第78章 魔獣のニュース――その情報、俺に価値を示してみろ
この男はすでに極貧の身だった。
もはや貴族の誰がどの未亡人と関係を持っているか――そんな下世話な噂話に、フィルードの興味は一片もなかった。
「超常的な生き物に関することです!」
クリスが焦ったように叫んだ。
「私はその生き物の“正確な生息地”を知っているんです!」
――ほう。ようやく口を割る気になったか。
その言葉に、フィルードの目がわずかに細められた。
彼は兵士たちに顎をしゃくる。「手を離せ。話してみろ。情報が本物なら……命までは取らん。」
クリスは周囲の護衛たちを見回した。
その目に怯えと計算が混じるのを見て、フィルードは察し、周囲に下がるよう命じた。
静寂が訪れる。
焚き火の小さな音だけが、二人の間の空気を区切っていた。
「……この場所は非常に隠れたところにあります。私もかつて貴族の衛兵に追われ、逃げ場を失って水に落ちたとき、偶然そこを見つけたんです。
その後、何度も私を救ってくれました。長年討伐されずに生き延びたのは、この場所のおかげなんです。
だから……あなたに教えたら、見逃してください!」
――なるほど、命乞いか。だが“偶然見つけた”とは思えんな。
フィルードは頬杖をつきながら、淡々と尋ねた。
「本題に入れ。お前が言う“超常的な生き物”とは何だ? その場所とどう関係している?」
「もちろん関係があります!」
クリスは熱を帯びた声で続けた。
「その場所には“牛の群れ”がいます。普通の牛とは違う……三頭ほど、異様に大きいのです。一番大きいのは、二頭分の大きさがありました!」
――魔獣級か……いや、下手をすれば“変異種”の群れか。
フィルードの胸が高鳴った。
「その牛の群れ、攻撃性は強いのか? お前は狩りを試みたことは?」
「まさか! 彼らがヒグマを突き殺すのをこの目で見ました。普通の牛でさえ凶暴で、数は数十頭に及びます。その場所は……部下にも教えられません。
私の最後の逃げ場ですから!」
フィルードは目を閉じ、思考を巡らせた。
――野生の牛がヒグマを殺す? その異常性、ただの自然現象ではない。
魔力の濃い地脈か、あるいは“遺物”の影響かもしれん。
考えれば考えるほど、興奮が込み上げる。
彼は本来、クリスから盗賊の財宝でも吐かせようと考えていた。
だが――まさか、こんな“金より価値のある情報”を持っていようとは。
――生かしておく価値、あるな。
「……いいだろう。」
フィルードはゆっくりと口を開いた。
「お前の情報には満足している。数日後、その場所へ案内してもらう。もし本物なら――お前を領主府には渡さん。」
クリスの目に安堵と恐怖が同時に浮かぶ。
だがフィルードの視線は冷ややかだった。
――安心するのは早いぞ。利用価値が尽きれば、その喉を切るのも一瞬だ。
***
翌朝。
商隊は再び出発した。
道中、周囲は相変わらず獣人に破壊された開拓領が点在していたが、
昼にはその光景も消え、穏やかな人の生活が戻りつつあるのが分かった。
――ふむ、俺が潰した中型部族の影響が出てきたか。
やはり、力を示せば、敵は自然と退く。
峡谷領地へ近づくにつれ、人の往来が目に見えて増えていた。
穀物を挽きに来る者、木材を引き取りに来る者――彼らは皆、余った荷馬車を空で走らせるのを嫌い、
ついでに取引をしていくようだった。
さらに領地の外には、開拓領主たちのための木造小屋が建ち並び、小さな酒場まである。
――ほう。ケビン、やるじゃないか。
俺が不在の間にここまで工夫していたとは。
領地に入ると、ケビンが小走りで駆け寄ってきた。
「団長様、これは一体……!?」
フィルードは笑い、後方を振り返る。
「道中で二つの獣人の略奪部隊を潰した。これが戦利品だ。」
ケビンの目が輝き、車列に積まれた道具類を見て口を開けたまま動かない。
「これらがあれば、領地の建設がさらに加速します!」
「お前の努力があってこそだ。」
フィルードは木箱を受け取る。中には銅貨がぎっしり詰まっていた。
「これは今月の全収入で、約六金貨です。主に木板の販売で稼ぎました。
近隣の開拓領が食料と交換するために買っていきます。
最近は客が増えてきたので、酒場も開きました。ですが、人通りが少なくて……一日の利益は数銀貨ほどです。」
フィルードは彼の肩を軽く叩いた。
「十分だ。人が増えれば利益も増える。焦るな。」
――この若者には経営の才がある。いずれ任せられる。
「さて……秋の収穫期が近い。食糧価格は下がるだろう。
山頂に乾燥小屋を増設しろ。俺は大規模に買い込む。
ここは自給できぬ土地だからな、備蓄が命だ。」
ケビンは力強く頷いた。
「すぐに手配します。それと、団長様が連れ帰られた者たちは?」
「強盗どもは今夜、俺が尋問する。分けて監禁しておけ。
奴隷たちは能力別に分けろ。手先の器用な者は工房へ、不器用な者は伐採班だ。
全員、毎日数時間は兵士と共に訓練させろ。」
ケビンは深く頭を下げ、部下を率いて去っていった。
***
翌朝、フィルードは領地内のジャッカル部隊を派遣して、道中の偵察を行わせた。
モニーク城の大軍がどう動いているか、状況を確認する必要があった。
彼自身は荷を整理し、巨大な商隊を率いてダービー城へ向けて出発した。
その規模は壮観で、道中の人族の開拓領が皆、珍しそうに見物したほどだった。
――いい眺めだ。俺が築いた秩序が、こうして形になっていく。
一日進むうちに、かつて獣人が荒らした地域に入ったが、もはや襲撃隊の姿はなかった。
そしてついに、ダービー城へ到着。
フィルードは真っ先にブライアンを探し出した。
彼は満面の笑みで駆け寄り、店を従業員に任せると、そのまま酒場へ直行した。
「弟よ、今回は儲けたぞ! お前の“石鹸”、いくらで売れたと思う?」
――ふっ、ようやく本題か。
フィルードは杯を取り、軽く笑った。
「答えを聞く前に、まずは飲もうじゃないか――勝利の酒をな。」
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