第80章 地下オークション――「俺が相場をぶち壊す瞬間かもしれん」
フィルードは辞退せず、それを受け取った。
「兄貴、安心してください。峡谷の領地が俺の最後の逃げ道ですから!」そう言って、フィルードは中から50枚の金貨を数え、ブライアンに差し戻した。
(……これで多少は礼を尽くしたってことだ。金は金、ただし恩は忘れない。俺、逃げ場だけは作っておくタイプだからな——気を使うところは使う男だ、俺は。)
「兄貴、これは俺からの気持ちです。兄貴がいなければ、こんな高値で売ることはできませんでした。それに、兄貴も大きなリスクを冒しました。今後、もし危険な目に遭ったら、俺の名前をそのまま出してください。」
ブライアンはすぐに辞退し、規則に従って9枚の金貨だけを受け取ると主張したが、フィルードは「今回は幸先の良いスタートだ」ということで押し通した。ブライアンはしぶしぶ金貨を受け取り、二人は顔を見合わせてにやりと笑った。
「兄貴、間もなく秋の収穫なので、大量に食糧を買い付けたいのですが、何か良いアドバイスはありますか?」
ブライアンは即座に答えた。「弟よ、俺はダービー城で大人しく食糧を買うことを勧める。下の町で買い付けに行くのは絶対にやめろ。各地域には担当の貴族がいる。お前が彼らの利権に触れれば、命がけで抵抗されるだろう。収穫後に街の穀物価格は少し下がる。そこで大規模に買えば損はしない。」
フィルードは頷き、雑談の後別れた。オークションまであと5日。ちょうど食糧を一度運べる日程だ。彼は70枚以上の金貨を費やし、黒麦30荷車分と馬の飼料4荷車分を購入して帰路に就いた。
領地で荷を降ろしてすぐ、再び出発。ダービー城に戻ると、オークションはほぼ始まるところだった。覆面をした人々が続々と集まる中、フィルードは黒い服を買って全身を覆った。地味に目立たず、それでいて雰囲気はある。闘いだって商売だ。見せ方は重要だ。
あの雑貨店に入り、木の札を渡すと、老人が案内して裏庭の地下室へ。フィルードは少し緊張しながら大扉を押し開ける。目に飛び込んだのは想像より遥かに深く広い地下空間だった。人数は200人にも満たないが、濃密な気配が漂う。
彼はいい席を確保して座り、周りを観察する。地下空間には四方八方から人が入り、雑貨店以外にも出入口があることを察した。こういう場は情報が命だ。集中して見る。感覚を研ぎ澄ます——俺は今、場を読む。俺は今、勝ちに行く。
1時間ほどして、来るべき面々が揃った。高壇に上がったのは妖艶な体つきの婦人。露出度高めのドレスに、抜群の見せ方。ここが商売の場だと、外見で人の財布を揺さぶる。学ぶところは学ぶ。
「皆様、こんにちは! 前回と同様、今回の出品物も全部で100品ございます。最初の90品は通常の貴重品、最後の10品は超常的な物品です。さて、前置きはこれくらいにして、始めましょう。」
トレイが運ばれてくる。フィルードは目を見開いた。そこに置かれていたのは——彼の作った、あの劣悪な石鹸だった。思わず笑みがこぼれそうになる。いや、これは笑って済ませる話ではない。鼻の奥が熱くなるほどの感情が湧く。作り手としての照れ、そして商売人としての野心。
婦人は艶然と説明した。
「これは『聖潔の油』。ある魔法使いの見習いが魔法で油を精製した……という噂の品。非常に強力な汚れ除去力があり、肌が白くなると評判です。5個を1セット、20金貨から開始。全部で20セットのみ、どうぞお見逃しなく。」
(20セットか。量を絞って希少価値を作ってるな。ブライアンのやり方通りだ。俺の石鹸が、ここでどれだけ化けるか——楽しみだ。)
「25金貨!」
「50番の席の御方が25金貨でございます。さらに高い値をつける御方は?」
あっという間に値が上がる。女性の声が30金貨。会場の空気が熱を帯びる。最初のセットは最終的に50金貨で落札された。フィルードの胸に小さな震えが走る。原価は10銅芬妮(つまり銅貨)にも満たない品——だが、それを知るのは作り手だけ。市場は踊る。
20セットは瞬く間に売れていき、最も安価でも30金貨を下回らない。フィルードは退屈で眠くなってきたものの(いや、むしろ心の中は高揚してる)、競売は次へ。
次に鉄の檻が運ばれ、その中には妙齢の少女が閉じ込められていた。貴族の娘だという説明に、場の空気は一変する。ここは人の欲望が渦巻く場所だ。フィルードの胸に一瞬、救い出したい気持ちが芽生えるが、それは商売の場での甘さだとすぐに打ち消す。
「開始価格50金貨、最高額の方にお渡しします!」
場内の男たちが競り合う。その声が、フィルードの中で不思議な感情を引き起こす。怒りではない、挑発だ。血が騒ぐ。男として、傭兵として、領主としてのプライドが微かに反応する。
太った中年の男が80金貨を主張し、別の男が81金貨と上乗せする。周囲は嘲笑と掛け声で沸く。場は熱を帯び、フィルードの内側で何かが囁いた。
(――面白い。金で人を買う奴ら。見せ物だ。だが、ここで黙っているのも性分に合わん。少しだけ遊んでやるか。)
つい出来心で、フィルードは声を上げてしまった。
「120金貨!」
場内が一瞬凍りつく。自分でも驚いたが、心の奥底では確かな計算がある。120金貨は、今の俺には大きな出費ではない。いや、むしろ投資だ。名声と威圧と、もしもの保険。金は回すもので、握りしめるものではない。
中年男は顔を紅潮させて怒鳴った。「おや! 俺と競争する者がいるとは。お前の領地は麦の収穫は終わったのか? 金が払えなくなったらどうするつもりだ!」
フィルードは涼しい顔で返した。
「おや、だと? この華強と勝負して、お前にその実力があるのか? お前はもっと醜い女中をたくさん買って、昼間は働かせ、夜は交代で問題を解決することをお勧めするぜ!」
(言葉一つで相手のプライドをへし折る。それが俺の武器にもなることを、まだこの場の誰も知らない。)
中年男は激昂し、「おまえ、逃げずにダービー城の外で勝負しろ! お前の歯を全部引っこ抜いてやる!」と罵るが、場の別の声は止まらない。入札は膨れ上がる。
「俺は200金貨を出す!」
「俺は240を出す!」
「俺は250を出す!」
場の熱気がピークに達した。フィルードは笑いをこらえながら言った。
「よし、250まで出したんだ、確かに俺はお前には敵わない。この若旦那が美人を抱きかかえることをお祝いするよ!」
その瞬間、相手の顔が真っ赤に変わる。場内がどよめき、怒声と嘲笑が混ざり合う。フィルードは心の中で冷静に計算をする。250金貨という額は高いが、それで得る威圧と注目、そして「面白い話題」はプライスレスだ。俺は金を使って市場を動かす男だ——そう言わんばかりに。
相手は「貴様! 俺を騙したのか!」と叫び、フィルードは涼しげに肩をすくめた。
「待ってるぜ。そんときゃお前の家から身代金をさらに要求してやるからな。」
壇上の婦人は顔を紅潮させ、その場の肉体的な魅力で周囲をさらに引き寄せる。だが、フィルードの注意は商品と金と、その場の相場心理にある。人の欲望こそが市場を動かす。俺はここで何をするか、既に決めている。
(オークションは見せ方とタイミングだ。欲望に火をつけ、相手の腕をへし折る。今日は石鹸が数字を引き上げ、女が場を沸かせる。俺の出費は馬鹿げてるようで筋が通る。俺の名が売れる。それがプラスだ。)
会場は興奮の坩堝となり、出品物は次から次へと落札されていく。フィルードは深く息を吐き、静かに考える。ここは学ぶ場だ。人の心理、値段の跳ね方、どこで“限界”が来るのかを読む技術——戦にも商にも通じる。
その晩、フィルードは裏で情報を少し集め、夜風に当たりながら思った。金が人を動かす。物が世界を回す。だが、俺の力はそれだけじゃない。俺は戦いも、商いも、両方で勝ち続ける男になる——そう、胸に秘めた確信が、静かに燃えていた。
(俺はただの傭兵の団長じゃない。傭兵を作り、商売を回し、領地を守る。金が回り、名声が回り、俺の影響力は少しずつ拡大していく。そうなれば、誰だってこの峡谷を無視はできない。)
その夜、フィルードは寝床に戻りながら、静かに笑った。市場の熱、傭兵の汗、領地の夜風——全てが混ざり合って、彼の次の一手を形作っていた。
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