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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第三巻 商人から支配者へ① ――守るための取引と暴力

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第75章 魔石と欲望の取引

「ハロルド、どういうつもりだ?」

カールトンは露骨に苛立ちを浮かべ、吐き捨てるように言った。

(チッ……こいつ、俺がせっかく“情報”を回してやった恩を忘れやがって……!)

「ここで俺に“大義”を振りかざすつもりか? 俺が知らせたのはな……フランク、この老いぼれを二人で片付けようと考えたからだ。それなのに――おまえ、また何を企んでいる?」

「老いぼれだと……!」

フランク子爵の顔は怒りで真っ赤になり、声が震える。

(カールトンめ……っ! 俺を侮辱するとは。昨日のうちに首を落としておくべきだった!)

「カールトン、この不正直者め! ……いや、それより――」

彼はぐるりと視線をハロルドに投げた。

「ハロルド、どういうつもりだ! ここは俺が最初に発見した場所だぞ!? 大量の人手も投入している! おまえ……まさか棚ぼたを狙っているのか!」

「まあまあ、落ち着いてくださいよフランクの旦那」

ハロルド子爵は余裕綽々の笑み。

(フン、こういう交渉は焦ったら負けですからね。フランクもカールトンも短気すぎる。実に扱いやすい)

「気持ちは理解できます。ですが――あなた一人でこの鉱脈を守りきれると思いますか?」

「……」

フランクの瞳が揺れる。

「たとえ私が引こうとも、伯爵様が見逃すと思いますか?」

ハロルドは肩をすくめ、大げさに両手を広げる。

「むしろ、我々三人が今ここでじっくり話し合い、補償の案をまとめるほうが健全でしょう。皆が利益を得られるんですよ」

「俺が鉄鉱を抱えていたら……狙われる一方だと、そう言いたいのか」

「その通りです」

ハロルドの笑顔は崩れない。

「採掘もできず、常に襲撃の恐怖に怯える……そんな生活、誰が望みます? それに――」

ハロルドはわざと声を潜め、低く囁く。

「この鉱脈に興味を示すのは人間だけではありませんよ。獣人の勢力も……必ず動き出す」

(さて、これで動揺するか……どうだ?)

フランクは沈黙し、唇を噛み、そして……大きく息を吐いた。

「……わかった。話し合おう。ただし、この木造砦は必ず俺の資産として計算しろ」

二人は即座に頷く。和解成立。

――その場を見ていたフィルードは、そっとイーヴェンに歩み寄り、囁く。

「坊ちゃん。和解は結構ですが……そろそろ我ら傭兵の報酬を支払っていただいてもよろしいでしょうか?」

「えっ」

イーヴェンの顔が固まる。

「フィルード団長、ご覧の通り交戦はしていませんし、損害もない。だから……その……報酬は少し下げてもいいのでは?」

「――それはできません」

フィルードはきっぱりと答えた。

(甘いな坊ちゃん。契約は契約だ。俺は命を張ってリスクを背負ってるんだ。戦闘が起きなかったのは、おまえらの都合であって、俺には関係ない)

「契約は事前に取り決めたもの。もし値切ろうとするなら……あなたの子爵領の名声に傷がつきますよ」

「……っ!」

イーヴェンは青ざめ、しばし口ごもった後、慌てて言う。

「父に相談してきます。しばらく待っていてください!」

「ええ、もちろん」

フィルードはまるで借金を取り立てる農夫のように、堂々と座り込む。

数時間後、子爵たちの協議が終わると、フランクがフィルードを呼び出した。

「イーヴェンから聞いた。おまえ、まだ最初の契約報酬を主張しているのか?」

「当然です」

フィルードは即答する。

(ここで引いたら負けだ。俺は一歩も引かん。プロの傭兵ってのは、契約で食うんだからな)

「任務は果たしました。戦闘にならなかったのはあなたの判断。契約条件とは無関係です」

「……道理はある」

フランクは苦い顔で眉を寄せた。

「だが実際には戦っていない。もしカールトンと戦えば、おまえは五十人以上を失っただろう。それを踏まえて……三百金貨が限界だ」

「三百……か」

フィルードは心中でため息をつく。

(欲を言えばもっと欲しいが……まあ悪くない。これ以上食い下がれば、逆に印象が悪くなる)

「旦那様がそう仰るなら、その通りにいたしましょう」

フランクは懐から百枚の金貨と――鳩の卵ほどの大きさの石を取り出した。

「手元に金貨は多くない。この魔石一つで二百金貨以上の価値はある。合わせれば不足はないだろう」

「魔石……!」

フィルードの目が光る。

(これが……魔石か。なんて純粋な魔力の流れだ……! こんな代物が世に存在するとは……!)

フランクは笑みを浮かべる。

「今後も協力できることを祈っているぞ」

別れを告げ、砦を出たフィルードは、手の中の魔石を凝視した。

――これが、魔石。

夜。彼は魔石を左手に握り、瞑想を開始する。

流れ込む魔力。六時間……。

「……す、すごい……! 一日で二十日分の修行に匹敵する……!」

だが次の瞬間、胸を押さえた。

魔石の三分の一を消費してしまったのだ。

「七十金貨分……!? 一晩で……? ぜ、贅沢すぎる……っ!」

(くそっ……俺の魂が強すぎるせいか……? 吸収速度が早すぎる……!)

彼は知らない。

魂の強度が人の三倍あり、常人の比にならない速度で魔力を吸収していることを。

普通の人間なら、魔石なしでは修行すら不可能なのに――。

「……だめだ。裕福にならない限り、こんな高級品は二度と買わん!」

そう誓い、彼は商隊を率いて前進を続けた。

大豆を売り払い、馬車を八台購入。総計二十四台。

さらに蛮牛の皮十八車分、アルファルファ四車分――支出は三百五十金貨。

(これだけの資源……子爵ですら動揺するだろうな。守るのも命懸けだ)

やがて、街を出た直後――哨兵たちが戻ってきた。

「団長様!」

マイクが報告する。

「周囲には獣人軍団の痕跡が! 左前方十数里で数百の獣人が開拓領を攻撃中! 他の場所でも滅ぼされた跡が……!」

「……ついに動き出したか」

フィルードの眉がぴくりと動く。

「探索範囲を二十里に拡大! 獣人軍が通過したら即報告だ!」

その後も滅んだ開拓領を次々に目にし、二日目の昼。

「団長様!」

マイクが血相を変えて駆け込んできた。

「前方十数里に獣人軍団! 数は三百! しかも人間の捕虜を引き連れて急行中!」

――フィルードの冒険は、ますます苛烈さを増していく。

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