第68章 獰猛!
最前列を突進してきた豚頭族が、無限の慣性のままに投槍を受け――その巨体ごと地面に倒れ込んだ。
轟音と共に広い空き地が一掃され、敵の戦線は優に十メートル以上押し戻される。
しかし、混乱はすぐに広がった。
「ブモォォォ!」
豚頭族たちは恐怖に騒ぎ立てるが、隊列の中に控えていたボア・マンが容赦なく巨大な両手斧を振り下ろす。
肉を裂く音と共に、怯んだ豚頭族は容赦なく胴体を真っ二つにされ、血飛沫と共に臓物が地面へと流れ出した。
――その惨状に、血に慣れたはずのフィルードですら胃の奥がひっくり返りそうになる。
「ぐっ……!」
視界を赤黒く染める殺戮に、新兵たちは青ざめ、手にした投槍すらまともに支えられなくなっていた。
それでも、古参兵の怒鳴り声に背中を押され、震える手で二列目の長槍兵と交代していく。
ちょうどその時、我を取り戻した豚頭族が数歩突進。
しかし――
「放てぇッ!」
正面から投げ槍の雨を浴び、再び大勢が地に伏した。
フィルードはその短い隙を見逃さず、八名のボア・マンを次々と矢で射抜いた。
……だが、投げ槍による見せ場はここで終わる。
なぜなら――距離はもう、目と鼻の先だった。
「前列は踏みとどまれ! 後列は長槍を構えろ!」
轟音と共に両軍が激突。
古参兵たちは素早く槍を突き出し、豚頭族の喉や胸を容赦なく貫いていく。
新兵たちは必死に筋肉の記憶を頼り、震える腕で槍を突き出す。
中には呆然と立ち尽くす者もいたが、伍長に怒鳴りつけられて我に返った。
その中で――二十余名のボア・マンたちが雄叫びを上げ、怯んだ豚頭族を押し分け、巨大な斧を掲げて突撃してきた。
「フィルードォォ!」
彼らの狙いは明確。
――あまりにも多くの仲間を屠った、人間の少年に復讐すること。
「くっ……!」
ボア・マンの斧が唸りを上げ、前列兵の槍を絶えず叩き砕く。
その衝撃は、後列の兵士たちすら左右に揺さぶるほどだった。
もちろん、長槍に貫かれて倒れる個体もいる。
だが――それは主に古参兵の槍だけ。
この獰猛な巨躯は、胸を貫かれても突進を止めない。
長槍が体に刺さったまま、咆哮と共に前進し、隊列の中へと突っ込んできた。
「止めろ! 止めろォ!」
後方の兵士たちが慌てて再度槍を突き出し、胸や腹を無数に穿つ。
それでも倒れるまでに、数人の命を持っていく。
新兵が多い区域では、劣勢が目立ち始めた。
それを敏感に察したのは――ボア・マンの首領。
「ブモオオオォッ!」
残された五名の親衛兵を率い、彼は戦場を切り裂くように突進する。
振り上げられた鉄斧に、フィルードは魔力の閃きを感じ取った。
「まずい……!」
轟音と共に、五、六人の兵士の槍先が一斉に叩き折られる。
続けざまに隊列へ突入し、狂乱の殺戮が始まった。
その巨大な斧に掠るだけで――兵士は即死。
あるいは、即座に戦闘不能。
彼らは、まさに無人の境地を突き進む獣だった。
「……っ」
フィルードは愕然とする。
今まで、獣人は総じて人間より劣ると考えていた。
だが今――精鋭獣人の真の力を目の当たりにし、その価値観は粉々に打ち砕かれた。
――これは、人間の精鋭でも一対三でなければ渡り合えない。
拳を握りしめ、フィルードは振り返り、剣盾兵と弓兵の十人隊長たちに叫んだ。
「部下を連れて新兵の負担を減らせ! 特に左前方、崩壊しかけている!」
「はっ!」
頷いた隊長たちが走り去る中、フィルードは弓をつがえ、腕に魔力を込める。
満月のように弓が引き絞られ――
「放つ!」
鋭い矢が、殺戮を繰り広げるボア・マンの首領へ。
だが。
「パシィッ!」
矢は途中で砕け散り、木片となって飛び散った。
「くそっ……!」
あまりの品質の低さに、フィルードは弓を投げ捨てそうになった。
だが踏みとどまり、再び矢をつがえる。
狙いを、隣にいた半身鉄甲の精鋭戦士へ。
――だが、体は疲労困憊。
魔力の補助なしでは、もう弦を引くことすらままならない。
「はぁ……はぁ……!」
呼吸を整え、二人の体が重なった瞬間、矢を放つ。
鋭い破空音――。
矢は一人目の首筋を貫き、そのまま二人目の後頸部へ突き刺さった。
「グァアッ!」
血は思ったほど流れなかったが、戦士の動きは鈍った。
「……!」
傍らの弓兵の古参兵が、その妙技に驚愕の声を漏らす。
首を射抜かれたボア・マンはよろめきながらも矢を引き抜いた。
その隙を逃さず、古参兵が雄叫びと共に大剣を振り下ろす。
刃は血管を断ち切り――巨体が地面に崩れ落ちた。
「ブモオオオオッ!」
首領が怒号を上げる。
周囲には、もはや二名の親衛兵しか残っていなかった。
先ほど六人で突入した際、彼は圧倒的な防御力を頼りに暴れ回り、傭兵たちを寄せ付けなかった。
――だが、フィルードの矢によって三名が討たれた。
それはすなわち、退路を失ったことを意味する。
「……!」
新旧の恨みが重なり、首領は狂乱と化し、一直線にフィルードを狙って突撃した。
「来るか……!」
恐怖でまぶたが痙攣する。
それでもフィルードは弓を構え、魔力を注ぎ込み、一人の精鋭を射倒した。
弓を投げ捨て、隊列の中を走り抜ける。
崩壊していない隊列を盾にすれば、首領といえど追いつくのは容易ではない。
だが――残された唯一の親衛兵も、古参兵の大剣と槍により瞬く間に串刺しにされ、絶命した。
それでも首領は止まらない。
フィルードを追い、追い、追う。
古参兵がその行く手を阻もうとするが、すべて魔力で薙ぎ倒される。
二つの集団を吹き飛ばした時点で――彼の進撃はついに止まった。
数名の古参兵が、武器を捨てて飛びかかり、その巨体にしがみついたのだ。
「今だ――押さえろ!」
戦場の轟音の中、フィルードの鼓動もまた爆音のように鳴り響いていた。




