第46章 大勢の山賊に遭遇
軍勢を率いて街道を進む途中、フィルードは歩みを止めずに新しく定めた規則を、兵士たちにひとつひとつ噛み砕いて説明していった。
兵たちは耳を傾け、やがて理解すると、地響きのような歓声を上げる。
その様子に、ウルフ・ブルーは意外そうに眉を上げた。
「……彼らがここまで納得するとは」
獣人隊長は小さく呟いたが、その瞳には満足の色も浮かんでいた。
説明が終わると、全員への報酬の支払いが始まった。
金貨に換算して十二枚近い総額を、フィルードはひとりひとりの手に直接渡していく。
ジャッカルマンたちにも銀貨が手渡されたが、興味を示すのはごく一部で、ほとんどは戸惑った表情を浮かべていた。
中には、受け取った銀貨をそのまま噛みつく者までいる。
「……これは説明が必要だな」
仕方なく、フィルードはウルフ・ブルーのもとへ歩み寄った。
「ウルフ・ブルー隊長、これらの銀貨の使い道を手下たちに説明してやってくれ。今後は物資を購入して峡谷まで運び、そこで販売する予定だ。もし彼らがどうしても理解できないなら……君が一時的に預かって、将来峡谷に商品が入荷したときに返してやってほしい」
「承知しました。すぐに話してきます」
ウルフ・ブルーは頷き、部下のもとへ向かった。
現在、フィルードの手元にはまだ金貨百十二枚が残っていた。
彼はしばらく考え込み、思い切って五台の馬車を追加購入することに決める。
獣人の影響で価格は異常に安く、一台あたり金貨八枚。
合計で四十枚を支払い、さらに四台分の大豆と一台分の馬の飼料を買い入れ、十七枚を費やした。
これで商隊は十二台の馬車となり、三台分の飼料を除けば、一度に九台分もの貨物を運べる規模に膨れ上がった。
しかし計算してみると、ドヴァー市に到着した時点で残金では十分な皮革を購入できないことが判明する。
フィルドはやむなくブライアンを再訪し、金貨三十枚を借り入れた。
「フィルード弟よ、金を貸すのは構わない。だが――君は急ぎすぎていないか?」
ブライアンは真剣な面持ちで問いかける。
「十二台の馬車ともなれば、すでに中規模商隊の域だ。しかも運んでいるのは貴重品ばかり……人手が足りていないのではないか?」
「兄さんの言うことはわかります」
フィルードは深く頷き、真剣な眼差しで答える。
「ですが情勢はますます不透明です。今は拡大の速度を落とせません。この三十枚には、利子として六枚を必ず上乗せして返します」
その強い決意に、ブライアンはため息をつきながらも金貨を差し出した。
城を出た商隊は、止まることなく進軍を続けた。
獣人部族に遭遇した場合は、小規模であっても可能な限り避ける。
中規模部族への通報を恐れての判断だった。
慎重な行軍の末、六日間は大きな危険もなく過ぎた。
フィルードはこの道中のルートをすべて記録し、今後の商売の参考にする。
やがて十二台の馬車が堂々とドヴァー市に入ると、商人たちが群がるように取り囲んできた。
彼らの視線の先にあったのは――大量の大豆。
この地域では、獣人の影響で大豆の流通が激減していた。
周辺の土地は痩せた草原が広がり、牧畜には適していても作物の収穫には向かない。
結果として、食料は慢性的に不足していたのだ。
現在の大豆の価格は、一ポンドあたり銅貨五枚。
牛や羊の生肉とほぼ同じという異常な相場だった。
だが家畜を育てるためには植物性タンパク質が不可欠で、大豆は唯一無二の選択肢である。
今回、フィルードが運んだ大豆は九千九百ポンド。
五十五枚の金貨で売却し、ほぼ二倍の利益を叩き出した。
一方で蛮牛の皮革は需要減で暴落しており、一枚あたり銀貨九枚にまで値下がりしていた。
フィルードは三百三十三枚を購入し、九台の馬車を満載にする。費用は金貨百枚。
この相場変動に、フィルードは「ブライアンから借金する必要はなかった」と苦い思いを抱く。
残金四十枚で再び家畜市場を訪れると、そこでも価格は異常な安さだった。
ただし売られている馬はすべて去勢されており、繁殖は不可能。
それでも駄馬の品質は悪くなく、一頭わずか金貨二枚。
モニーク市まで運べば、一頭につき少なくとも一枚の利益になる計算だった。
熟考の末、フィルードは二十枚で十頭の駄馬を購入。
選定は馬に詳しいウルフ・ブルーらジャッカルマンが担当し、選ばれたのはすべて雌馬だった。
さらに金貨一枚で高品質の飼料を購入し、馬に背負わせる。
こうして商隊は帰路についた。
騎乗可能な者は全体で七人。ジャッカルマンが四人、人間が三人。
ただし人間側は「乗れる」というだけで、戦闘に耐えるかは疑わしい。
城を出た直後から、フィルードは周囲の視線を強く意識していた。
彼が買い込んだ貨物の総額は百金貨以上。貴族ではない彼にとって、それは格好の標的となる。
細心の注意を払いつつ進み、午後には国境地帯へ差しかかった。
その時――遠方に土煙が上がる。
「隊長!」
馬を駆るマイクが、喉を裂くような声で叫んだ。
「百五十人以上の部隊が後方から接近中です! その中には騎兵が二十四人もいます!」
心臓が跳ねる。フィルドは即座に判断した。
「馬車と駄馬を森へ追い込め!急げ!」
実戦を経験している兵士たちは動じなかった。
指示が飛ぶと、秩序を保ったまま隊列は森へ退避する。
比較的開けた場所に到達すると、フィルードは再び声を張り上げた。
「全員、重荷を下ろせ!ブルース、ユリアン! それぞれ小隊を率いて方角を固め、円陣を組め!
外側には鉄板付き革鎧の槍兵を配置し、必ず槍の柄を地面につけろ! 敵騎兵の突撃を防ぐためだ!
後列の槍兵は投げ槍に持ち替え、弓兵と刀盾兵は私の周囲に待機!」
号令を受け、各小隊長は即座に部下を動かす。
数刻のうちに円形陣が整い、槍の穂先が林立した。
続いてフィルードはマイクとウルフ・ブルーへ視線を向ける。
「マイク、駄馬の飼料をすべて下ろさせろ。君とウルフ・ブルーは騎兵を率いて騎乗しろ。歩兵の指揮はゾルンに任せる。序盤は無理に参戦するな。常に伝令を走らせ、戦況を把握しておけ。出撃はあくまで機を見てだ!」
「了解!」
二人は声を揃えて頷き、すぐさま持ち場へ走った。
準備が整ったその時――敵の騎兵隊が突進してきた。
しかし正面百メートル手前で止まり、牽制するように並ぶ。
数人の山賊の頭目が馬上からこちらを見下ろし、険しい顔を見せた。
整然と組まれた陣形に、安易に突撃できぬと悟ったのだろう。
やがて、一人の騎兵が馬腹を蹴って前進し、隊列の前方百メートルほどで止まった。
「商隊の責任者は誰だ!」
荒々しい声が森に響き渡る。
「出てきて話せ!」




