第22章 初任務──護衛か、それとも死地か
最初の任務は、思いのほか早く舞い込んできた。
依頼主は――あのブライアン執事だった。
「フィルード殿、荷馬車でモニーク市まで物資を運びたい。護衛を雇いたいのです」
モニーク市――伯爵領の首府にして、帝国北域の最前線。
その先には獣人たちの領地が広がる、まさに国境の街だ。道程は片道五日。ブライアンが提示した報酬は金貨四枚。
「――承知しました」
金貨の額を聞くや、フィルードは迷わず頷いた。
さらにブライアンの助言で、副収入を狙うことに。
「家禽を仕入れてモニークで売れば、銅ペニー二枚の利益になりますぞ」
「なるほど、それなら……」
気付けば鶏を百羽も購入していた。仕入れ値は一羽四銅ペニー、合計で銀貨十三枚。そこに黒パンなど補給物資も加え、さらには仕立て屋へ旗を注文した。
――軍には儀式と象徴が不可欠だ。旗があれば士気も違う。将来的には統一制服まで……そんな未来図を胸に描きつつ、彼らは出発した。
隊列は――堂々と……言いたいところだが、実際には少々みすぼらしい。
荷を背負った傭兵たちの肩には黒パンの袋、首からは数羽の鶏。まるで山賊が略奪品を持ち帰っているように見えた。
「……これじゃ軍隊じゃなくて鶏泥棒の一団だな」
フィルードは心の中で苦笑しつつ、安易な小銭稼ぎを選んだ己を悔やんだ。
道中、ブライアンと談笑するうちに、運んでいる荷の正体も明らかになった。
――加工済みの牛皮と干し肉。いずれも西方ヤト大草原から運ばれる名産品であり、今回の取引だけで諸経費を差し引いても金貨二十枚の利益が出る。
「なるほど……これは大きい」
だが同時に、今回すでに損をしている事実に、フィルードは舌打ちをこらえた。
正午前、国境沿いで一行は休憩を取る。傭兵たちは薪を集め、フィルードは片手剣の手入れに没頭していた。
そこへ――。
「団長!」
ケビンが血相を変えて駆け込んでくる。
「薪を拾っていたらジャッカルマンを見つけました! 向こうは俺を見るなり逃げて……マイクが追っています!」
「なんだとっ!」
フィルードは跳ね起きた。
「たかが護衛任務で……なんでこうも獣人が顔を出すんだ!」
事情を聞いたブライアンも顔を曇らせる。
「この道は十年以上通ってきましたが、獣人など……せいぜいゴブリン程度。ジャッカルマンが出るなど初めてです。あの“ブタ頭族”も……やはり偶然ではなかったのか」
「……やはり、この旅は容易ではないな」
フィルードは深刻な面持ちでつぶやいた。
「ブライアンさん、荷をどこか近くの街で売ることはできませんか? 今の人数では、モニークまでは……」
「無理です!」
ブライアンは苦い顔で首を振った。
「商業ルートは厳格に管理されています。この道は、私が金貨五十枚を支払ってやっと買ったもの。勝手に別の街へ向かえば、地元領主に略奪されても文句は言えません」
「……そういう仕組みか」
フィルードは思わず奥歯を噛んだ。商売がここまで細分化されているとは――。
だがブライアンは報酬を金貨六枚へ引き上げ、さらに口を開いた。
「実を言えば、これを最後に商売から手を引こうと考えています。時代は乱れるでしょう。今後は大きな街で店でも買い、穏やかに余生を過ごすつもりです」
その言葉に、フィルードの胸に火が灯る。
――他人が冷静な時にこそ、自分は大胆に動く。それが信条だ。
「……その商売、私に譲っていただけませんか?」
「なに?」ブライアンは目を丸くし、やがて狡猾な笑みを浮かべる。
「残念ですが、資金のないあなたに売るわけにはいきませんな。ただ……友情に免じて、この商業ルートの証明書だけ差し上げましょう。まずは試しに」
「……ありがたい!」
思わぬ収穫に、フィルードは深々と礼を述べた。
それから一時間ほどして、マイクが戻ってきた。馬から飛び降りると、手にはジャッカルマンの首をぶら下げている。
「団長! ここから十数キロ先に小さなジャッカルマンの部族を見つけました。人数は百六十以上、そのうち戦士は四十! 我々では太刀打ちできません。今は一刻も早く、この地を通り抜けるべきです!」
ジャッカルマンの首が地面に転がる音とともに、場の空気は一層重くなる。
護衛任務のはずが、いつしか彼らは――命懸けの戦場に足を踏み入れていた。




