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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第四巻 商人から領主へ ――選ばされた支配

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第233章 土鶏瓦狗、潰走す

フィルード軍の攻撃は、もはや「戦闘」というよりも、正確無比な解体作業に近かった。

敵の陣形における脆弱部位――鉄甲兵の密度が低く、指揮が届きにくい箇所を的確に突き刺す。

その結果、ほとんど一瞬のうちに、数百名規模の鉄甲兵が地に伏した。

後方では投槍手が一切手を止めることなく、淡々と投擲を続けている。

反撃の間を与えない。

足掛け五度にわたる連続射撃が終わる頃には、敵軍の中核をなしていた農奴兵たちの精神は、完全に限界を迎えていた。

悲鳴が上がり、逃走が始まる。

最初はほんの数人だった。

だが、それは瞬く間に増殖する。

頭を失った蝿のように、農奴兵たちは理性を失い、四方へと暴れ回った。

その無秩序な逃走は、まだ踏みとどまろうとしていた敵衛兵の陣形を、東へ、西へと押し潰し、見る影もなく崩していく。

――想定通りだ。

フィルードは、その光景を大黒の背から冷静に見下ろしていた。

戦意を失った大軍ほど、厄介な存在はない。

だが同時に、それは「最も脆い」。

彼の口元には、抑えきれぬ嘲笑が浮かんでいた。

魔力を込め、再び大音声で叫ぶ。

「将士たちよ、見ただろう!

相手は砂でできた軍隊だ!

我らはまだ本気すら出していないというのに、向こうはすでに崩壊している!

もう一押しだ――徹底的に叩き潰せ!」

命令が届いた瞬間、兵たちは再び怒号を上げた。

刀盾兵が歩調を崩さず前進し、その背後から長槍兵が正確無比に突き出す。

血の道。

そう表現する以外にない光景だった。

隊列は寸分の乱れもなく、まるで一本の巨大な刃のように、敵軍の中央を貫いていく。

行く手に立つ敵兵は、抵抗らしい抵抗もできぬまま倒れ伏し、全軍の混乱は臨界点を越えた。

千余人を踏み潰したところで、敵軍はついに完全崩壊を迎えた。

崩れた大軍を屠るのは、豚を屠るよりも容易い。

フィルードは、逃げ散る雑兵にはもはや興味を示さなかった。

彼の視線は、ただ一人――逃走を図る敵方伯爵に向けられていた。

「愛馬に乗れ!」

フィルードは近くにいた数名の超凡者に向かって叫ぶ。

「我々で伯爵を追う。

生け捕りにすれば、この反攻戦における第一の功績だ。

伯爵を生け捕り――これ以上の栄誉はない。殺せ!」

号令と同時に、フィルードは大黒に跨り、長槍を携えて正面から突撃した。

背後にはエレナが続き、超凡者たちも迷いなく追従する。

疾走しながら、彼は次の命令を飛ばす。

「軍団は百人隊単位で行動せよ!

残敵を掃討しろ!

降伏した者は縛り上げ、生け捕りにせよ!」

命令を受けた兵たちは、蜂の群れのように散開した。

分離してなお、その動きは驚くほど整然としている。

隣で戦っていたフランクとカールトンの配下兵は、その光景を見て思わず唾を飲み込んだ。

だが、敵にとっては――それは悪夢そのものだった。

規律と殺意だけで構成された、冷酷な殺人機械。

彼らは、ただ淡々と「殺す」ことを実行しているに過ぎない。

フィルードは大黒に跨り、風を切って疾走した。

敵方にも二十名近い超凡者がいたが、大黒は中級見習い魔獣である。

瞬く間に距離を詰め、隊列から抜け出した。

――このままでは、集火される。

即座に判断し、速度を落とす。

「エレナ、すぐに大黒の背に飛び乗れ。

二人で追撃する。まずは足止めだ」

エレナは力強く頷き、二人は一気に間合いを詰めた。

中級魔獣の脚力により、敵を瞬時に百メートル圏内に捉える。

危険を察知した敵方も、矢を放って妨害を試みた。

だが、エレナのほうが一瞬早い。

「シュッ」

鋭い音とともに放たれた矢は、最後尾の高級見習い級超凡者を正確に射抜き、馬上から叩き落とした。

フィルードも魔力を込め、一人の中級見習い級超凡者を射殺する。

間を置かず、二人は再び高級見習い級の矢を番え、さらに二名を馬から引きずり落とした。

その直後――

敵方の上位超凡者三名が反撃に転じた。

鋭い殺気。

フィルードは、矢が自分たちに向かって飛来するのを即座に察知した。

上位木盾を掲げる。

「バン!」という乾いた音とともに、矢は粉々に砕け散った。

その一瞬を逃さず、エレナは一本の高級見習い級矢に、限界まで魔力を注ぎ込む。

狙いは――上位超凡者の一人。

フィルードは結果を確認することなく、大黒に回避を促した。

矢は空気を切り裂き、盾を構えた超凡者へと一直線に突き進む。

次の瞬間、長釘が木に打ち込まれるような音が響いた。

盾を貫通し、矢は下腹部に深々と突き刺さる。

悲鳴とともに、その超凡者は馬から転落した。

隣の上位超凡者は即座に馬を止め、倒れた仲間を引き上げて馬背に担ぎ、逃走を続ける。

敵方伯爵は、その光景を目にして愕然とした。

「……なんだ、あの武器は……威力が、異常すぎる……!」

助け上げた超凡者は、仲間の体に突き刺さった矢を一瞥し、眉をひそめた。

「高級見習い級素材の矢……。

しかも、あの弓も上位品だ。間違いなく、最上級の部類だ」

伯爵の顔色が、見る見るうちに険しくなる。

「この者たち……戦力が異常だ。

短時間で大軍を壊滅させ、超凡者への攻撃も鋭すぎる。

叔父上、次はどうすれば……?

あれほどの弓を相手にしては、消耗戦など不可能だ……」

老超凡者は深く眉を寄せた。

「……別々に逃げるしかない。

お前は装いを変え、一般騎兵に紛れろ。

私が囮になる」

伯爵は即座に首を横に振った。

「なりません!

あの魔獣は中級見習い魔獣です。

そうでなければ、我々に追いつけるはずがない。

そんな策では、叔父上が殺される可能性が高すぎます!」

老超凡者は、静かに首を振り返した。

「私は、もう十分に生きた。

だが、お前が捕まればすべてが終わる。

伯爵が生け捕りなど、王国にとって永遠の恥だ」

二人が言葉を交わしている間にも、フィルードたちは再び距離を詰めていた。

今度は二人だけではない。

黄牛魔獣に跨った領地の超凡者がベーカーを背負い、

フィルードは大黒に跨りボブールを、

エレナは小黄牛に跨る。

三頭の魔獣に、五人。

猛烈な勢いで迫ってくる。

フィルードは、あの魔弓を一時的にボブールに貸与していた。

弓を見た瞬間、ボブールの目は輝き、今にも涎を垂らしそうだった。

フランクは、ほとんど懇願するような口調で買い取りを申し出たが、フィルードは即座に断った。

領地五年分の租税を提示されても、首を縦には振らなかった。

今のボブールは、顔を紅潮させ、

「この弓さえあれば天下が取れる」

とでも言いたげに、強弓を抱きしめている。

敵方伯爵は、一度は気を保っていた。

だが、三頭の魔獣と、さらに三名の上位超凡者が加わったのを見て、思わず悪態をついた。

「くそっ……何なんだ、これは!

どうしてこんなに魔獣がいる!?

しかも、上位超凡者が三人も……!

叔父上、もう分散は無理だ。別れた瞬間、各個撃破される!」

長い沈黙の後、老超凡者は深いため息をついた。

「……降伏するしかない。

あの弓を見ろ。三張もある。

我々は、いずれ消耗し尽くされる」

その言葉に、伯爵は悔しさに歯噛みした。

「……本当に、もう手はないのか……?」

PS:ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

この章では、数や士気ではなく、「組織と判断」が戦局をどれほど一方的に崩壊させるかを意識して描きました。

相手が崩れる理由は偶然ではなく、積み上げてきた差が一気に可視化された結果です。

もし「この崩し方が好きだ」「ここまで来る過程が効いている」と感じていただけましたら、

ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

この先は、勝利の余韻よりも“代償”の話に入っていきます。

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