第283章 火器、戦場に現る
フィルードは山稜の上から戦場を見下ろし、何度も小さく頷いていた。
傍らのマイクが、思わず声を潜めて言う。
「団長閣下……この劫掠隊、戦意が低いとは思っていましたが……
まさか、ここまで脆いとは。
まだ正面衝突もしていないのに、投槍だけで完全に崩れるとは……」
フィルードは静かに笑い、首を振った。
「略奪目的で動く連中の大半は、前線で正規軍とぶつかった経験がない。
言ってしまえば、三流以下だ」
視線を戦場から外さず、続ける。
「突然、四倍の敵に包囲され、
しかも“理解できない武器”で攻撃された。
その時点で、恐怖が先に来る」
さらに付け加えるように言った。
「それに、あのジャッカルマンの中には、
最初から兵士ですらない者も多い。
物資運搬や雑役に駆り出された部落の青壮が、そのまま数合わせで組み込まれているだけだ」
フィルードは一拍置き、ローセイを見た。
「覚えておけ。
お前が兵を率いる時、数は少なくてもいい。
だが――烏合の衆だけは絶対に連れていくな」
ローセイは背筋を伸ばし、真剣に聞いている。
「一部が逃げれば、
残りがどれだけ勇敢でも、必ず引きずられる。
崩れた堤防と同じだ。一度決壊すれば、もう止まらない」
ローセイは、重く頷いた。
フィルードはそこで手を振る。
「よし。――そろそろ、俺たちの出番だ」
そう言って、大黒の背から軽やかに飛び降り、飛行装備を整え始めた。
エレナとメイヴも、同じく準備に入る。
装着を終えると、フィルードはライドンに向き直った。
「ライドン千夫長。
これからお前は、超凡者小隊を率いてミノタウロスを追撃しろ」
短く、だがはっきりと命じる。
「正面で絡み合うな。
遠距離から、遠隔武器だけで削れ」
ライドンは即座に理解した。
「奴らの騎兵は数十しかいない。
まずそれを処理し、その後で重歩兵を仕留めろ。
――一人も逃がすな」
ライドンは拳を胸に当て、力強く答えた。
「団長閣下。
この数百のミノタウロス、必ず殲滅します」
フィルードは一度だけ頷いた。
その直後、喳喳が羽ばたき、上昇を始める。
フィルードは掴み上げられ、急速に高度を取った。
やがて、ミノタウロスの上空を旋回する。
下では、数百のミノタウロスが必死に逃走していた。
彼らは理解している――前方で足止めしているジャッカルマン眷属が、長く持たないことを。
フィルードは、手にした五ポンドの火薬瓦罐を見つめた。
(……動く目標。
高度、速度、風――すべてを読む必要がある)
これは、投槍よりも遥かに難しい。
早すぎても遅すぎても意味がない。
導火線の長さは、すでに計算済みだ。
フィルードは、深く息を吸った。
その瞬間――
下方から、怒号が響いた。
「見たことのない武器だ!
散開しろ! 散開だ!
密集するな、そうすれば被害が広がる!」
ミノタウロスの首領の叫びだった。
――判断は、正しい。
だが、遅すぎた。
空から、さらに三つの瓦罐が落ちる。
次の瞬間、
凄まじい爆音が連続して戦場を揺るがした。
鉄釘が雨のように飛び散り、
逃げ惑うミノタウロスの列が、まとめて吹き飛ばされる。
恐怖に陥った者ほど、群れようとする。
それは人間も、ミノタウロスも変わらない。
命令は、もはや誰の耳にも届かなかった。
ちょうどその時――
一つの瓦罐が、首領のすぐ近く、わずか数メートルの位置に落ちた。
(――終わった)
そう思った瞬間、
爆音と衝撃が彼を吹き飛ばした。
数メートル宙を舞い、地面に叩きつけられ、
口から血を吐きながら呻く。
「……な、なんて……威力だ……」
フィルードたちは、携行していた五つの瓦罐をすべて投げ終えた。
空からの攻撃は終わったが、
地上の混乱は、もはや収拾がつかない。
まだ立っていられるミノタウロスは、百にも満たない。
(……十分だ)
フィルードは、即座に結論を出した。
たった十五個の瓦罐。
それだけで、数百の重歩兵を完全に戦闘不能にできる。
ミノタウロスは、強い。
一体で十人分の戦力を持つ、先天的な強戦種族だ。
初級見習い超凡者と比べても、わずかに劣る程度。
――だからこそ。
こうした“質の暴力”に頼る文明は、
生産力と技術の発展が遅れる。
それでも今まで人間に敗れなかったのは、
彼らが“強すぎた”からに他ならない。
だが。
(時代は、変わる)
その時、
数十名の敵精鋭が突進してきた。
迎撃に出た超凡者小隊が、ほぼ同時に矢を放つ。
魔力を帯びた矢が雨のように降り注ぎ、
一瞬で二十名以上のミノタウロスが倒れた。
吹き飛ばされていた首領も、よろめきながら立ち上がる。
周囲から響く悲鳴。
血と煙。
倒れ伏す同胞。
――立っている者は、もう数十しかいない。
首領は、喉が裂けるほど叫んだ。
「山へ登れ!
山へ逃げろ!」
自分も駆け出そうとしたが、脚は鉄釘に貫かれていた。
速度は、絶望的に遅い。
フィルードは、急いで離脱しなかった。
背中から弓を取り出し、喳喳に高度を下げさせる。
狙いを定める。
逃げる首領が、
本能的な危機感に駆られて振り返った、その瞬間――
一本の矢が、風を切って迫っていた。




