第403章遭遇戦線――援軍を屠るのは、より速く冷静な側だ
ガロは一万の直属軍団を率い、ほとんど強行軍と言っていい速度で戦場へと急行していた。
――本来なら、間に合うはずだった。
だが運は、常に合理の味方をするとは限らない。
峡谷の入口。
そこで、双方の援軍がほぼ同時に到着し、真正面から鉢合わせた。
……最悪ではない。むしろ、悪くない。
ガロは一瞬だけ状況を評価し、すぐに結論を下す。
どうせ戦う相手だ。ならば場所はどこでもいい。
むしろ――地形が限定される峡谷入口は、兵力差を殺す。
数を揃えてきた連中にとっては、不利だろうな。
ガロは迷いなく命じた。
「陣形、展開。迎撃配置に移行しろ」
軍は即座に動いた。
中央にはジャッカルマンの長槍兵。
左右両翼には、重盾を掲げたミノタウロス。
鈍器を握るその巨体は、まるで動く壁だ。
さらにその後方――
人間の弓弩部隊。
そして、その中に異質な存在が二つ。
青銅砲。
……目立つな。だが、それでいい。
視線を集める兵器は、それだけで敵の思考を歪める。
一方、敵もまた即応していた。
一万規模の連合軍。
こちらと同じく、援軍同士の衝突を受け入れ、即席の決戦態勢に入る。
――判断は妥当だ。
逃げる理由はない。
向こうへ行っても戦うなら、ここでやるのと変わらない。
双方、密集陣形。
ゆっくりと、しかし確実に距離を詰める。
距離、二百メートル。
「砲兵、前へ」
人間兵が砲車を押し、高台へと走る。
手際は悪くない。
――訓練通りだ。
ガロはそこで手を上げた。
「全軍、停止」
軍がぴたりと止まる。
そしてそのまま、静止。
――以逸待労。
動くのは、常に愚者の役目だ。
対するボアマンの将領は、迷いがなかった。
「突撃!」
即断。
そして、全軍が一斉に加速する。
……やはりか。
ガロはわずかに口元を歪める。
この軍――ボアマンの比率が異様に高い。
獣皇直属。
つまり、質は高い。
だが。
質が高いほど、思い込みも強くなる。
距離百五十メートル。
有効射程。
「装填、開始」
砲兵が動く。
まだ未熟な者も混じるが、手順は徹底されている。
火薬袋を押し込む。
鉛弾を装填。
槍で突き固める。
点火薬。
火杆。
――無駄がない。
「撃て」
「ドン!ドン!」
轟音。
空気が震える。
二発の鉛弾が、一直線に敵陣へ突き刺さる。
鉄甲。
重盾。
――無意味だ。
前列のボアマンが、肉片へと変わる。
衝撃は止まらない。
三列目まで貫通し、ようやく止まった。
……十分だ。
ガロは静かに観察する。
フィルードの選択は正しい。
石ではなく鉛。
加工の容易さ、量産性、そして――
毒。
掠れば終わり。
それだけで、戦場は崩れる。
わずか二発。
だが、数十の死傷。
――そして、それ以上に。
恐怖。
肉が裂け、内臓が飛び散る。
悲鳴。
動揺。
弱い個体から崩れる。
これは必然だ。
敵将が目を細めた。
理解している顔だ。
……遅い。
「速度を上げろ!近接に持ち込め!」
判断は正しい。
火砲は近距離で無力。
だが――
それを「やらせてもらえる」と思っている時点で、甘い。
突撃速度が上がる。
ガロは動かない。
……いいぞ。そのまま来い。
全部、計算の内だ。
両翼の砲兵が再装填に入る。
動きは速い。
訓練の成果が出ている。
距離百メートル。
「第二射、準備完了」
「撃て」
再び轟音。
今度は近い。
威力が違う。
敵陣に、深い「溝」が刻まれる。
……崩れないか。
ボアマンは前進を止めない。
精鋭だ。
だが。
それでも、削れている。
距離五十メートル。
「弓弩、斉射」
空が埋まる。
矢ではない。
弩。
重く、速い。
狙いは――砲撃で開いた隙間。
盾がない場所。
守れない場所。
……正確だ。
穴が広がる。
倒れる。
連鎖する。
さらに砲撃。
さらに弩。
繰り返し。
敵陣は、ついに乱れた。
――見た目ほどは死んでいない。
せいぜい数百。
だが。
戦場で重要なのは「数」ではない。
「崩れ方」だ。
ガロは迫る敵を見ながら、内心で息を吐いた。
……やはり、足りないか。
「火砲が二門ではな」
本来は増援前提。
機動を優先した結果だ。
火薬も限られている。
持てる弾数は数十。
――仕方ない。
だが、足りない分は他で埋める。
ガロは手を上げた。
「投槍、用意」
後列が動く。
改良型投槍。
射程は短い。
だが――貫通力は十分。
殺す必要はない。
……止めればいい。
刺されば鈍る。
鈍れば死ぬ。
それで十分だ。
距離二十メートル。
「投げろ」
空が覆われた。
細い槍が、雨のように降る。
突進中の軍勢に直撃。
悲鳴。
転倒。
混乱。
直接の死は少ない。
だが負傷者が一気に増える。
――動きが止まる。
第一波。
すぐに交代。
第二波。
途切れない。
そして――
衝突。
最前列同士が激突した。
敵は怒りに満ちている。
一撃必殺。
全力。
……いい。
そう来ると思っていた。
長槍が突き出される。
だが――重甲と盾。
致命打にはならない。
それでも。
こちらは熟練兵だ。
間合い。
角度。
連携。
押す。
削る。
崩す。
敵は後退を強いられる。
中央は膠着。
だが後方から、投槍が降り続ける。
……止まらない圧力。
そして両翼。
ミノタウロス。
重盾。
そして――鉄戟。
フィルード製。
単純な鉄棒。
だが表面は凹凸だらけ。
――鈍器。
最も原始的で。
最も確実な対甲武器。
振るう。
叩く。
潰す。
鉄甲ごと、内側を壊す。
骨が砕ける音が、戦場に響いた。
……これでいい。
ガロは静かに戦場を見渡す。
敵は強い。
だが――
主導権はこちらにある。
ならば勝つのは、当然だ。




