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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第三巻 商人から支配者へ① ――守るための取引と暴力

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第96章 傲慢の代償─燃え尽きる貴族の矜持

チェリルは兵士たちを率いて馬小屋へと突入した。

火の手が夜空を赤く染め、馬たちは恐怖に嘶いていた。

彼女が短く号令をかけると、兵士たちは次々と手綱を切り始める。

――いいぞ、暴れろ。お前たちの蹄音が、奴らの悪夢を呼ぶんだ。

自由を得た馬たちは一斉に駆け出した。

わずか百頭足らずの戦馬が、まるで嵐のように陣をかき乱しながら夜闇へ消えていった。

ここまでで任務の半分以上が完了だ。

チェリルは燃え盛る炎を背に、振り向きもせず次の戦場へ向かった。

農奴兵たちはテントの中で震え上がり、まるで巣に隠れる小鳥のようだ。

動こうとするのは、わずかな正規兵のみ。

その怯え切った様子に、チェリルは冷ややかな笑みを浮かべた。

「分隊単位で動け。三人一組、一つのテントを担当。突入して一通り斬りつけたらすぐ撤退だ。――長居は命取りだ、忘れるな。」

言うやいなや、彼女は最初のテントへと飛び込んだ。

闇に閃く大剣。

血の飛沫が灯火に照らされ、赤い花のように散った。

続く兵士たちもそれに倣い、次々とテントへ突入していく。

そして、峡谷には豚を屠るような悲鳴がこだました。

農奴たちはまるで生まれたばかりの子犬のように震え、わずかに刃が触れただけで天地を揺るがすような悲鳴を上げた。

やがて、兵士たちは命令通りすばやく撤退していく。

だが、混乱は止まらなかった。

農奴兵たちはパニックに陥り、陣営を四方八方に逃げ惑う。

その勢いは、まるでダムが決壊したようだ。

彼らの暴走は、皮肉にも味方の正規軍を蹴散らし、混乱の波はさらに拡大していった。

激昂した正規兵が剣を抜いた瞬間――混乱は最高潮に達した。

「敵だ!」「違う、味方だ――ぎゃああっ!」

地獄絵図。

夜光の中、混乱は爆発的に広がっていく。

遠くからその光景を見ていたフィルードは、腕を組みながら呟いた。

「……やはり、狙い通りだな。」

炎に照らされた彼の横顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。

敵の陣営は完全に崩壊していた。

「よし、兵を休ませろ。夜明けには次の一手を打つ。」

冷静な声で指示を出すと、彼は城壁の上に篝火を灯させ、奇襲部隊の帰還を導いた。

やがて、闇を切り裂くように奇襲兵が戻ってきた。

出撃103名。帰還91名。

残る12名は――おそらく、もう戻らない。

「よくやった。あとは俺たちの番だ。」

夜はまだ明けきらぬ。

だが敵陣では、まるで永遠に夜が続くかのような混乱が続いていた。

夜明けとともに、ヴァール子爵は焼け焦げた陣営を呆然と見つめていた。

彼の目の前には、瓦礫と灰。

焼けた食糧の山、逃げ散った馬、そして地に転がる無数の死体。

「……なぜだ。なぜ私が、こんな……。」

もはや嘆く気力すら残っていなかった。

農奴兵の三分の二は逃亡、正規兵の半数も行方不明。

軍用物資は散乱し、まるで災厄が通り過ぎた後のようだった。

彼は空を仰ぎ、しわがれた声で呟いた。

「……兵をまとめ、領地へ撤退せよ。」

その言葉が終わるより早く、木柵の門が爆ぜるように開かれた。

「出撃だッ!」

フィルードの声が響く。

先頭には二十名の騎兵――ジャッカルマンの戦士たちが飛び出し、その背後から五百の歩兵が規律正しく進軍してくる。

ヴァール子爵はその光景を見て、顔を引きつらせた。

「……ば、化け物め。」

敵兵たちは一晩中の混乱と疲労で、まるで亡霊のようだった。

それでも子爵の怒号に支えられ、何とか陣を組み直す。

しかし――その気迫の差は、誰の目にも明らかだった。

100メートルの距離で、弓兵同士の矢が交錯する。

矢羽根が風を裂き、幾つもの命を奪っていく。

だが、フィルードは微動だにしなかった。

「矢など怖れるな。盾を上げろ、進め。」

彼の声には、不思議な力があった。

その一言で兵士たちの士気が一気に高まる。

――俺たちは勝てる。いや、勝つしかない。

距離が十数メートルに迫る。

敵は槍や斧を投げつけてきたが、鉄盾がそれを弾き返した。

「止まれ!陣形を整えろ!」

フィルードの命令が飛ぶ。

刀盾兵が前列を固め、槍兵が肩越しに長槍を突き出す。

その背後から投槍が次々と飛び、敵の隊列に突き刺さる。

ヴァール子爵は焦燥の色を隠せなかった。

「鉄甲兵、突撃だ!あいつらを押し潰せ!」

だが、その命令に応じた兵士たちは、すでに疲弊し切っていた。

重い鎧に動きは鈍り、槍を構える手が震えている。

激突の瞬間、勝敗は決した。

わずか数分で敵の陣形は崩壊し、子爵軍の士気は地に落ちた。

フィルードは前線を見つめながら静かに息を吐いた。

「……終わりだ、ヴァール。」

マイク率いる騎兵隊が敵陣の背後を駆け抜け、投槍を雨のように浴びせる。

もはや抵抗の意思を持つ者はいなかった。

残ったのは、ヴァール子爵と三名の親衛。

全員が超凡者――貴族の誇りを捨てきれぬ者たちだ。

フィルードは前に出た。

「ヴァール子爵、もう終わりです。降伏なさい。あなたに貴族らしい最期を与えましょう。」

しかし、ヴァールは狂気の笑みを浮かべていた。

「降伏?この俺が?笑わせるな!殺したければやってみろ!

 我ら三人は貴族だぞ。殺せるものなら、殺してみろ!」

フィルードは眉をひそめた。

確かに、ここで無理に突撃すれば被害は避けられない。

一拍置いて、彼は低く言葉を放った。

「あなたと私は、もともと争う理由などなかった。

 ただ、あなたの部下――いや、息子かもしれぬが――彼の愚かな貪欲さが、この戦を呼んだのだ。」

ヴァールの目がわずかに揺れた。

「もし、あなたが身代金を払っていれば……こんな結末にはならなかった。

 だが、あなたの傲慢さが、それをすべて閉ざした。」

フィルードは馬上で槍を掲げ、冷たく続けた。

「あなたは、あなたが軽蔑した“泥足の田舎者”に敗れた。

 だが安心しろ――俺は貴族の矜持を理解している。

 あなたを辱めるつもりはない。ただし――代償は払ってもらう。」

彼は手を掲げ、部下に合図した。

「あなたの部下――あの赤ひげの男の指、切り落とされたままだろう?

 今すぐ王都に送り、治療を受けさせろ。七日を過ぎれば、もう繋がらん。

 その程度の情けを、俺はまだ持っている。」

沈黙。

ヴァールは唇を震わせ、ついに膝を折った。

――傲慢の代償は、あまりにも高くついた。


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