第372章 囮と本命――城壁を喰らう戦術
至る所で殺し合いは続いていた。
缺口だけではない。
城壁上もまた、地獄だった。
城内には大量の遠距離兵器が温存されており、守備軍団は甚大な損害を払いながら、ようやく梯子を城壁へ掛け、登攀を開始する。
距離が詰まった瞬間、ドワーフたちは上から石を投げ始めた。
……因果応報、か。
これまで自分たちがやってきたことが、今はそのまま返ってくる。
巨石が次々と落下し、梯子を登る兵士たちを叩き落とす。
骨が砕け、肉が潰れ、下で待つ者まで巻き込まれる。
だが、それでも止まらない。
フィルードが約束したのは――
「此戦の後、戦功を立てた者は貴族に列する」
一足飛びの身分上昇。
こんな機会、二度と来ない。
守備軍団の戦闘力は異様だった。
損害など、まるで存在しないかのように前へ出る。
こちらの兵力は敵の四、五倍。
四方包囲。
ほぼ全域で戦闘が発生している。
そして缺口では、大量のドワーフ重歩兵を釘付けにしている。
……布石は打った。
あとは盤面が崩れるのを待つだけだ。
やがて、城内の“人数不足”という致命的な弱点が露呈する。
守りが薄くなった箇所を、守備軍団兵士たちは見逃さなかった。
梯子を登り、隙を突き、城壁へ飛び乗る。
最初の数波は叩き落とされた。
だが後続が増え続ける。
数が質を凌駕する瞬間が来る。
ついに、城壁上に小さな足場が確保された。
そしてそれは、疫病のように広がる。
一人が立ち、二人が続き、十人、百人――。
あっという間に拡大した。
フィルードは城外からその光景を見つめ、静かに息を吐く。
……読み通りだ。
戦争が始まって以来、ドワーフは致命的な誤算を犯していた。
フィルードは四方同時攻撃を一切行わず、缺口が開くまで本格攻城を控えた。
当然、敵は思う。
本命は缺口だ、と。
でなければ、ここまで時間をかけるはずがない、と。
だが――。
違う。
あのミノタウロス重歩兵は、囮だ。
あるいは餌。
今回、その餌には十分な重みを持たせた。
敵の主力を引きつけるために。
本当の殺し手は、圧倒的な数を誇る守備軍団兵士たち。
個の力は弱い。
だが数は力だ。
ミノタウロスよりも、突破の可能性は高い。
敵が軽視すれば即座に崩す。
敵が重視すれば、別の場所が空く。
どちらを選んでも、詰みへ近づく。
……選択肢を与えた時点で、勝ちは見えている。
城内のドワーフ将軍も、異変に気づいた。
大量の敵が城壁に登っている。
顔色が変わる。
「騙された! 缺口に一万五千を置いたが、城壁上は一万強しかいない!」
焦りが声に滲む。
「あの獣人どもが、ここまで訓練されているとは……! 五千の重装を割き、城壁へ回せ! 必ず殲滅せよ!」
命令は迅速だった。
だが――遅い。
大量のドワーフが缺口側に引き寄せられた結果、他の守備はさらに薄くなった。
第二の足場が奪われる。
それも急速に拡大。
三十分も経たぬうちに、南側城壁は完全制圧された。
フィルードは即座に次の手を打つ。
床弩隊を城壁へ登らせ、弩車を吊り上げる。
城壁上から城内へ射撃開始。
一面を失ったドワーフ兵たちは、もはや大勢が決したことを悟る。
それでも将軍は、最後まで抗う。
床弩隊が陣地を構築。
最初の標的は、缺口付近でミノタウロスと激闘する重装精鋭。
他の兵とは鎧が違う。
明らかに選抜された部隊だ。
「シュシュシュ……!」
弩矢が降り注ぐ。
フィルードは食い入るように見つめる。
だが――。
矢は命中する。
衝撃で吹き飛ばす。
しかし、貫通しない。
……何だと?
瞳が細まる。
「魔法は感じない……。純粋な材質か?」
床弩の矢頭は、鹵獲したドワーフ鎧を溶かし再加工した最高級品。
それでも抜けない。
ドワーフの製鉄技術が、ここまで進んでいるとは。
……危なかったな。
もしミノタウロスの剣を切れ味重視のままにしていたら、鎧で止められていただろう。
打撃特化へ改良した判断は正しかった。
フィルードは即断する。
「小型投石機を城壁へ上げろ!
三台の魔鉄砲もだ! 奴らに砲撃を教えてやる!」
まず火砲が引き上げられる。
据え付け、導火線に火。
「ドン! ドン! ドン!」
三連射。
砲弾が左右城壁を吹き飛ばす。
城垛が崩れ、土煙が舞う。
下へ撃てれば重装部隊を狙いたい。
だが角度がない。
それでも心理的圧力は絶大だ。
援護を受け、兵士たちが東西の城壁へ殺到。
士気は頂点。
さらに十数台の投石機が上がる。
石弾がドワーフ隊列へ叩き込まれる。
黒鉄の鎧が弾き飛ばされる。
フィルードは投射位置を後方へ限定。
誤射は許されない。
火砲と弩車、投石機。
三重の圧力で、両翼の敵軍は崩壊を始める。
数時間後――
四面の城壁、すべて制圧。
城内で抵抗するドワーフは、もはや瓮中之鳖。
ミノタウロスは盾陣を組み、缺口を封鎖。
攻撃はしない。
逃げ道を断つだけ。
ドワーフ兵は城門へ殺到する。
だが城壁上には投石機と床弩がずらりと並ぶ。
逃げ場はない。
フィルードは魔力を込め、声を響かせた。
「城内のドワーフ兵よ!
無駄な犠牲を払うな! 完全に包囲されている!
城壁上には大量の投石機がある!
まだ抵抗するなら、石弾を投射する!
その時の損害は――覚悟しておけ!」
……選択肢は与えた。
あとは、相手がどう動くか。
だが結末は、もう見えている。




