第63章 蛮北詐欺センター
羊毛は鹸水で丁寧に洗われ、ふわふわとした新しい光を取り戻していた。
その様子を見つめながら、フィルードは満足げにうなずく。
「よし……。この中から手先の器用な連中を選んで、糸を撚らせるんだ。」
彼は戦争を望まない領民の中から、器用そうな者を集めて作業を始めさせた。
さらに記憶を頼りに、シャルドゥンと一緒に原始的な織機を組み立てていく。
「こんな形だったはずだ……いや、こっちのほうが効率がいいかもしれない。」
シャルドゥンは器用に手を動かし、木材と糸を組み合わせていく。結果的に、効率は従来の織り方の三倍にしかならなかったが、それでも十分な進歩だ。
「……まだ改善できる余地はあるな。」
フィルードは腕を組み、頼もしげに笑った。
「シャルドゥン、もう一段階の改良を頼む。」
北からの報せ
開拓領は順調に成長していた。そんな矢先、食糧の買い出しに行っていたマイクが、顔を真っ青にして駆け込んでくる。
「団長様! 大変です!」
「どうした、そんなに慌てて。」
「モニーク城近くの開拓領が……壊滅的な打撃を受けました。北方の大部族が――三千人の獣人軍団を動かしたのです!」
フィルードの表情が固まる。
「……三千? まさか。」
「ボア・マンの軍団です!」
その言葉に場が一瞬凍りついた。
ボア・マン――豚頭族のような亜種とは違い、背丈も体格もひとまわり以上大きく、強靭な肉体を誇る本物の獣人だ。人間を遥かに上回る身体能力と、恐ろしい食欲を持つ彼らは、十数か所の開拓領を襲撃し、住民を「食料」として食らい尽くしたという。
「……準備が整ってないこのタイミングで、開戦か。」
フィルードは立ち上がり、拳を握りしめる。
彼の頭の中には、北方に数十種類も存在する獣人たちの姿がよぎる。
支配者と呼ばれるのは「ブラッドミノタウロス」「ボア・マン」「ケンタウロス」の三種族だけ。ジャッカルマンはブラッドミノタウロスの眷属で、豚頭族はボア・マンの眷属に過ぎない。
――最初に遭遇した豚頭族たち、あれは本当に「純粋な」種族だったのだろうか?
フィルードの胸に嫌な想像がよぎる。
ボア・マンに強制的に占有された雌から生まれた混血……。
「……いや、考えるのはやめておこう。」
彼は頭を振った。
「絵に描いた餅戦略」
時は流れ、一か月。
フィルードは領地に大量の食糧を運び込み、すでにライ麦五万ポンド、大豆二万ポンドを蓄積していた。金貨百八十枚が消えていたが、まだ持ちこたえられる。
そして、外に出て傭兵を募集していた兵士たちが次々と帰還。フィルードは峡谷の外に並ぶ人々を見て、思わず頭を抱えた。
「多すぎる……!」
だが、彼の口元にはわずかな笑みも浮かんでいた。
「月給を銀貨六枚――ふむ、こう書いておけば……」
結果、競合相手は呆然とし、住民たちは熱狂。あっという間に大勢が集まった。最終的に六百人の新兵が加入。
「誠実さが通じないなら、策略を使うまでだ。」
フィルードは胸中でつぶやいた。
これで領地の総人口は千人を超え、豚頭族とジャッカルマンを含めると二千人近くになる。ただし、その大半は雇われ兵士だ。
北境詐欺センター、始動
新兵たちは老兵の指導で厳しい訓練を受けた。
だが昼食の時間になると――
「腹減った……!」
「俺もだ……!」
新兵たちがよろよろと並ぶと、ユリアンが鬼の形相で立ちはだかる。
「待て。お前たちが選んだのは『高給制度』だろう? ならば食事は自腹だ!」
「はぁ!?」
「黒パン一ポンド二銅芬妮! 軍用パンは二ポンド五銅芬妮! 干し肉は十五銅芬妮! 食べたければ買え!」
老兵たちはフィルードの合図で銅貨を受け取り、笑顔で黒パンを購入していく。
新兵たちは渋々銅貨を取り出し、最も安い黒パンを選んだ。
「……詐欺だろ、これ。」
「でも食べないと死ぬし……。」
フィルードは腕を組み、満足げに頷いた。
「よし、午後も訓練だ。」
策略の成果
三日三晩続いた訓練で、新兵たちは腰を痛め、背中を丸め、次々と脱落していった。
「団長様……もう無理です……!」
百人が辞職し、さらに百人以上が「食事付き制度」を選択。
「食事込みで給料は月銀貨一枚。それで良ければ残れ。」
最初は頑固に拒んでいた連中も、飢えと疲労に押し潰され、次第に折れていった。
「……もう、やるしかないか。」
「うん……死ぬよりマシだ……。」
最終的に六百人いた新兵のうち、残ったのは三百五十人。
「ふふ……これで本当に使える兵が揃ったな。」
フィルードは静かに笑みを浮かべた。
領地は今や、北境最大の「詐欺センター」と化していた。




