった。
(完全修復は後でいい。今は崩壊を防げば十分だ)
毎月魔晶を一つ補充すれば維持できる。
幸い、聚魔珠は未だ強力な魔力を放ち続けていた。
これを下手に動かせば、魔力は霧散し、二度とこの密度には戻らない。
(なら、ここを“魔力の井戸”として利用するのが最適だな)
そして、盆地から樹木が消えた理由にも気づく。
「……全部、この珠が吸ったのか」
樹木の木魔力まで啜り尽くす飢えた珠。黒い土壌はその死骸の残滓。
フィルードは念で魔紋を調整し、亀裂を塞ぎ、外部への魔力漏れを防ぐ。
その後、深く息を吐きながら地上へ這い出た。
外ではマイクとブルースが待っていた。
「どうでした、フィルード様?」
「……宝庫だった。だが大半は塵。残ったのは書籍と……一つだけ、とびきりの代物だ」
光の幕を指しながら笑う。
「これがその“代物”だ。拘束能力も魔力密度も桁違いだぞ」
マイクが報告する。「黒牛の仔牛を二十三頭、確保しました!」
「上出来だ。あれらは連れ帰って飼い慣らす。あの肉質と力なら軍馬代わりにもなる。谷の入り口にある死体や薬材は放っておけ。この場所は魔力が濃い、しばらく俺の修行場にする」
指示は矢継ぎ早だった。
軍の指揮はマイク、領地の管理はケビンへ。弩床と百人の奴隷兵は残す。
さらに金貨百枚を渡し、命じる。
「デビー城で弓矢を追加購入。秋の収穫が終わっているはずだから、食糧を大量に買い付けろ。情勢は読めない。金より食糧だ」
「……了解しました!」
マイクが頭を下げる。
「それと、ここのことは誰にも漏らすな。知られれば、俺たちの傭兵団は一瞬で潰される」
その声には、いつもの軽さが消えていた。
「領地の者があなたを尋ねたら?」
「城に用事があると言え。それで十分だ」
二人が去るのを見送り、フィルードは再び暗い洞窟の奥へと戻った。
(さて……ここからが本番だ。魔法文明の遺産、聚魔珠。これを使いこなせれば――俺の“王国”は、もっと面白くなる)
そして彼は笑った。
その笑みには、確かな自信と底知れぬ野望が宿っていた。




