第94章 貴族よ、膝をつけ
フィルードは城壁の上で、血と汗の匂いを吸い込みながら息を整えた。
「まだ終わりじゃない……俺がここに立っている限り、この砦は落ちん。」
そう呟くと同時に、残っている体力をかき集め、弓を構えた。矢が放たれるたびに、敵の弓兵が一人、また一人と崩れ落ちていく。
敵の超凡者弓兵も彼を狙って二本の矢を放ったが、フィルードは紙一重でそれをかわした。
「はっ、狙いは悪くない……だが、俺に勝つには百年早い。」
ちょうどその時、後方から百人以上の豚頭族が連れてこられた。フィルードは冷たい眼差しで彼らを見据えた。
中には忠誠心を宿した者もいれば、敵意を隠し持つ者もいる──それが彼の目には一瞬で分かった。
(この混乱の中で試すには、ちょうどいい機会だな。真に味方する者と、裏切り者……見極めてやる。)
彼は後方の長槍兵の隊長に小声で命じた。「豚頭族が不審な動きを見せたら、報告はいらん。即座に射殺しろ。」
豚頭族たちは鉄飾り付きの革鎧を着せられ、奴隷の代わりに城壁へ上り、丸太を運び始めた。
敵兵が登ろうとするたびに、その丸太を容赦なく叩きつける。戦場は再び阿鼻叫喚に包まれた。
最初はうまくいっていた。だが、四人の豚頭族が突然裏切り、丸太を味方の鉄甲兵に叩きつけようとした。
鉄甲兵は即座に後退し、背後にいた長槍兵たちが怒声と共に突撃。反逆者たちは息を吐く間もなく地に沈んだ。
瞬く間に、約四十人の豚頭族が倒れた。残りは怯え、混乱し、悲鳴を上げるばかり。
「豚頭族の兄弟たち!落ち着け!」通訳が叫んだ。「今死んだのは人間を裏切った者たちだ!
だが、勇敢に戦った者には褒賞がある!敵を一人倒せば、家族の食料を増やす!勇気を見せろ!」
その言葉で、豚頭族たちは次第に冷静さを取り戻した。
(いいぞ……裏切り者を炙り出し、忠臣を育てる。これで、彼らの心は完全に掌握できる。)
一方で、攻城側の敵兵にとっては、城内の混乱はまさに好機だった。
先頭を走る兵士が、雲梯を駆け上がり、城壁へと飛び乗る。両手剣を振り上げ、周囲をなぎ払おうとしたが──。
「遅い。」
フィルード配下の古参傭兵たちは、長年の修羅場で培った反応速度を見せつけた。
一人が横から斬りつけ、もう一人が蹴り飛ばし、わずか数秒で敵兵は全員城下へ叩き落とされた。
続いて第二波。
「刀盾兵、後退!長槍兵、前へ!豚頭族は丸太を運べ!」
フィルードの声が戦場全体を貫いた。
重厚な鎧をまとった刀盾兵が下がり、代わって長槍兵が前へと突き出した。
槍先が閃光のように走り、登ってきた敵兵たちは次々と串刺しにされた。
木製の砦が軋む。
「踏みとどまれ!敵を突き落とせ!」
丸太を担いだ豚頭族が再び駆け上がり、雲梯に横から叩きつけた。轟音と共に、雲梯の上の兵士たちは次々と転げ落ちていった。
(この砦の構造は俺が設計した。丸太と粘土の複合構造……ただの木の壁ではない。
正面から突破できると思うなら、やってみろ!)
敵の弓兵は後退し、超凡者の弓兵も魔力を使い果たしていた。戦場に静寂が戻る。
昼まで続いた激戦の末、敵はついに攻撃を中止。
結果、敵は二百人以上の戦闘不能者を出し、七八十の死体が谷底に転がった。
こちらの死者はわずか十一名。ほとんどが奴隷か豚頭族だった。
(被害率20分の1か……悪くない。いや、完勝だ。)
フィルードは短く息を吐き、配下に命じた。「全員、食事をとれ。干し肉を配れ。午後に備える。」
その頃、敵の陣営では悲鳴と呻き声が響いていた。
子爵ヴァール・フレッチャーの顔は怒りで歪み、今にも爆発しそうだった。
「くそっ!この俺が、あんな汚れた男爵にここまでコケにされるとは……!」
家臣の一人が進み出て言った。「子爵様、我々の兵力では突破は困難です。八割を動員しており、領地の守備は手薄です。ここで獣人に襲われれば……」
「……ふん、そうか。」
怒りを抑えたヴァールは低く唸った。「やむを得ん。あの男に伝えろ。二千金貨を払う代わりに息子を返せば、今回は見逃すと。」
一方、砦では──。
フィルードはアヒルの卵の殻を剥きながら、冷ややかに笑った。
(金で済むと思ってるのか……舐められたものだな。)
その時、白旗を掲げた伝令が砦の下に現れ、条件を伝えた。
聞き終えたフィルードは怒り笑いを浮かべ、殻をむいた卵を地面に投げつけた。
「ケビン、行ってあの“息子”の指を一本切ってこい。あの傲慢な子爵に“お返し”だ。」
ケビンは凍りついた。「だ、団長……それは……あの子は貴族ですよ? 訴えられたら……」
「訴える?」フィルードは鼻で笑った。「訴えるなら訴えろ。
だがその前に──なぜ“貴族の息子”が強盗をしていたのか、説明してもらおうか。」
そして吐き捨てるように続けた。
「この世界はもう変わったんだ。地位じゃなく、力が支配する。俺たちがその証だ。」
彼は再び泥まみれの卵を拾い、水で洗ってそのまま口に放り込み、殻ごと噛み砕いた。
その音が、静まり返った砦に重く響いた。
後方の牢屋からは、貴族の息子の絶叫がこだました。
「やめろっ!私は貴族だ!そんなことをすれば、お前たちは──!」
フィルードはその叫びを鼻で笑いながら、心の中で呟いた。
(貴族だと?この砦を血で守る者こそ、真の支配者だ。)




