第362章 譲れぬ一線と総力戦の影
たとえ一日一回の爆撃でも、十日で一五〇〇ポンド。
二十日も続ければ、月の生産量をすべて吐き出す計算になる。残りは在庫を削るしかない。
――しかも、現実はそんなに甘くない。
毎日一回で済む保証などないのだ。
長期の消耗戦など、こちらにも余裕はない。
だからこそ、俺は火薬を惜しみなく叩き込んでいる。
中途半端に温存すれば、相手に立て直す時間を与えるだけだ。今は圧をかけ続ける局面。心理を削り、判断を狂わせる。
火薬は有限だが、主導権は無限に近い価値を持つ。
使者が戻り、俺の要求をドワーフ王に伝えた。
報告を聞いたドワーフ王は激怒し、しばらく幕舎内で怒号を響かせたという。やがてようやく落ち着いたらしい。
「相手は我々の核心技術を丸ごと奪おうとしている。夢物語だ。
これはドワーフの立身の根本。渡すことなど絶対に不可能だ。
……ならば、ここで魚死網破するしかない。」
その視線は、少し離れた位置に立つ華麗な鎧の将軍へ向けられた。
「銅鎚。明日、お前は大角羊騎兵を率い、山脈沿いに迂回して運糧隊を護衛しろ。距離は数倍になるが安全だ。
功を焦るな。深入りするな。
今回の運糧隊は規模をさらに拡大する。各隊三万人以上だ。
一万を超えるドワーフ戦士が護衛につく。弓弩は飾りではない。」
さらに続ける。
「あの爆発する武器が危険だ。対策が必要だ。
王庭に秘蔵している上位高級素材を出せ。上位弓弩を鍛造させろ。
最低でも上位中級、できれば上位上級に近づける。
上位中級の超凡者が扱えば、あの大型の鳥を射程に捉えられるはずだ。」
その言葉とともに、王は肉を削るような表情を浮かべた。
「くそ……あの大鳥ども、人間ども……。
あの素材は本来、後世に伝えるためのものだったのに……。」
さらに命じる。
「城壁は高さ十メートルで一旦止め、両側への延伸を急げ。
後方から犬頭族を大量に動員する。この戦い、何が何でも勝つ。
城から後方へ五、六里ごとに小型堡塁を築け。
高さは十メートル以上。数百人収容できればよい。
矢塔として機能させ、軍団と運糧隊の停泊・補給拠点にする。
騎兵を牽制するのだ。」
――総力戦。
幕舎内の空気が凍った。
後方から膨大な犬頭族を動員する。それは国を挙げての戦争という宣言に等しい。
失敗すれば、国が傾く賭けだ。
長い沈黙の後、老ドワーフが口を開いた。
「我が王、もう一度話し合うべきです。
策は完璧。しかし必要な資源は莫大。
上位素材の消費に加え、犬頭族の大量動員は後方生産に深刻な影響を与えます。
それに……ケンタウロスがまだ我々を狙っています。
後方が手薄になれば、侵入は避けられません。
本拠地を突かれれば致命的です。」
他の者たちも同調した。
ほぼ全員が反対。
王は呆然とした。
ドワーフは気性が荒い。普段なら無茶な命令でも従う。
だが今回は違う。
国運を賭ける一手。
長い沈黙の末、王は歯を食いしばった。
「……ならば、もう一度交渉だ。
最低ラインを伝えろ。
北部の一帯を割譲し、そこにミノタウロスの超大型部族を成立させる。
我々の附属部族とする。
それで納得するなら即撤兵。
拒否するなら、先ほどの戦略を実行する。
配置もすべて明かせ。
相手が譲らぬなら、我々も黙ってはいられない。
奴らがミノタウロスを飲み込めば、次は南部を狙うのは明白だ。
ならば、ここで一戦交える方がまだましだ。」
さらに続ける。
「青壮年二千名を割譲する。家族も同伴させる。
ただし虐待は厳禁だと厳命しろ。
条約は破棄可能。残りの捕虜は返還させる。」
老ドワーフは顔を青ざめさせた。
「……族人の心が冷えるのでは?
もし懐柔されれば、重要技術が流出する恐れが……。」
王は深く頷いた。
「懸念はもっとも。
だから選別する。
技術が平凡で、頭の切れない者を選ぶ。
族に大きな価値を生めぬ者たちだ。
相手に養わせればよい。
さらに志願者には大量の資源を与え、家族には超凡者昇格の機会を一つ与える。
これなら反発は抑えられる。」
現実的な策。
皆が納得した。
細部を詰めた後、再び使者が派遣された。
――そして、その内容が俺のもとへ届く。
俺は眉をひそめた。
陽謀。すべて明かしてくる。
だが隠しても意味はない。こちらは空中優勢を握っている。
実行すれば即座に把握できる。
俺は机を指で叩きながら考えた。
犬頭族の大量動員。
堡塁網。
上位弓弩。
……本気だな。
だが焦る必要はない。
彼らの計画は壮大だが、前提は「時間」だ。
その時間を俺が与えなければいい。
長い沈黙の末、結論は一つ。
妥協はできない。
もしミノタウロスの附属国を認めれば、俺の威信は地に落ちる。
今後、配下のミノタウロスをどう統制する?
不満を持てば北へ逃げ、ドワーフに寝返るだけ。
それを許せば、俺の支配構造は崩れる。
一度の譲歩が、百の反乱を生む。
――ならば、道は一つ。
圧力をさらに強める。
相手が「選択」したと思い込むまで、追い込む。
戦略とは力の運用ではない。
相手に、間違った未来を選ばせる技術だ。
盤面はまだ俺の掌中にある。
次の一手で、王をさらに揺さぶってやる。




