第20章 冥想と理想
杯を置いた後、フィルードは自室に戻った。
扉を閉めると、胸の奥で高鳴る決意がふたたび熱を帯びる。――必ず、超凡者になる。その第一歩を、今ここで踏み出すのだ。
彼はベッドの端に腰を下ろし、ブライアンに教わったばかりの呼吸法を思い出しながら、ゆっくりと目を閉じた。
深く息を吸い、静かに吐く。何度か繰り返すうちに、奇妙な感覚が全身を包んだ。
――自分が巨大な換気扇になったようだ。
周囲の空気が一斉に吸い寄せられ、身体の中心へと流れ込んでくる。さらに、言葉にしづらいが、不思議な感覚もあった。空気の流れそのものを、肌ではなく意識で感じ取っているような……そんな手応えだった。
やがて、暗闇の中で小さな光の粒が浮かび上がる。
それは空気と共に彼の体内に吸い込まれ、血肉の奥へと沈んでいく。――これが、魔力。
しかし、どれほど強力に吸い込もうとも、その光の粒はあまりに少なかった。広大な海に散らばる星屑を、必死にすくい取ろうとしているようなものだ。
だが逆に、そのわずかな粒を確かに捉えられる自分の感覚に、フィルードは確信を得た。――自分には、尋常ではない魔法の素質がある。
「これも……魂がこの肉体と融合したおかげかもしれないな。」
呟くと、胸の奥で静かに炎が揺れた。
こうして休息と冥想を繰り返すうちに、夜は明けた。
朝、彼は不思議なほどすっきりとした気分で目を覚まし、軽やかな足取りで酒場へ向かった。
食堂には、昨日の三人――ユリアン、ブルース、マイクが揃っていた。どうやら彼らはまだ町を発っていなかったらしい。
顔を見つけるなり、三人は声をかけてきた。
「フィルード、おはよう!」
「昨日は世話になったな。」
「助かったよ、本当に。」
軽く挨拶を返し、フィルードはいくつかの料理を頼んでから彼らの席に加わった。
ユリアンが口を開く。
「この食事が済んだら、俺たちは帰るつもりだ。だが……今回は本当にお前のおかげだ。今年は家族みんな、飢えずに済みそうだ。」
慌てて手を振るフィルード。
「僕はただ意見を述べただけです。みなさんが実行してくれなければ、何の意味もありませんでしたよ。」
だがブルースは豪快に笑い、太い声で言った。
「謙遜するな! ユリアンの言う通りだ。お前がいなけりゃ、俺たちは大損していたはずだ。今日は俺がおごらせてもらうぞ!」
「いやいや、今回は僕が一番多く分け前をもらいましたから、僕に払わせてください。」
「そうはいかん、俺が――」
「いや、俺が――」
三人と少年の言い合いはしばらく続き、結局「各自払い」で決着した。
そんな折、マイクがふと真剣な表情で口を開いた。
「フィルードさん。以前、傭兵団を作るつもりだと話していましたよね?」
フィルードはうなずいた。
「はい。その考えに変わりはありません。……傭兵も結局は生きるために必死な平民です。なのに、雇い主に騙され、命を落としても報酬が支払われない。そんな不条理がいくつもある。だからこそ、仲間たちの利益を守る傭兵団を作りたいのです。」
三人は黙って耳を傾けた。フィルードはさらに言葉を続ける。
「傭兵団は、ただ戦うだけの集まりじゃない。契約交渉から危険度の査定、訓練の組織、戦死後の遺族支援まで――すべてを担います。いずれは、亡くなった仲間の家族に団の資金から金銭を支給する仕組みも作りたい。それが、残された者への慰めになると信じています。」
その構想を聞いた三人は、ぽかんと口を開けた。
まるで夢のような職場だ、と。
ブルースは真っ先に声を上げる。
「そんな場所が本当にあるのか!? 俺を入れてくれ! 腹いっぱい食えて、時々一杯やれりゃあ、それでいい!」
ユリアンも、拳を握りしめながら言った。
「俺にも家族がいる。子供が二人。年に二十銀貨は稼がないといけないんだ……その条件が満たせるなら、俺もぜひ入りたい!」
マイクも力強くうなずいた。
「俺も同じです。食べ物が少しでも保証されるなら、それで十分。仲間のために全力を尽くします!」
その時、階段からケビンが降りてきた。
フィルードはすぐに彼を指し示し、三人に告げる。
「彼が僕の最初の仲間です。待遇について説明しましょう。」
そして、具体的な条件――最低食費の保障や任務手当、将来的な基本給の構想を語った。
三人は真剣に耳を傾け、ときに驚き、ときに感嘆の声を上げる。
やがてブルースが興奮した面持ちで叫んだ。
「その条件、俺にぴったりだ! すぐにでも入団する!」
ユリアンは少し躊躇いながらも口を開く。
「……食費補助を現金で渡してもらうことはできませんか? 節約して家族に回したいんです。」
だがフィルードは首を横に振った。
「それはできません。僕が設定した基準は、兵士たちを強くするために不可欠なものです。栄養が足りなければ、仲間を守る力も育ちませんから。」
きっぱりとした口調に、ユリアンも最後にはうなずいた。
こうして、夢のような「傭兵団構想」は、確かな形を持ちはじめた。
少年の語る未来は、三人の心に強烈な灯を点したのだった。




