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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第一卷 傭兵から商人へ① ――異世界サバイバルと最初の血

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第35章 ジャッカルマンを服従させようと試みる

隊列は歩みを止めることなく、じわじわと前進を続け、ついに二十メートルを切ったところで足を止めた。

 その瞬間、空気が一層張りつめる。

 ジャッカルマンの兵士たちは武器を掲げ、喉が裂けるほどの叫び声で威嚇を続けていた。耳をつんざく咆哮が、戦場を覆い尽くす。

 中央に立つジャッカルマンのリーダーが、必死に両腕を振り回しながら仲間をなだめている。だが、兵士たちの半数はまだ武器を下ろさず、殺気を放ち続けていた。

 それでも、リーダーの声は止まらなかった。しだいに動揺が広がり、やがて一人、また一人と、渋々ながらも武器を下ろしていく。

 しかし最後まで頑なに抵抗の姿勢を崩さなかったのは八名。彼らは怒声を上げ続け、リーダーにまで食ってかかろうとしていた。

 ──ここだ。

 フィルードの位置は、投槍の理想的な射程。しかも、敵は見事に密集している。もし訓練された投槍手が一斉に槍を放てば……半数以上を一瞬で地に伏せさせられるだろう。

 だが、それは必要なかった。

 リーダーの必死の説得に、ついに八名も武器を下ろしたのだ。

 その光景を見届けたフィルードは、満足そうに小さくうなずいた。

「隊長! すごいです! ジェスチャーだけで抵抗をやめさせるなんて!」

 興奮を隠しきれずに声を張り上げたのは、やはりユリアンだった。

「次はどうしますか? 兵士を突撃させましょうか!?」

「……ユリアン隊長。君が団長になった方がいいんじゃないか?」

 フィルードは眉をひそめた。

「私は彼らを滅ぼすためにここまで苦労したと思っているのか?」

「あっ、い、いえっ! そういう意味じゃありません!」

 慌てて両手を振り、愛想笑いを浮かべるユリアン。

「ただ、あまりにも鮮やかだったので……。はい、黙ります」

 そう言って口に手を当てるが、目の奥の興奮はまるで消えていない。

 フィルードは深いため息を吐き、気持ちを切り替える。

「……いいか、ここで勝手に推測するな。私はこの部族を服従させようと思っている。後でリーダーを呼ぶから、その間はしっかり監視していろ」

 言葉を聞いた数名の小隊長たちが驚いた顔を見せる。

 その中でマイクが小声で忠告した。

「隊長……人間が獣人を従わせようとした例はこれまで何度もありましたが、成功例はほとんどなく……反乱に遭うのが常でした。危険です」

「分かっている」

 フィルードは静かにうなずく。

「だが私は、奴隷にするのではなく編入させるつもりだ。族全体を組み入れれば、彼らも利害を持つ。管理はずっと容易になる。

 もし従わないようなら……そのときは諦めればいい。だが、私たちは彼らを救った。その事実は確かな土台になるはずだ」

 その言葉に、小隊長たちは互いに目を見合わせたが、反論は出なかった。

 フィルードはジャッカルマンのリーダーへ向き直る。友好的な笑みを浮かべ、手招きをした。

 一瞬のためらいののち、リーダーは大股で前へ進み出る。周囲のジャッカルマンたちが叫び声を上げた。──当然だ。彼らは自分のリーダーが危険に飛び込むことを望んでいなかった。

 しかし、リーダーは一歩も退かない。

 堂々とフィルードの前に立ち、差し出された大きな毛むくじゃらの手を握った。

 その瞬間、両軍の視線が一点に集中する。

 フィルードは彼の手を掲げ、背後の兵士たちを指し示す。そして敵対していたジャッカルマンたちを指し、力強く腕を振った。

 ──仲間として共に進むのだ。

 そう告げるような仕草に、リーダーは最初戸惑いを見せたが、やがて意味を理解し、しっかりとうなずいた。

 こうして、フィルードとジャッカルマンのリーダーは共に部族の中へと歩を進める。

 そこで待っていたのは──戦士九名を失い、老人や子どもを含めて二百十八名となった弱り切った部族の姿だった。

 だが同時に、馬や牛、羊といった家畜を数多く抱える、存外に豊かな部族でもあった。

 その後、フィルードは財産の統計を終えると、古参兵十名と新兵五十名を残して警戒に当たらせ、残りの戦士を率いてピッグヘッド族へと進軍した──。統計を終えたフィルードは、古参兵十名と新兵五十名を部族に残し、残りの戦士たちを率いてピッグヘッド族へと向かった。

 ジャッカルマンの戦士たちも別方向から突撃し、二手に分かれて攻め込む作戦だ。

 三十分ほど進軍したのち、彼らはピッグヘッドの集落外周に到達。すぐに隊列を整え、じわじわと進撃を開始する。

 投槍の雨が数度降り注ぎ、敵の抵抗を削いでから突入──。

 だが、そこに残っていたのは戦士たちではなかった。

 見えるのは少年や幼子ばかり。大人の戦士はすでに全滅しているのだろう。

 当然、彼らはフィルードたちの敵ではなく、すぐに四方へ逃げ散った。

「追撃は不要だ」

 フィルードは冷静に命じる。

 彼の狙いはあくまで家畜と物資だった。

 兵士たちはそのまま家畜小屋へ突進する。

 そこにはすでに多くのジャッカルマンが群がっていた。彼らは必死に守ろうとするかのように歯をむき出し、威嚇の声を上げる。

 しかし、その前に立ちはだかったのはジャッカルマンのリーダーだった。

 彼は仲間に容赦なく拳と蹴りを叩き込み、次々と黙らせていく。

「……」

 フィルードは短く息を吐き、隊長たちに目配せする。

 慌てて駆け寄った兵士たちがリーダーを止めに入ると、フィルードは威嚇していた数名の肩をバンと叩き、堂々と家畜を指差した。

 そして、手を二本立て──「半分」のジェスチャーを示す。

 リーダーは目を丸くし、それから理解すると尻尾を大きく振りはじめた。

 こうして物資の分配が決まる。

 今回の鹵獲は馬五頭(成馬三、仔馬二)、牛九頭(大牛五、子牛四)、羊二百四十余り(大五十、小百四十近く)、干し肉九百ポンド以上、牛皮二十九枚、羊皮二百六十一枚──。

 だが、フィルードはその半分だけを受け取り、残りはジャッカルマンの部族へ返還した。

 ところが彼らは干し肉の半分すら受け取ろうとせず、必死にジェスチャーを繰り返す。

「……感謝している、ということか」

 フィルードはようやくその意味を理解する。

 彼らはピッグヘッドを追い払ってくれた恩に報いようとしていたのだ。

 フィルードは短くうなずき、再びリーダーの前に立つ。

「この地は、今後ますます危険になる。だから──我々と共に来い」

 そう伝えるべく、必死にジェスチャーを交える。

 だがリーダーはすぐには答えなかった。

 その場に立ち尽くし、深く迷う表情を浮かべている。

 そこでフィルードは、豆を一掴み取り出し、一つを指で示しながら自分たちを指差した。

 次に、人間の領地の方向を指し、一握りの豆を地面に置く。

 さらに、ジャッカルマンの死体を指差し、重々しく言葉を添える。

 ──このままでは南から押し寄せる人間の大軍に飲み込まれ、彼らは死体となるだろう。

 だが我らと共に行くなら……生き延びられる。

 必死の説明に、リーダーはやがて理解する。

 今回は迷わず、力強くうなずいた。

 すぐに彼は部族へ駆け戻り、内部では激しい口論が巻き起こる。

 意見の対立は激しかったが──それこそ、この決断の重さを物語っていた。

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