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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第四巻 商人から領主へ ――選ばされた支配

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第275章契約という名の鎖 ― シウス伯国を内側から支配する

シウスは、フィルードの言葉を最後まで聞き終えると、しばらく黙り込み、やがて深く息を吐いてから、ゆっくりと頷いた。

……ようやく腹を括ったか。

その瞬間、フィルードは確信した。

この男は、もはや選択肢を失っている。

こうして両者の間に合意が成立した。

フィルードはライドンに命じてシウスを同行させ、自身は超凡者小隊を率いて護送についた。一行はそのままドヴァ城へと向かう。

出発前、フィルードはブルースを現地に残し、捕虜への私刑や食糧の横領を厳禁するよう、重ねて命じた。

――ここで無駄な恨みを買う必要はない。

使える駒は、最後まで使い切る。

ドヴァ城に到着すると、シウスは腹心の一人を城内へ走らせ、自らの末子――ポールを呼び出し、家に伝わる契約巻軸を持参させた。

フィルードはその少年を一目見て、内心で小さく息を呑んだ。

十四、五歳。

だが境界はすでに恐怖の中階学徒。

……悪くない。

いや、むしろ良すぎるくらいだ。

シウスは事の経緯を息子に説明した。

ポールは話を聞き終えると、怒りを抑えきれない様子で拳を握り締めたが、父の説得と現実的な分析によって、どうにか冷静さを取り戻した。

それでも、少年の視線は終始フィルードに突き刺さるように向けられていた。

フィルードは低く、静かな声で告げた。

「恥じるな、小僧。

数年後、お前は今日の決断を“幸運”だったと思う日が来る」

少年の肩がわずかに揺れる。

「お前たちに残されていた道は二つしかなかった。

滅びるか、ネズミのように生き延びるかだ」

フィルードは一歩踏み出し、少年を真正面から見据えた。

「だが、今は違う。

俺の配下になるだけで、すべてが守られる。

それのどこが悪い?」

一拍置いて、淡々と続ける。

「お前の父を疑うな。

あの男は、お前が食った飯より、遥かに多くの塩を食ってきた」

……選択肢を“理解”させる。

感情ではなく、理屈でだ。

「異論がなければ、正式に契約を結ぶ」

ポールは歯を食いしばり、屈辱を飲み込むようにして頷いた。

「……お前の望む通りだ」

そう言って、少年は懐から一枚の巻軸を取り出した。

その瞬間、フィルードの背筋に奇妙な感覚が走る。

……魂の匂いだ。

巻軸からは、魔力だけでなく、彼自身の魂力に酷似した、異質な気配が漂っていた。

――魂契約か。

過去に宝庫で読んだ典籍が脳裏をよぎる。

この種の契約は、血を媒介にしなければ成立しない。

フィルードは迷いなく短剣を抜き、指先を切った。

ポールも同じように指を傷つける。

雁の羽ペンに血を含ませ、契約文を書き記す。

内容は単純明快だった。

――今日よりフィルードを主とし、永遠に背かぬこと。

――違反した場合、魂は焼かれ、死に至る。

続いて、フィルード自身も署名する。

――シウス家に命令権を持つが、一族を滅ぼすことはしない。

――違反すれば、同様に反噬を受ける。

署名が完了した瞬間、巻軸が炎を上げて燃え上がった。

空気が歪み、目に見えぬ力が二人を包み込む。

……これが、契約の力か。

すべてが終わると、シウスは震える手で詔書を書き始めた。

――自身は重傷を負い、伯位を息子ポールに譲る。

――伯国の全権を、正式に継承させる。

書き終えると、ポールは城へ戻され、腹心たちは各所へ走った。

この瞬間、

“シウス伯爵”という存在は、政治的に死んだ。

フィルードは満足げに頷き、シウスを連れて軍へ戻った。

その夜、彼は意図的に警備の隙を作り、シウス派の腹心と捕虜騎兵を逃がした。

――必要な逃走だ。

彼らは飢えておらず、百戦錬磨の精兵。

半夜を走り続け、ドヴァ城下へ帰還した。

その帰還は、城の防衛力を大きく底上げする。

同時にフィルードはローセイへ伝令を送り、行動停止を命じた。

――獣人大軍を集結。

――ドヴァ城外、山脈縁辺に布陣。

――目立つ位置で、周囲に“見せつけろ”。

その後、シウスを通じて息子に命じ、潰走兵の収容を開始させた。

最終的に八千を超える兵が戻り、その全てが鍛え直せる素材だった。

フィルードはブルースに軍を峡谷へ撤退させ、全兵に騎馬訓練を命じる。

――ここからが、本番だ。

三日後。

ウェリアムは七万の大軍を率いて現れた。

勝利の余韻に包まれた軍勢の先頭で、彼は意気揚々と馬上に立つ。

「フィルード団長、祝賀宴にも出ずに急いで戻った理由は?」

フィルードは即座に頭を下げた。

「北辺に獣人の動きがあり、念のため戻っただけです。幸い、杞憂でした」

ウェリアムは一瞬だけ疑わしげに見たが、すぐに笑い飛ばした。

「よし。

このまま進めば、草原伯国は終わりだ。

お前も伯爵位だな。羨ましい限りだ」

その時――

伝令兵が駆け込んできた。

「前方山脈に、獣人大軍。

規模は四、五万以上!」

ウェリアムは即座に立ち上がった。

「なぜ獣人がここに……くそ、邪魔をしおって!」

視線がフィルードに向く。

「どう思う?」

フィルードは困惑した表情を作り、ゆっくりと答えた。

「……北から来たのでしょう。

草原伯国を救援するためかと」

内心では、静かに笑う。

――踊れ。

盤面は、もう俺のものだ。

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