第44章 清算
フィルードは遠くを一瞥するにとどめた。
彼の手元にいる騎兵はマックただ一人。もし二人を追跡させれば、逆に危険に晒すことになるからだ。
彼は迷わず部族の内部へ駆け込み、真っ先に家畜小屋へ向かった。
そこで目に飛び込んできた光景に、フィルードの口元は思わず奥歯まで裂けんばかりに緩んだ。
「……大漁だな」
すぐにブルースへと命じる。
「家畜小屋は任せた。決して目を離すな!」
それからいくつもの物資テントへ駆け込み、中を覗いたフィルードは言葉を失った。
――干し肉が山と積まれていたのだ。
思わず胸の奥で小さく笑う。
これはまさに掘り当てものだった。目の前の富を正確に数えることは一瞬では到底不可能。
彼ができるのは、まず全員に戦場の片付けを命じ、素早く撤退の準備を進めることだけだった。
その時だった。ユリアンが息を切らして飛び込んでくる。
「団長! ローセイの姿がありません! それと一緒に三人のジャッカルマンも……さらに戦場から馬が四頭も消えてます! まさか……裏切ったのでは!?」
「なに……!」
フィルードは立ち上がり、すぐ近くのジャッカルマンたちに目を向けた。
六人の姿はそこにある。落ち着き払って静かに並んでいた。
しばらく考え込み、やがて彼は首を振る。
「……いや、ローセイが裏切ることはない。もしその気なら、俺たちが戦っている最中にとっくに逃げられたはずだ。大多数を置き去りにして、わざわざ数人だけを連れて行く理由はない。――おそらく、豚頭族の首領を追ったのだろう」
マックが同意するようにうなずく。
「団長の言う通りです。ならば……彼に信頼を置く価値がさらに増しますね」
フィルードも頷いた。
「ユリアン、小ロバートを呼べ。オオカミ頭族の戦士全員を集めさせて、戦場の整理を手伝わせろ。我々は一刻も早く離脱する」
◆
三十分後。
全員がテントを解体していると、土煙を上げて一騎が駆け込んできた。
「……! ローセイ!」
彼の手には二つの首級が握られている。その一つは紛れもなく、豚頭族の首領のものだった。
「首領様!」
ローセイは馬から飛び降り、興奮した声で報告する。
「部下は豚頭族が逃走を図るのを見て、馬を奪って追撃しました! 激戦の末、ついにこの二人を討ち取りました!」
フィルードは満面の笑みを浮かべた。
「よくやった、ローセイ! 豚頭族の首領を斬った功績は大きい。君が馬に乗れるとは知らなかったが……素早い判断が功を奏したな。怪我はないか?」
ローセイは胸を張り、大口を開けて笑った。
「はっ! 怪我人はおりません! 豚頭族の首領は団長の矢で既に負傷していましたから、四人で追撃すれば造作もなく!」
フィルードは頷き、だが次の瞬間、表情を引き締める。
「ローセイ、功績は大きい。しかし今後は、どんなに急を要するとしても、必ず俺に一報を入れるんだ。ジャッカルマンの一人を走らせるだけでいい。今回、皆がお前を案じていたのを忘れるな」
それは婉曲な叱責だったが、正直なジャッカルマンは意味を理解できず、ただ嬉しそうに笑って頷いた。
「承知しました! 次からはそうします!」
「……はぁ」
フィルードは苦笑して首を振るしかなかった。
「よし! 今回は大収穫だ。早く片付けて撤退するぞ!」
兵士たちは声を上げ、次々と戦利品の整理に取り掛かる。
◆
さらに十分後。
羊には物資が括りつけられ、豚頭族の捕虜たちは縄で繋がれていた。
その大半は子供で、赤子までもが無理やり抱えられている。
今回の戦果は驚異的だった。
戦馬一頭を鹵獲――フィルードにとっては初めての戦馬で、扱い方はマックに教わった。
犠牲となったのは新兵三人、重傷者四人。
鹵獲した役馬は十四頭(無事なのは五頭)、牛は二十六頭、羊は六百頭以上。干し肉は三千ポンド近く、牛革百枚、羊皮千枚以上……。
六百人規模の部族を滅ぼしたのだから、これほどの富が手に入るのも当然だった。
「……傭兵稼業や商売なんぞより、よほど早いな」
資源の蓄積に関しては、豚頭族の部族を打ち倒す方が遥かに効率的だと、フィルードは改めて思い知る。
だが同時に、兵力がわずか百人前後の新兵主体である現実も忘れてはならなかった。
◆
商隊に戻ると、救援した連合商隊がまだ待っていた。
フィルードが羊や牛を引き連れて帰還するのを見て、皆が驚愕の表情を浮かべる。
誰の目にも明らかだった――あの部族は滅んだのだと。
「勇者殿……!」
商隊の代理世話役、ジェイソンが一歩前に出る。
「我々を救ってくださり、感謝の言葉もございません。どうかお名前をお教えいただけますか?」
そう言って、重々しい金貨袋を差し出す。フィルードは遠慮なくそれを受け取った。
「私はフィルード。黒水傭兵団の団長を務めている」
堂々と名乗りを上げるその姿に、商隊の面々は敬意の色を隠さなかった。
さらに、体格のいい中年の男が前に出る。
「俺はシャーロット。巨狼傭兵団を率いている。先ほど共に戦えて光栄だった。君の兵士たちは立派だ。今後も協力できれば嬉しい」
フィルードの胸が熱くなる。
同業者――初めて真の意味で出会った仲間だった。
「こちらこそ。再び剣を並べる日を楽しみにしている」
二人は力強く握手を交わす。
「ところで……君たち、新設の傭兵団だろう?」
「ええ、設立して間もないです」
シャーロットは豪快に笑った。
「見事だ! 俺が何十年もかけてようやく育て上げた団が、ようやく数十人規模になったところだというのに……君たちはすでに百人規模か。北域は争いが尽きん。いずれ多くの貴族が君を頼るだろう。そのためにも、大きな街に拠点を置くといい。連絡を取りやすくなる」
「……ありがとうございます、兄貴」
フィルードは心からの感謝を込めて頭を下げた。
誰も導いてくれる者のいなかった自分にとって、その言葉は重みのある指針だった。




