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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第四巻 商人から領主へ ――選ばされた支配

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第274章 伯爵領を呑む牙――驚天の密謀

そう言いながらシウスは大笑いした。

だが次の瞬間、笑みが消え、視線だけが氷のように冷たくなる。

「俺が不忠だと言うのか?」

縛られたままの身体で、シウスは唾を吐くように言った。

「王国が――俺の領地の馬に、どれほど誇張した徴収をしているか知っているか?

うちで生まれた子馬は、生まれた瞬間にタグを付けられる。そして――少なくとも半分は王国に“売らされる”。原価でな」

「原価だぞ? しかも王都基準で計算される。

こっちの豆の値がどれだけ高いか……お前も知らないわけじゃないだろう」

「馬だけじゃない。牛羊も同じだ。

そんな王国に忠誠を尽くす必要があると思うか? お前ならどうする? 忠誠を尽くすか?」

フィルードは言葉を失った。

理屈だけを並べれば、シウスの怒りは理解できる。

だが――理解と許容は別だ。

しばらく沈黙し、フィルードはようやく息を整えた。

「……シウス伯爵。お前の境遇には同情する。だが、それはお前と王国の恩怨だ。俺とは関係が薄い」

視線を落とし、淡々と突きつける。

「今日、お前が俺の手に落ちた以上……脱出する算段は考えたか?

俺はお前をタダで放せない。王都に連行すれば、俺も褒賞を得られる」

そして、にやりとも取れる笑みで見下ろした。

「お前が俺の立場でも、同じ選択をするだろう?」

その言葉は、石を投げて自分の足を叩いたようだった。

シウスの口元が歪み――次に、目が光った。

(……こいつ、取引の余地があると思ったか)

シウスの脳裏に、ひと筋の希望が差したのだろう。

“フィルードも王国に純粋ではない”。

“私的な取引を望んでいる”。

だが、同時に現実が刺さる。

いまの自分に、握れるカードは残っているのか。

シウスは顔色を曇らせ、それでも言った。

「……大量の物資と魔法材料を提供できる。ドヴァ城さえ、お前に譲渡できる」

「だが――俺と家族を外へ送り出せ。少なくともアモン王国の勢力圏外まで護送しろ」

フィルードは、まず呆然とした。

(逃げる? 今さら?)

(……いや、資本が残っていないなら当然か。兵も集められん)

だが次の瞬間、冷たく首を振った。

「無理だ。城内の基礎物資は持ち出せない。すぐに大軍が伯爵城を包囲する」

「お前が残した兵では守れない。連合軍が攻め入って“物資がない”と分かった瞬間、徹底的に調べる。

俺が欲しいのは――超凡物資だけだ。それで放してやる」

「護送など考えるな」

シウスは長く黙った。

歯を食いしばり、最後に重く頷く。

「……お前の望む通りだ。家族を放すなら、何でもいい」

そして、ここでシウスは“縛り”を差し出してきた。

「ただ、まず魔法契約を結ぼう。

上位中級の契約巻軸がある。家の祖伝だ」

「署名すれば、上位高級超凡者を超えない限り違反できない。違反すれば――魂が滅びる」

フィルードは、その場で固まった。

(……マジか)

(こんな老いぼれが、そんなものを?)

そして――頭の中で歯車が一気に回り始める。

欲が、野心が、冷静な計算に形を変えていく。

フィルードは一度言葉を飲み込み、整えてから静かに言った。

「シウス伯爵。実は……お前にはもっと“良い道”がある」

「持ち出せない基礎物資、俺に渡す超凡物資、あとは産業と金貨を隠すくらいだろう」

「その先、お前と家族は闇の中で生きる。毎日怯え、王国の清算を待つ。

……そんな生活を望むか?」

シウスは笑う力すらなく、頽廃した顔で吐き捨てた。

「望むも何も……選択肢があるか?

この地域に俺の居場所が残っているか? 今、俺はお前の手に落ちている。値切る余地などない」

フィルードは、そこで“神秘的”に微笑んだ。

「あると言えばある。俺が“ある”と言えばある」

「一つ提案する。……参考にしろ」

フィルードは、指を折るように条件を並べていく。

「ドヴァ城は、今まで通りお前が支配する。

ただし――お前はもう“ドヴァ城の主”であってはならない」

「爵位を息子に譲れ。

その子は若すぎてはダメだ。必ず超凡者の資質がある者」

「その後、俺はその子と契約を結ぶ。

お前が俺に二心を持たない限り、俺は――お前の領地と家族を守る方法を考える」

シウスは呆然とした。

長い沈黙の後、ようやく言葉を絞り出す。

「……つまり俺を、お前の附庸……いや、傀儡にしろと言うのか?」

フィルードは手を振った。

「そんな言い方はやめろ。Win-Winの協力だ」

「お前が地位を離れたら、喪家の犬になる。いつ清算されるか分からない。

――今、一番マシな道がこれだ」

「そして、上位中級の契約巻軸があるからこそ……俺は“信じられる”」

シウスは長い間黙り、最後に冷笑した。

「小僧……お前の胃袋の大きさには感嘆する。

小さな子爵が伯爵領を丸呑みしようとはな」

だがすぐに、現実を突きつけるように言葉を続ける。

「だが今のアモン王国は、俺を完全に憎んでいる。

貴族連合軍は刀を研ぎ、俺を分食する準備をしている」

「お前に、俺の領地を守る方法があるのか?

今俺の手元に兵力はほとんどない。一万人すら集められない」

「キプチャク国に援軍を求めることはできるが、前後で半月。

……連合軍はそんな機会を与えない」

フィルードは、そこであっさりと言った。

「俺がそう言う以上、当然方法はある」

「今お前の領地を襲っている獣人は――俺が送ったものだ。

いつでも停止を命じられる。代わりに“大部分を残して”城を守らせる」

「半月は守れる。その間にキプチャク国へ援軍を要請しろ。

援軍が到着すれば、アモン王国側は耐えきれない。危機は――ある意味で解決する」

シウスの顔が、歪んだ。

屈辱と、怒りと、納得が混ざった表情。

長い沈黙の末、重く言う。

「……一晩考えさせてくれ。明日の朝に返事する」

フィルードは頷いた。

追い込むのは簡単だ。だが、追い込んだ獣は噛みつく。

「……分かった」

「見張りを厚くしろ。逃がすな。だが余計な刺激はするな」

その場で野営となった。


翌朝早く、フィルードは再びシウスを訪ねた。

シウスの目は血走っていた。

一晩眠っていないのが明らかだ。

「……ふう……」

フィルードを見るなり、シウスは先に口を開いた。

「フィルード団長。昨日の条件は受け入れる」

「今後、我が家族全員、お前の馬首を瞻む。……俺は他に何も望まない。家族が生き延びられるなら、それでいい」

そこまで言い、声を落とす。

「ただ――いくつか条件がある」

「家族の子弟の一部を外地に派遣して安家させたい。これは阻むな。

それと……帰順にも期限を設けろ。永遠はあり得ないだろう?」

フィルードは即答した。

「永遠に続くわけがない。お前の息子も、俺も、永遠に生きるわけじゃない」

「俺が老いた時に――この協議を解除する。どうだ?」

そして、少しだけ視線を和らげる。

「子弟を外地へ送るのも同意する。お前は後路を残したいだけだ。

俺がそれを拒めば……少し不人情すぎる」

フィルードは心の中で、静かに線を引いた。

(よし……ここからは契約の形を作るだけだ)

(だが――本当の戦いは、紙の上じゃない。人の腹の中だ)

そして彼は、もう一度だけ確かめるように言った。

「……シウス。

お前が“二心”を持てば――契約はお前の魂を焼く。忘れるな」

伯爵は、笑わなかった。

ただ、目を伏せて頷いた。

その沈黙が、密謀の深さを物語っていた。

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