第91章 「有言実行」の代償を思い知れ
フィルードは冷ややかに息を吐いた。
「俺の忍耐が完全に尽きる前に――消えろ。さもないと、二度と立ち去ることはできなくなるぞ。……信じるか?」
その声には、凍りつくような静けさと殺気が混じっていた。
赤ひげの山賊は鼻で笑い、あざけるように言った。
「ハッ、正面からやり合っても勝てねぇのは認めてやるよ。でもな、俺たちが逃げたいと思えば、お前らの貧弱な騎兵じゃ追いつけねぇだろ? 大人しく金を出せ。そうすりゃ、商隊を疲弊させずに済むんだぜ?」
(ふむ、交渉のつもりか? この俺に?)
フィルードの口元がゆるく歪んだ。
次の瞬間、彼の手には特製の魔力弓が握られていた。
「ヒュッ」
矢は稲妻のように空を裂き、150メートル離れた山賊の馬の首筋を正確に射抜いた。
「ブスッ」
悲鳴を上げた軍馬は、その場で高く跳ね上がり、赤ひげを地面に叩きつけた。
フィルードは淡々と手を振る。
「前進。見習い傭兵は十夫長の指示に従え。」
その号令に応じ、兵たちはまるで機械の歯車のように整然と動き出す。
鉄鎧をまとった百余の兵士が前に出るたび、大地がわずかに震えた。
(見ろ、この士気。この統率。これを“傭兵”と呼ぶのは、もはや侮辱だな)
赤ひげは馬から転げ落ちながらも、すぐに別の馬に飛び乗った。
だが――またしてもフィルードの弓がうなりを上げた。
「ヒュッ!」
二射目の矢が馬の首を貫き、馬は再び倒れる。
距離はすでに百メートルを切っていた。
(逃げ道を塞ぐのに十分な距離だ。さて、どう料理してやるか)
フィルードは声を張り上げた。
「弓兵は両手武器に持ち替え! 刀盾兵とともに突撃、首領を生け捕りにしろ!」
ライドンが「了解ッ!」と吠え、全身の鉄鎧を鳴らしながら最前列へと躍り出た。
その巨体と斧の振り抜きが空気を裂くたび、後方の傭兵たちは歓声を上げる。
「団長様が見てるぞ! 一歩も引くな!」
戦場の空気が熱を帯びる。
赤ひげの首領は焦りに満ち、歯ぎしりをした。
「くそっ……なんでこんな怪物どもが……!」
三頭目の馬に跨ろうとした瞬間、またしても矢が飛ぶ。
「ブスッ!」
馬が崩れ、彼は叫び声を上げながら転げ落ちた。
「卑怯な真似をしやがってぇぇ!!」
怒声とともに剣を構えたが、そこへライドンの巨大な斧がうなりを上げる。
「死ねぇぇえええッ!」
金属の衝突音が轟いた。
赤ひげの剣は受け止めたものの、圧力に耐えきれず半歩、二歩と押し下げられていく。
(悪くない力だ……だが、“本物”の兵士と戦ったことがないな)
赤ひげは魔力を込めた一撃を振り下ろした。
しかしライドンの全身鎧はドワーフ製――刃は弾かれ、浅く傷が刻まれただけ。
「……終わりだ」
ライドンの一撃が鎧の胸を潰す。
赤ひげは数歩後退し、息を呑む。
そこへフィルードの号令が飛ぶ。
「包囲しろ! 一人たりとも逃がすな!」
包囲網が完成する中、赤ひげは最後の気力で叫んだ。
「全騎兵、撤退しろ! 俺のことはいい、執事に伝えろ……俺は何も言わねぇと!」
(あぁ……まだ部下思いか。だが、だからこそ救えん)
ライドンが前に出て、渾身の一撃を叩きつける。
「ドゴッ!」
赤ひげの身体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「……動くな。その首、刈り取るぞ」
ライドンの斧が首筋に触れた瞬間、彼の全身が震えた。
すでに逃げた騎兵はわずか七、八人。
戦場の勝敗は決していた。
フィルードはゆっくりと歩み寄り、笑みを浮かべた。
「な? 俺は言っただろう。“今のうちに立ち去れ”と。
もう遅いんだよ。今さら何を言っても無駄だ。」
「……卑怯者め。男なら正面から……」
その言葉を聞いて、フィルードは軽く笑った。
「お前の言う“男らしさ”なんて、俺の前じゃ通用しない。
俺は結果で語る男だ。――“有言実行”とは、そういうことだ。」
そう言って、彼は淡々と拷問の準備を始めた。
竹串を一本ずつ、山賊の爪の間へ。
馬車の揺れが手元を狂わせ、狙いが定まらない。だが、構わない。
「ぐぁあああああっ!! 話す!話すからやめてくれぇ!」
フィルードは小さく息を吐き、つまらなそうに言った。
「期待外れだな。せめて片手分くらいは我慢してみせろよ。
“強者”を名乗るなら、それくらいの根性を見せろ。」
赤ひげは泣き叫び、泥のように崩れ落ちた。
フィルードは鼻で笑い、馬車の外へと視線を向けた。
(脆い。これが北境の“脅威”か……? 笑わせるな)
そして彼は、次の獲物を狙うように低く呟いた。
「さて――次はどんな“試練”が待っている?」




