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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第四巻 商人から領主へ ――選ばされた支配

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第234章 勝者の計算、そして王国の悪夢

老超凡者は、もはや一切の迷いを断ち切ったかのように、きっぱりと首を横に振った。

「もう手はない。

これ以上抵抗を続ければ、低級超凡者たちが無駄死にするだけだ。

結局、お前は捕まる。この五人に抑え込まれている以上、我々は逃げ切れん。

それにサックスはすでに負傷している。

我が方に残る無傷の上位超凡者は二人。

遠距離用の上位超凡武器も一本しかない。

――到底、相手にはならん」

冷静で、淡々とした分析だった。

戦場を生き抜いてきた者だけが持つ、残酷なまでの現実認識。

その言葉を聞いた瞬間、敵方伯爵の中で、最後まで踏みとどまっていた何かが崩れ落ちた。

彼は手綱を強く引き、馬を止める。

そして逃走をやめ、まっすぐに前方を見据えた。

フィルードは、その唐突な変化に一瞬だけ眉をひそめ、百メートルほど手前で大黒を止めた。

――逃げない?

――いや、違うな。

「どういう意味だ?

なぜ、逃げなくなった」

問いは短く、感情を含まない。

すでに相手を“敗者”として扱っている声音だった。

伯爵は深く息を吸い、姿勢を正した。

「アモン王国の貴族殿。ご機嫌麗しゅう。

先ほどの戦で示された手腕には、心底、感服いたしました」

丁寧すぎる口調。

だが、その内側に恐怖が滲んでいるのを、フィルードは見逃さない。

「今回、私が率いてきた軍の大部分は農奴兵です。

領内の正規兵はすでに国王陛下に徴発されており……

貴殿が勝ったのも、当然といえば当然でしょう」

――言い訳か。

フィルードは内心で切り捨てた。

「とはいえ、勝利は勝利。

もし、ここで我々を見逃していただけるなら、

カブルート家は必ずやこの恩義を忘れません」

フィルードは、それを聞いた瞬間、高らかに笑った。

「恩義?」

笑い声は乾いていた。

「その“恩義”はいくらする?

いいか、選択肢は二つだ」

彼は指を立てた。

「一つ。俺と正面から勝負し、敗れ、生け捕りにされる。

二つ。今すぐ降伏する。

貴族としての体面は保ってやる。それ以外は保証しない」

余地はない。

交渉ではなく、宣告だった。

伯爵の顔色が一気に冷え、低い声が漏れる。

「……和解の余地は、本当にないのか?

貴殿の行動は、我が一族を完全に敵に回すことになるぞ」

その瞬間、フィルードの中で興味が完全に失われた。

――まだ分かっていない。

――立場というものを。

彼は手を一振りした。

合図と同時に、数名の超凡者が一斉に弓を構える。

中でもボブールの動きが最も早かった。

新しい弓を、まだ一度も使えていない。

“ここで降伏されては困る”――その感情が、動きを加速させていた。

その殺気を感じ取ったのか、伯爵はようやく慌てて手を振った。

「待て! 待ってくれ!

話は聞く、降伏しても構わん!

ただし、身代金の交渉だけはさせてくれ!」

声が裏返る。

「欲をかきすぎるなら、俺は戦死を選ぶ。

どうせ息子は大勢いる。爵位は継がせられる……!」

フィルードは、そこで完全に見切った。

――思った以上に、脆い。

彼は手を上げ、全員に待機を命じる。

そして、冷笑を浮かべた。

「お前には、もう交渉の資格はない」

一歩、前に出る。

「お前を殺しても、俺には何の損もない。

今、お前の城には、ろくな守備兵も残っていないはずだ。

攻め落とすのは難しくない」

伯爵の喉が鳴った。

「その時、欲しいものは自分で取る。

今、話しているのは一つだけだ。

――お前は、生きたいか?」

フィルードの視線は冷酷だった。

「我々は同じ王国に属していない。

お前が少しでも抵抗すれば、俺は正当な理由でお前を殺し、

配下の超凡者も皆殺しにできる」

一拍、置く。

「そうなれば、お前の言う“家族”など、何も残らん」

伯爵の顔色は、青から赤へ、そして灰色へと変わった。

少年だと侮っていた相手が、完全に“喰う側”であることを、ようやく理解したのだ。

結局、彼は名誉ある死を選ばなかった。

生き恥を晒し、降伏を選んだ。

フィルードは、満面の軽蔑を浮かべて彼を見下ろした。

――配下の子爵三人以下だ。

――少なくとも、あいつらは最後まで抵抗した。

節操のない男。

その評価は、二度と覆らない。

その後、フィルードは敵の超凡者全員を縄で縛り上げた。

上位超凡者三名のうち一人は重傷だったが、容赦はしない。

自軍の上位超凡者三人に見張りを命じる。

大軍はさらに一日待ち、追撃部隊がすべて帰還した。

戦果は明白だった。

敵の戦死者は二千未満。

捕虜は一万四千以上。

残り四千は四散。

フィルードは迷うことなく、全軍を率いて城塞へ直行した。

城下に到着すると、彼は隣にいる中年男――コナリー伯爵を、にこやかに見つめた。

「コナリー伯爵。

城が陥落した後、一族を皆殺しにされたくなければ、

今すぐ城内の守備兵に命じて門を開け、降伏しろ」

声は穏やかだった。

「さもなくば、城が落ちた後で、

爵位のないお前の子や娘をすべてアモン王国へ連れ帰る。

――言ったことは、必ずやる」

コナリーの顔は、豚の肝のように紫色になった。

「貴様は……貴族の名誉など微塵もない男だ!

俺はもう負けたというのに、なぜここまで追い詰める!」

怒号が飛ぶ。

「この城壁は高い! 簡単には落とせん!

値段も決めずに俺を殺すつもりか!?

門など開けん!

すべてを奪われたら、我が一族は生きていけん!

それなら殺されるのと同じだ!」

フィルードは、相手がまだ理解していないと悟り、手を振った。

「そうか。なら、攻城戦だ」

淡々と告げる。

「五日もあれば落とせる。

お前はここで見ていろ。

俺がどれだけ恐ろしいか、骨身に染みさせてやる」

彼はコナリーを城下に留め置き、

自軍が城を落としていく様を、目の前で見せつけるつもりだった。

――背骨から、心を折る。

そう決めた、その時だった。

疾風のように駆けてきた伝令兵が、戦場の静寂を切り裂いた。

伝令兵は大帳へ直行し、深く礼をして言う。

「子爵閣下。

陛下より、至急の書状です。

ご自身で、ご開封ください」

フィルードは書状を受け取り、伝令兵を休ませると同時に、マイクに目配せした。

「監視しろ。余計なことは喋らせるな」

――この慌てぶり。

――何かが起きたな。

封を切り、読み進める。

数行。

十行。

フィルードは立ち上がった。

やがて、両手がわずかに震え出す。

最後には、書状を机に叩きつけた。

戻ってきたマイクは、彼の顔色が真っ青なのを見て、息を呑んだ。

「団長……前線で、何か……?」

フィルードは、ゆっくりと頷いた。

「……タロン王国は、侮れん」

低い声。

「周辺二国に援軍を要請し、

数百里離れた地点で、我が王国軍を待ち伏せしたらしい」

一拍。

「王国軍は大敗北だ。

五万の軍団が完全に壊滅。

陛下も、ウェイン侯爵も……捕虜になった」

マイクは、言葉を失った。

「今回の負けは……前回よりも、徹底的だ」

長い沈黙。

「……では、今夜のうちに撤退を?」

フィルードは首を横に振った。

「そう簡単には帰れん。

損が大きすぎる」

視線が、遠くの城塞へ向く。

「あの伯爵と交渉し、

少しでも利益を確保してから撤退する」

そして、低く呟いた。

「ただし……この戦いの後、何が起きるかは分からん」

その夜。

フィルードは再び、コナリー伯爵のもとを訪れた。

何事もなかったかのように、尊大に言う。

「……まだ、決心はつかないか?」

コナリーは顔を背け、無言を貫いた。

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