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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第四巻 商人から領主へ ――選ばされた支配

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第366章 草原の刃――ケンタウロス

若いドワーフの一人が、小声で口を開いた。

「父上……どうやら敵は追い詰められ、賭けに出たようです。

我らの占領区後方へ、あれほどの孤軍を深く侵入させるとは……。

ここは大軍を呼び戻し、まずあの部隊を殲滅すべきかと。

その後、戦力を集中して反撃に転じるのが得策でしょう。」

幕舎の空気がわずかに揺れる。

ドワーフ王は無表情のまま頷き、ゆっくりと視線を赤毛の老ドワーフ――先ほども鋭い意見を述べていた長老へ向けた。

視線を受け、老者は即座に応じる。

「我が王。大王子のご意見は道理に適っております。

この地に根を張る以上、後方を乱す敵孤軍は必ず殲滅せねばなりません。

あの人間王――フィルードが放った破局の一手。

大胆な賭けです。孤軍で深く入り込めば、殲滅される可能性も高い。

しかし同時に、我らの後方は大きく掻き乱され、損害も甚大。」

老者は一拍置く。

「問題は、騎兵の存在。

我らが密かに接近することは困難。最終的にどのような戦いになるか予測しづらい。

さらに――全軍を北へ移せば、ここで築いた全てが水泡に帰す。

建設中の城壁や堡塁は突破されるでしょう。

ゆえに大量の守備兵を残し、敵の北上を阻止せねばなりません。

放置すれば、南からフィルード軍、北から劫掠隊。

二正面作戦となれば、勝敗は読めません。

真に勝利を望むなら、王国本土より増援を。

最低五万、理想は十万。

我らからは一、二万が限度。それ以上は動かすべきではありません。」

ドワーフ王は何度も頷いた。

老者の言葉は、自らの懸念と完全に一致している。

だが――

迷いは消えない。

王は幕舎内を往復する。

フィルードのこの一手。

完全に予想外だった。

これほどの孤軍を後方に突っ込ませるなど、どう考えても自滅覚悟の策。

敵を千殺して八百失う類いの賭け。

これまで相手は一度も歩兵を北へ回さなかった。

だからこそ油断があった。

戦の初めから両者は探り合い。

前数日の運糧隊強行も、交渉で優位に立つための威圧。

フィルードを怯ませ、退かせるための一手だった。

今や状況は――

麻杆で蛇を打つ、両頭とも恐れる。

どちらが先に悲鳴を上げるか。

フィルード国内は不安定。

ドワーフ国内にはケンタウロスの脅威。

互いに片足を引きずりながらの相撲。

……まさか、あの男がここまでオールインするとは。

実のところ。

上位魔法弓弩の製作は、一度保留させていた。

特化しすぎている。

発射コストが高い。

フィルードの大鳥専用対策。

汎用性がない。

だから止めた。

だが――

沈黙ののち、王は決断する。

「伝令。」

傍らの兵が膝をつく。

「直ちに王都へ戻れ。

匠神の師へ密命を伝えよ――上位弓弩の製作を即刻再開せよ。

そして二皇子に命ずる。

五万のドワーフ兵を緊急増援させよ。必ずあの孤軍を止めるのだ。」

さらに、長男へ向き直る。

「お前は二万を率い、東から迂回せよ。

運糧隊と合流し、全て一時停止。

あの大軍を殲滅してから再開する。」

大王子は深く頷き、即座に幕舎を出た。

盤面は大きく動き始める。

――場面はエレナ。

幾多の困難を越え、ついにケンタウロス王庭へ到達した。

道中、数多の部族を訪ね歩いた。

鳥に乗るエレナを見て、彼らは驚愕し、時に敵意を剥き出しにした。

そのたびに、彼女は己の境界をわずかに示す。

力を見せれば、沈黙する。

力こそ、ここでの言語。

ようやく辿り着いた王庭。

広大なテント群。

設計はほとんど馬小屋。

だが住むのは草食馬ではない。

ケンタウロスは雑食。

特に生肉を好む。

道具の多くは骨製。

鉄器は稀少。

文明水準は極めて低い。

だが――

戦闘力は別格。

草原北域のゴブリンと文明レベルは大差ない。

しかし、戦闘力は遥かに凌駕する。

原始的武器で知性種族を圧倒できる存在。

もし精良な装備を与えたら?

想像するだけで、ぞっとする。

エレナは幾度か通達を受け、金色に飾られた巨大テントの前へ。

ここが獣皇の居所。

中へ入る。

そこにいたのは、二メートルを超える巨躯。

四肢は丸太のように太く、筋肉は木の根のように隆起。

中年のケンタウロス。

座席は特殊構造。

腹部を貫通する椅子のようなものに、盤座する形。

(……あれで苦しくないのかしら。)

一瞬そんな疑問が浮かぶ。

だがすぐに思考を切り替える。

目の前の獣皇は、血まみれの生羊脚を貪っていた。

茹毛飲血。

これほど体現する姿は初めて見る。

血の匂いが充満。

獣皇は鋭い眼でエレナを睨む。

エレナは恭しく礼をした。

言語は通じない。

知能も決して高くはない。

彼女は根気よく身振りを繰り返す。

時間をかけ、ようやく大意が伝わる。

獣皇は口元の血を拭い、低く笑う。

そして手を差し出す。

エレナは一瞬戸惑う。

隣の年配ケンタウロスが、知性ある目で説明の身振り。

ようやく理解。

――両方から利益を得る気だ。

両頭を喰う算段。

エレナは内心で苦笑する。

(強欲。でも、悪くない。)

自国の状況を思い浮かべる。

食糧は余裕がない。

即時援助は不可能。

彼女は身振りで示す。

「今は出せない。

だが出兵してくれれば、秋に根菜を供給する。」

芋類。

保存が効き、量も確保しやすい。

獣皇は理解し、頷く。

そして隣の獣皮籠を指差す。

十本の指を立て、大きく円を描く。

何度も。

――大量に。もっと大量に。

要求は明確。

エレナは静かに目を細めた。

(欲張りね。)

だが。

草原の刃をこちらへ向けさせることができれば――

戦局は大きく傾く。

フィルードの賭けは、まだ終わっていない。

むしろ。

ここからが、本当の勝負だ。

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