第23章 多くの獣人部族
フィルードは仲間たちを見回し、静かにうなずいた。
「……全員に伝えろ。隊商は歩きながら進む。一人につき黒パン一ポンドと干し肉一切れ、配給だ」
命令が下されると、一行は再び慎重に歩き出した。
空気は張りつめ、誰もが息を殺して進む。
そのとき――。
「団長ぁあ!」
右側を歩いていたブルースが血相を変えて駆け込んでくる。
「俺たち、絶対に呪われてる! 今度はイノシシ人間を見つけやがった! 幸い、気を張ってたから見つけ次第、槍で串刺しにしたけどな!」
投げ出された猪頭の生首を見て、フィルードは呆然とした。
「……俺は獣人の巣に迷い込んだのか?」
苦笑いしながらブライアンの前に転がす。
「ブライアンさん、もう笑えませんよ。この辺りは完全に獣人の支配下だ。ほんの数歩歩くだけで別の部族に遭遇する。数で押されたら、我々はひとたまりもない」
ブライアンは蒼白な顔で一瞬黙り込み――やがて歯を食いしばった。
「……どんなに道が険しくとも、私はモニーク市に行かねばならない。この荷は街の有力者の命令なのです。もし届けられなければ……私は終わりだ!」
「人間の領地を通るのは?」とフィルード。
「それこそ地獄です!」
ブライアンは首を振る。
「通行料をふっかけられるだけならまだ良い。だが破産寸前の貴族が、我々を皆殺しにして荷を奪う可能性もあるのです!」
彼は必死に続けた。
「……フィルードさん、危険を承知で助けていただいているのは分かっています。報酬をさらに金貨二枚、追加します!」
フィルードはしばし沈黙した。
「正直に言いましょう。あなたに恩がなければ、今すぐ引き返していました。だが……賭けてみる価値はあるかもしれない」
彼は皆を見回し、声を張り上げた。
「戦術を変更する! これからは夜に移動し、昼は隠れて休む!」
ブライアンは即座にうなずく。
「分かりました。すべてお任せします!」
こうして隊商は一旦後退し、身を潜めて夜を待った。
しかし、いざ夜の行軍を始めてみると――思わぬ問題が発覚する。
「……みんな、前が見えていないな」
ほとんどの傭兵が夜盲症だったのだ。栄養不足のせいだろう。
幸い、暗闇でも視界が利く者が五人いた。フィルードは即座に二組に分け、前衛に案内役を置き、残りに轍を消させた。
闇夜に響くのは、枝で地面を掃く音と、つまずいて倒れる兵士のうめき声だけ。
それでも進むしかなかった。
こうして危険をかいくぐり、五日かけて行程の三分の二を進んだ。だが、なお一日以上は残っている。
道中で遭遇した獣人の部族は十を超え、中規模の部族まで確認された。幸い距離が離れていたおかげで、直接の衝突は避けられた。
だが隊列の面々は限界に近づいていた。油で汚れた顔、疲労困憊の瞳。中には「もう傭兵を辞めたい」と口にする者も出てきた。
フィルードは彼らの申し出を受け入れた。
「街に着いたら自由にしろ」
――そして、その夜。目的地まであと半日のところで、最悪の事態が訪れる。
「獣人だ! 獣人が来るぞ!」
警戒兵の叫びに、フィルードは飛び起きた。すかさず弓を取り、周囲を見渡す。
数百メートル先、犬頭人の部族が忍び寄ってきていた。その数、およそ五十。
「……結局、避けられなかったか」
苦々しくつぶやき、即座に命令を飛ばす。
「刀盾兵は前へ! 槍兵は後ろで構えろ! 弓兵は距離を取って射撃! マイクは馬で外を回り、敵をかく乱しろ!」
「了解!」
マイクは馬に飛び乗り、夜の闇に駆け出した。
犬頭人たちが突撃を開始する。距離は二百、百五十、百……。
フィルードは矢をつがえ、ためらいなく放った。
「ヒュッ!」
密集隊形の犬頭人たちに矢が突き刺さり、悲鳴が上がる。
矢は十本、二十本――フィルードの指先からほとばしる勢いは止まらない。
わずか数分で八体が倒れた。だが、指は擦り切れ、血で赤く染まっていた。
残るは三十五。三十メートルまで迫った犬頭人たちが短槍を投げつけるが、地形の利点で威力は削がれていた。
「今だ! 刀盾兵、突撃!」
雄叫びとともに人間の前列がぶつかり、槍が突き出される。犬頭人たちは悲鳴をあげ、次々と転がり落ちた。
一撃でさらに十体。
残り二十体ほどは恐怖に駆られ、武器を投げ捨てて逃げ出した。
「……え?」
フィルードは思わず呆気に取られた。
――マスティフの群れかと思えば、実際はチワワだった。
だが次の瞬間、剣を抜き、声を張り上げる。
「この犬頭どもを逃がすな! 一人残らず討ち取れ!」
その咆哮に、一行の士気が再び燃え上がった。




