第52章 侵略の中で笑う商人
「条件は──一人一日につき穀物一ポンド」
フィルードが提示した募集条件は、思わず耳を疑うほどの低待遇だった。もちろん、彼自身もそれを理解していた。
(いや、これは冷酷さからじゃない。わざとだ……)
彼は説明を続ける。
「ただし、選抜に合格すれば、待遇は上がる。毎日黒パン二ポンドと肉三分の一ポンド。そして月に銀貨一枚だ。さらに功績を立てれば、正規の傭兵に昇格できる。そうなれば月給は銀貨二枚。実力次第でさらに報酬は増える」
集まった志願者たちはざわめいた。
フィルードは冷静に観察する。
(この条件でも来る人間は、農奴になる寸前の連中ばかりだ。けれど……彼らがここに来たという事実は、つまり農奴の身分に落ちることをよしとせず、まだ心の奥に勇気が残っているということだ。少なくとも理想を抱いている。そういう人間の中からなら、使える者が出てくるかもしれない)
もちろん、すでに団の人員は少なくない。だからこそ彼にとっては、来る人間が何人であろうと、大勢に影響はなかった。
その選別を手助けするために、彼は論理的な質問をいくつか用意し、古参の兵士たちに志願者を識別させていた。頭に欠陥がある者は、容赦なく落とす。
一通りの面接を終えた後、志願者たちを見送り、フィルードは駐屯地の視察へと向かった。
「団長、後ろにつきます」
ケビンがいつものように後を歩く。谷の森林はすでにかなり伐採されており、見渡せば十数畝分が新たに開け、全体で二十から三十畝の規模に広がっていた。
「ケビン、城壁の建設が終わったら、少年たちに労働者を率いさせて、切り株周りの土地を整地しておけ。アルファルファを植える。家畜を養うためだ。一、二年もすれば大木の根が枯れる。そうしたら農作物を植えるぞ」
「承知しました」
ケビンは力強く頷いた。
翌朝。
フィルードは駐屯地に十八人の人間兵士を留守番として残し、七十人の人間兵士、三十人のハイエナ戦士、そして三人の通訳を引き連れた。
さらに荷車三台。積まれているのは──一台の塩と二台分のビール。
堂々たる武装商隊が、谷を出発する。目的は近隣の獣人部落との交易だった。
出発から一時間。最寄りのハイエナ部落に到着する。
「人間……だと?」
部落の首領が勢いよく飛び出してきた。しかし、目の前に並ぶ兵の数を見て、その顔色が変わった。人数は自分たちの倍以上、しかも鉄を嵌め込んだ革鎧や鉄鎧をまとった兵士ばかり。
傲慢な態度はすぐに消え、警戒と畏怖が入り混じった表情へと変わった。
ローセイが一歩前へ。通訳がすかさず声を張る。
「偉大なる首領よ、まずは名乗らせていただこう。私は商人ローセイ。こちらには塩とビールを持参した。何か必要なものはあるか?」
ハイエナの首領は引きつった笑みを浮かべた。
「私は狼玄という。……お前たちは獣人の部落か? それとも人間の部落か?」
「我らは獣人の部落だ。この人間たちは護衛にすぎぬ」
ローセイはためらいなく答える。そして畳みかけるように尋ねた。
「貴殿らはどの中規模部落の管轄にある?」
狼玄は一瞬ためらい、誇らしげに答える。
「我らは開拓部落。いかなる部落の支配下にもなく、直接獣皇から命を受けている」
「なるほど……」
ローセイは頷くと、声を張った。
「ならば、塩やビールは必要だろう? 同じハイエナのよしみで、最も安い値で提供しよう」
「塩……それが欲しい。子羊ほどの大きさの塩を得るには、羊を何頭差し出せばいい?」
子羊ほどの塊は六ポンド前後。原価でいえば銀貨三枚程度。しかし羊の相場は五から八枚の銀貨。
(利益は取らねばならん。だが、贅沢品の扱いでいい。塩二ポンドと羊一頭で交換だ……五倍の利だ)
フィルードの判断により、条件は提示された。
狼玄は小さく唸り、最終的に六頭の羊を部下に持ってこさせ、十二ポンドの塩と交換する。
取引成立。
「最初の取引の成功に乾杯を」
ローセイは木碗にビールを注ぎ、狼玄へ差し出す。
狼玄は訝しげに受け取ると、恐る恐る一口。
──次の瞬間、目を見開き、そして陶然とした笑みを浮かべた。
「うまい……! 家畜の血など比べものにならん……これはどうやって交換する?」
「手間がかかる。この一樽は──羊五頭か牛一頭だ」
狼玄はしばし考え、痩せた牛一頭と交換を決めた。
(仕入れ銀貨二枚の樽が……二十枚以上の価値か。上々だ)
フィルードは静かに頷いた。
その後も彼らは小規模な部落を回り、荷車の物資をすべて交換していった。
結果──六十九頭の牛と五百頭を超える成羊。しかも大半は雌。フィルードはあえてそう求めていた。
(繁殖用だ。強壮な雄がいれば、種牛や種羊としても使える。これで改良を試せる……)
さらに彼は旅の間に地図を描き、部落の位置や地形を把握していった。途中で複数の人間の開拓領地も発見したが、ハイエナ兵が多いため、敢えて接触は避けた。
二十日以上に及ぶ交易の旅を終え、商隊は帰還。
谷の入り口には、すでに簡易の木製の壁が建てられていた。まだ片面だけだが、土を詰めれば堅固な防壁になる。さらに外側に石を積めば、侵入は容易ではない。
駐屯地へ入ったフィルードは、人口が大きく増えていることに気づく。
「団長様!」
ケビンが駆け寄ってきた。
「外に出ていた募集員が全員戻りました! 合計二五六人を募集。しかし……質は悪いです。簡単な訓練を行ったところ、百三十六人が不合格。体が衰弱し、まともな訓練ができません」
フィルードは頷いた。
(想定通りだ。提示した条件で来る者は──命しか残されていない連中だ)
「ならば、しばらく療養させろ。この間は木材伐採の補助をさせればいい。一人半日で十分だ」
彼の声は静かだったが、その眼差しは未来を見据えていた。




