第370章 血煙の中で盤面を読む者
数千名の弓弩騎兵は、わずかに開けた空地を見つけると、即座に馬から飛び降りた。
三組に分かれ、間髪入れず三段射撃を開始する。
……よし、判断は悪くない。
俺がマイクなら、同じ手を打つ。機動を捨て、一瞬で火力を最大化する。今は“速さ”より“制圧”だ。
大角羊騎兵たちも、山麓の空間が狭く、退路がないことを悟っていた。彼らもまた距離を取り、加速をつけて再突撃の構えを取る。
騎兵同士の激突――。
それは長い戦いではない。一瞬で決着がつく、運命の交錯だ。
雷鳴のような轟音とともに、両軍が正面衝突した。
わずか一合。
その一瞬で、双方から大量の兵が鞍から弾き飛ばされる。
地面に叩きつけられ、踏み潰され、悲鳴が土煙に呑まれる。
だが――それで終わりではない。
ちょうどその時、近くで待機していた弓弩手たちが、大角羊騎兵隊へ向けて直射を開始した。
「シュシュシュシュ……!」
空気を裂く音が連なり、弩矢が疾風のごとく降り注ぐ。
矢はドワーフの鎧の隙間を穿ち、あるいは大角羊の首や胸に突き刺さった。
射抜かれたドワーフは即座に落馬する。
傷を負った大角羊は狂乱し、主を乗せたまま暴れ回り、味方の隊列をも乱す。
……流れが、こちらに傾き始めた。
マイクが命を顧みず牽制し続けたおかげで、山上の直属軍団戦士たちも勢いを取り戻し、登ってきた大角羊騎兵の掃討を加速させた。
三、四人一組で長槍を構え、呼吸を合わせて突き出す。
騎上のドワーフは高さの優位を持つ。最初は押し込まれる場面もあった。
だが――数だ。
こちらは圧倒的多数。
落馬するドワーフが増えるごとに、戦場の天秤は静かに傾く。
やがて、一部の弓弩隊が山下へ向けて再び射撃を開始した。
ガロも混沌の極みに達した戦況を瞬時に見抜き、山上の投石機へ攻撃命令を下す。
兵士たちは数十ポンドの石を装填し、拉力と慣性を利用して崖下へ放った。
巨石は唸りを上げ、攻城中のドワーフを次々と弾き飛ばす。
骨が砕け、盾が割れ、陣形が歪む。
遠方の見張り台でその光景を見たドワーフ将軍は、明らかに表情を歪めた。
敵の弓弩隊が、再び動き出した。
送り出したはずの大角羊騎兵は、ほとんど成果を上げられなかった。
マイクに翻弄され、急速に数を減らし――十数分後、両側の崖を攻めていた騎兵はほぼ壊滅した。
盤面は、再び振り出しに戻る。
だが犠牲は重い。
今、ドワーフは木寨の城壁の半分を奪取していた。
残る半分を、重装ミノタウロスたちが死守している。
その足元には、すでに死体が小山のように積み上がっていた。
……この消耗、想定以上だ。
幸い、山上の弓弩と投石機が後方増援を抑え込み、城壁も少しずつ奪還し始めている。
だがドワーフ将軍も愚かではない。
このままでは再び攻城は失敗する――そう悟ったのだろう。
彼は即断した。
隣の将軍へ向けて怒号を飛ばす。
「二万を率い、両側の山脊から敵弓弩陣地を攻撃しろ! 奪取は不要! ただ射撃を止めさせろ!」
命じられた将軍は顔を曇らせる。
「将軍、あの弩矢は鋭すぎます。我らが登る前に鎧を貫きます。大量の損害が出ます!」
正論だ。
だが戦場において、正論は必ずしも最適解ではない。
ドワーフ将軍は冷たく言い放つ。
「盾を掲げ、ゆっくり進めばいい。損害は避けられん。だが好き放題撃たせるよりはマシだ。長引けば士気が削られる。命令に従え!」
……決断力はある。
敵ながら、侮れない。
やがて、二万のドワーフが二手に分かれ、山脊を登り始めた。
一方、大角羊騎兵は完全に崩壊。
数千が命からがら本陣へ戻る。
マイクもまた、二千以上の騎兵を失っていた。
この戦いが、いかに苛烈かを物語っている。
城壁上でそれを見ていたブルースは、目を細めた。
兵は何度も交代を繰り返し、限界に近い。
こちらが二交代すれば、敵は四交代。
一人で二人分を戦っている計算だ。
……それでも、崩れない。
ドワーフの猛さは想定以上だった。
これほど戦える種族が、なぜ長年ケンタウロスに抑え込まれていたのか。
理解が追いつかない。
だが今は分析より対処だ。
ブルースは伝令に命じた。
「山上へ行け! 弓弩陣地を死守せよ! 退くな!
それと万夫長に伝えろ――石で叩き潰せ! 今こそ使う時だ!」
二万のドワーフが中腹へ到達する。
山上の兵は、あえて無視した。
頂上まで二、三十メートル。
そこで初めて、石を落とし始める。
ゴロゴロと、重い音。
次の瞬間、巨石が盾へ激突した。
「ドン! ドン! ドン!」
精巧な盾も、慣性の前では無力。
砕け、押し潰され、後列を巻き込む。
フィルード軍団は石投げの熟練者だ。
一度に投げ切らない。
数秒おきに、波状で落とす。
恐怖を持続させるために。
石は有限。
投石機にも残さねばならない。
ドワーフは損害を出しながらも、止まらない。
まるで死を命じられた軍勢。
どれほど倒れようと、前進を続ける。
距離はゆっくり、だが確実に縮まる。
山上の兵は驚くほど冷静だった。
陣形を崩さず、計算通りに石を落とし続ける。
……いい。統制はまだ生きている。
正面では、投石機と弩車の集中投入により、木寨はようやく奪還された。
だが、もはや城壁を奪い返すかどうかに大きな意味はない。
城下には死体が積み重なり、城壁の高さに迫っている。
ドワーフは梯子すら不要になりつつあった。
同族の死体を踏み台にし、飛び上がってくる。
血と肉が階段となる戦場。
……ここからが、本当の勝負だ。
俺たちは持久で勝つ。
敵は勢いで押す。
だが勢いは、必ず尽きる。
その瞬間を、俺は待つ。




