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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第三巻 商人から支配者へ① ――守るための取引と暴力

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第71章 戦雲と涙――傭兵団を支える者の重荷

この商路を使いこなすには――少なくとも、単独で中型部族を相手取って勝てる力が必要だった。

だがその条件は、正直あまりにも漠然としている。

(未熟な傭兵をかき集めるなら千人は必要かもしれないし、鍛えられた兵ばかりなら六百でも足りるかもしれない。数の問題じゃないんだよな……)

もし男爵本人が自ら商売を動かし、直属の護衛部隊を率いていれば、数百の兵でも中型部族を圧倒できるだろう。

だが――今は獣人たちが至るところで暴れ回っている。

辺境の貴族たちは恐れていた。

大部隊を率いて領地を離れれば、その隙に獣人に本拠地を焼き討ちされかねないからだ。

(つまり……チャンスは今しかない。誰もが動けない時だからこそ、俺は動ける)

フィルードがいよいよ本格的に大きな商いを始めようと意気込んでいた、その時だった。

カールが深刻な面持ちでやって来た。

「フィルード兄弟! やっと会えました……。私はずっと城門で待っていたのです。もし来なければ、あなたの開拓領まで探しに行くつもりでした」

唐突な言葉に、フィルードは戸惑いつつも落ち着いて返す。

「カール兄弟、そんなに急いで……一体どうしたんですか?」

カールは周囲をぐるりと見回し、誰もいないのを確認してから声をひそめた。

「――モニーク城の北側に、突如として大型部族が大量に現れました」

「……っ!」

フィルードの背筋が強張る。

カールはさらに続けた。

「野猪人の大部族が三つも来ています。ご存じの通り、彼らは獣人の中でも特に危険な強戦種族。一人一人が並の戦士を凌ぎ、繁殖力が低いため通常は大規模に動かない……それが三つ同時に動いた。しかも付属する中小部族や他の獣族まで合流している。これはもう軍勢と呼ぶべき規模です」

「それは……」フィルードは唇を噛んだ。

「私は近いうちに、周囲の伯爵領から強制徴兵の法案が出されると見ています。ご存じの通り、この北部では大小の貴族たちが互いに支配関係を持たず、バラバラです。だから最終的には――自由民に目を付けるでしょう」

カールの視線が鋭くなる。

「傭兵団の大半は自由民。つまり、徴兵は避けられません。だから、あなたも備えるべきです。……もし戦が不可避となれば、あなたが王国第二軍団の序列に加わることを私は望みます」

そう言うと、カールは懐から一枚の青銅の徽章を差し出した。

「これを。もし徴兵令が来た時は、これを見せてください」

フィルードは戸惑いながら受け取った。

徽章には獅子の頭の紋章――王室の証。裏には「第二軍団第一大隊第三中隊」と刻まれている。

(……これは本物だ。王室直属部隊の印……。カール兄弟、一体どこまで繋がっているんだ?)

「……わかりました。もし徴兵を避けられなければ、すぐに連絡します」

「頼みましたぞ」

カールは力強く頷くと、急ぎ足で去っていった。


その後フィルードは黒麦を十二台の荷車分、計四十四枚の金貨を投じて購入し、すぐさま帰路についた。

(黒麦の値はさらに高騰している……軍事都市では既に一ポンド三銅フィンネ。戦の気配が濃い証拠だ)

五日後、駐屯地へ戻ったフィルードは思わず目を見張った。

峡谷の入口に、数え切れぬほどの馬車が停まっていたのだ。牛車、馬車、ロバ車……ありとあらゆる車両が谷間を埋め尽くしている。

近づくと、ケビンがその集団と話していた。傍らには大量の天秤秤まで並んでいる。

「ケビン! これは一体何だ? どうしてこんな大勢がうちの領地に……」

ケビンは得意げに、しかしどこか疲れを滲ませながら答えた。

「団長。彼らは近くの開拓領の人々です。うちの領地では水車を増設した結果、毎日大量の木板が生産されています。しかし使い切れず、売れ残る一方でして……。そこで外に出ている傭兵たちに、雇い主へ声をかけさせたんです。安く売れば銀貨になると」

「だが、その話が思わぬ形で広まりました。傭兵たちが持ち帰った噂によると、近隣の開拓領が増えすぎて、町の製粉所が生産に追いつかなくなっているそうです。多くの開拓領では、穀物をただ砕いて水に浸し、直接煮ているだけらしいのです」

フィルードは思わずうなった。

「……つまり?」

「はい。私は考えました。どうせ木板を余らせるくらいなら、水車を改造して麦粉を作らせればいい、と。そこで傭兵に頼み、雇い主へ試すように勧めたんです。正直、期待はしていませんでした。ですが結果は予想を超えて……! ほとんどの雇い主が我々の水車で製粉を求めてきた。それだけではなく、近隣の開拓者たちまで噂を聞きつけて押し寄せてきたんです!」

ケビンは肩をすくめる。

「おかげで木板も売り込めましたが……残念ながら、そちらは売上が振るいませんでした」

フィルードは驚きを隠せず、彼を見つめた。

(……俺が戦ばかりにかまけて領地経営を丸投げしていた間に、この少年はここまで工夫していたのか)

だが、その顔にはかつての無邪気さはもうない。笑顔は消え、威厳を装った硬い表情ばかりが張り付いている。小さな老人のように押しつぶされた姿……。その目には赤い充血さえ浮かんでいた。

「ケビン……よくやった。本当に予想以上だ」

フィルードは静かに彼の肩を叩く。

「だが、無理はするな。このままでは体を壊すぞ。近いうちにダービー城で、読み書きのできる奴隷を数人買って君を補佐につける。これは俺の落ち度だ。これからは一人で抱え込まず、必ず俺に相談してくれ」

その言葉を聞いた瞬間、ケビンの目から大粒の涙が溢れた。

「親方……私は何の経験もないのです。あなたに出会う前の最大の経験といえば、傭兵時代に獣に噛まれたことくらい。それなのに、こんな大勢を任されて……夜も眠れず、何度も夢にうなされて飛び起きます」

声を震わせながら吐き出す。

「夢ではいつも豚頭族が反乱を起こし、領地の人類を皆殺しにするんです。毎晩三度は奴隷キャンプを巡回せずにいられない。……それだけじゃありません。食料が減る速度は、子どもの頃に見たイナゴの群れより恐ろしい。夢の中でさえ、どうやって金を稼ぐかばかり考えています」

ケビンはさらに周囲を気にし、声を潜めた。

「……時には、傭兵に食事も給金も与えられず、彼らが反乱して私たちリーダーを殺す夢まで見るんです」

フィルードは胸が締め付けられる思いでケビンを見た。

(……これはもう限界だ。このままでは心を病んでしまう)

「ケビン、今すぐ領地管理はゾーンに引き継いでくれ。君は戦闘序列に戻れ。心身を休ませるんだ。このままでは本当に危ない」

フィルードの声は、これまでになく真剣だった。

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