第361章 冷徹なる通告と鉄血の交渉
「だから私は軍を周囲の街に分散させた。各地にはそれなりの備蓄がある。兵の生活を維持するには十分だ。
必要なのは一部の騎兵だけ。お前たちの補給線を断ち、食糧を届かせなければそれで勝ちだ。」
――隠す気はない。
俺はあえて、盤上の駒をそのまま見せた。奇策でも何でもない。ただの正攻法だ。だが正面から叩き潰せると分かっている策ほど、厄介なものはない。
目の前のドワーフは、一瞬言葉を失った。
軽く言っているようで、内容は重い。しかも全部が事実。陽謀――真正面からの圧殺。誘い込み、補給を断つ。それだけ。
だがそれだけで詰む。
単純すぎる一手。だからこそ、対処不能。
長い沈黙の後、ドワーフは歯を食いしばった。
「人間の陛下……申し上げざるを得ません。あなたは実に強敵であり、徹底した策士だ。
どうすれば、我々の捕虜であるドワーフを解放していただけるのか。条件をお聞かせ願いたい。
取引に応じていただけるなら、今すぐ撤兵する。ただし、撤退の途中は襲撃を止めてほしい!」
……ほう?
正直、少し意外だった。
俺は内心で眉を上げる。まだ一ヶ月は粘ると思っていた。兵糧を削り、士気が崩れ、内部から軋みが出るまで待つつもりだったのだが。
こんなに早く、交渉を持ちかけてくるとは。
俺はゆっくりと笑みを浮かべ、頷いた。
「あと一ヶ月は持ちこたえると思っていたがな。
ずいぶん早い。……まあいい。先に言っておくが、私は強気な条件を出すつもりだ。
今回の戦争はお前たちが仕掛けたものだ。私は最初から敵対する気などなかった。ドワーフという種族自体は尊敬している。私もまた、発明と探究を好む者だからな。」
そこでわざと間を置く。
空気を凍らせるために。
声を低く、冷たく落とす。
「だが――お前たちは利益のためだけに、いきなり出兵し、しかもあの汚らしいミノタウロスの残党と手を組んだ。
無駄話はしない。戦争を止めたいなら、まずミノタウロス残軍への支援を即刻停止しろ。
次に――私が捕らえたドワーフは返さない。それどころか、彼らの家族全員をこちらに引き渡せ。
そしてドワーフ王の名において、私への忠誠を誓わせろ。」
俺は相手の瞳をまっすぐ見据える。
「できないなら、このまま消耗戦だ。
お前たちの兵士が飢え死にするまで続けよう。
今頃、配給は大幅に削っているはずだな?
撤退しても足がもつれる。私がここに五万しか置いていないからといって油断するな。反攻に転じれば、数日で十五万以上を再集結できる。
本気で追えば――今の飢えた状態では、帰る前に追いつく。
どれだけの同胞が死ぬか……よく考えろ。」
使者の顔色が青から白へと変わる。
それでも歯を食いしばり、言い返してきた。
「……尊敬すべき人間の王よ。その条件は受け入れられない。
同胞を売り渡すことなど、決してできない。
我々ドワーフは元々人口が少ない。彼らを割譲すれば種族への裏切りだ。
そんなことをすれば、王の統治基盤も揺らぐ。誰が従うというのか。
最初の条件――ミノタウロスとの協力停止は可能だ。あくまで利害関係にすぎない。」
……即拒否か。
俺は内心で舌打ちする。
普通ならここで値切りが始まる。捕虜は一、二万。全部は無理でも、一割でも残せれば御の字。
俺が急いでドワーフを確保したい理由は明確だ。
技術だ。
火縄銃の量産。
人間の鍛冶技術はまだ劣る。だがドワーフがいれば、生産速度は跳ね上がる。十分な数を揃えられれば、銃兵部隊を大規模編成できる。
戦争の形が変わる。
だが相手は最初から「絶対に無理」と壁を築いてきた。
少し思考を巡らせ、俺はわざと怒気を含ませた。
「同胞を売らないだと?
では聞くが、お前たちはどれだけの同胞をケンタウロスに奪われた?
技術はすでに漏れている。今さら仁義を語るな。
帰れ。
そのうち私が完全に叩き潰し、さらに大量のドワーフをさらい、逆侵攻して全員を鉱山奴隷に落とす。
家族揃って団欒できるぞ? 裏切りという言葉も不要だな。」
使者は慌てて手を振る。
「お聞きください! ケンタウロスに捕らえられた者たちは強制されたのです。真の技術は渡していない!
鍛冶こそ我らの根幹。あなたが求めているのは、我々の技術そのもの。
同胞以外の条件であれば、別の方法で贖うことは可能だ。
魔法素材、精良な武器、防具……数字を示していただければ相談に応じる!」
――一度に腹いっぱいか、毎日少しずつか。
その違いは理解している。
だが今は腹を満たす時だ。
素材や装備など、時間が経てばいくらでも奪える。技術者は違う。数がものを言う。
俺は手を振った。
「値切るつもりはない。今言ったのは条件ではない――通知だ。
受け入れるなら終わり。
受け入れないなら、私が取りに行く。
数が多ければ、必ず軟弱な者が出る。お前たち全員が鉄の意志だとは思っていない。」
兵に合図する。
使者は必死に叫び、なおも弁明しようとしたが、俺はもう視線を向けなかった。
やがて彼は、しょんぼりと大角羊に跨り、去っていった。
――焦るな。
数時間後、使者はミノタウロスの駐屯地へ戻った。
犬頭族とミノタウロスの助力により、城壁はすでに大半が完成している。
もともと牛頭城は南北に連なる巨大な谷だ。ドワーフはそこを基点に、両側へと壁を延ばし始めている。
巨大な長城。
完成すれば数十里に及ぶだろう。
俺も当然、把握している。
狙いは明白だ。壁を盾に、俺を決戦へ引きずり込むつもり。
だが――焦る理由はない。
彼らの食糧供給は追いつかない。
足元が揺らいだ状態で、あれほどの長城を完成させるなど不可能だ。戦略を根本から変えない限り。
もっとも、こちらにも制約はある。
火薬の備蓄だ。
各地の硝石田はまだ完成していない。領地の一角だけで生産しており、月に数千ポンドが限界。
俺たち三人が一度に投げる瓦罐は三十個以上。
一つ五ポンド。
合計で百五十ポンド近い。
……無駄撃ちはできない。
だが問題ない。
資源が足りないなら、使う場面を選べばいい。
戦は力だけではない。管理と計算だ。
盤面はすべて俺の視界にある。
あとは、相手がいつ自滅の一歩を踏み出すか――それを待つだけだ。




