第2章 生き延びるための唯一の選択肢──傭兵
「俺のことは知らないだろうけど……町の住人だ。フィルードって呼んでくれ」
そう言って彼は息を整えた。
「君に聞きたいことがあって来たんだ。もしよければ、どこか場所を変えて話さないか?」
振り返った少年は鋭い視線を向けてくる。全身に緊張を漂わせながら――。
「まともな話なら構わない。だが……もしお前が変態だったら、その役に立たないものを切り落としてやる!」
「いやいや、ちょっと待て!」フィルードは思わず苦笑した。
「誤解だ。俺にはそんな趣味はない。ただ……君の傭兵としての経験について聞きたいんだ。とても興味があってな」
少年はしばらくじっと見つめたあと、わずかに肩の力を抜いた。
「……ならいい。けど、報酬はもらうぞ。その黒パン、よこせ」
やっぱり来たか、とフィルードは心の中でため息をつく。
「わかった。半分ならどうだ? 聞きたいことは簡単なことだけだ。そんなに時間は取らせない」
少年は即座にうなずいた。まるで、パンが逃げてしまうのを恐れているかのように。
二人は木陰に腰を下ろした。まだ昼だというのに、町の喧噪から少し離れるだけで静けさが広がる。
「それで、聞きたいのは?」と少年。
「君が傭兵としてどんな経験をしたか、全部知りたい。物語じゃなくて、本当の体験をね」
「本当の……?」少年は頭をかきながら、少し戸惑った様子を見せる。
フィルードは、町の人々がほとんど虚ろな目で生きているのを思い出していた。まともに言葉を交わせる相手は少ない。
――だが、この少年は違う。先ほど中年の募集人に歯向かっていた姿が、その証拠だ。
「緊張しなくていい。ただの雑談だと思って話してくれ」フィルードは優しく促した。
「じゃあ、まずは君の家族のことを教えてくれないか?」
少年はすぐに答えた。
「ラットランド村に住んでる。家族は母さんと兄さんだけだ」
「そうか。じゃあ、町に来た理由は?」
「仕事探しさ。銅貨でも、食べ物でもいいから稼ぎたかった。でも、結局なにも見つからなかった」
――言葉が滑らかになってきた。もう大丈夫だ。
フィルードは軽くうなずき、さらに聞いた。
「普段はどうやって暮らしてるんだ?」
「山に小さな畑があって、ライ麦を植えてる。でも収穫が少なくて……。農繁期は畑を耕し、農閑期はこうして仕事を探しに町へ出てくるんだ」
やがて、警戒心が完全に消えた少年は、傭兵としての経験を語り始めた。
「たいした話じゃないよ。去年のことだ。町で仕事を探していたら、傭兵の募集があった。腹が減りすぎてて、考える暇もなく飛びついたんだ」
言葉に合わせて少年の顔に苦笑が浮かぶ。
「ウォーカー騎士の領地に連れて行かれて、最初は石や丸太を運ばされた。それが二日。で、次は木の槍を渡されて、川辺に連れて行かれた。向こう岸には別の騎士と、その兵がいた。……で、罵り合いが始まって、すぐ戦闘になった」
少年は袖をめくり、噛み跡を見せつける。
「混乱の中で一人に絡まれてな、槍なんて使う暇もなく、取っ組み合いになった。……で、そいつが俺を噛みやがったんだ」
そのときの怒りが蘇ったのか、少年の声に力がこもる。
「結局、多くの連中が逃げ出して、俺もついて逃げた。だが三日働いたのに、もらえたのは二日分だけ。『臆病者だから』って理由で、一日分の報酬を差し引かれて……。たった四銅フェニーだぜ!? 命がけで稼いだ金なのに!」
――なるほど。命懸けの割には、ずいぶん割に合わない仕事らしい。
フィルードは黒パンを半分に割り、その一方を少年に差し出した。
「これは報酬だ。大切な話をしてくれたお礼だと思ってくれ」
少年は感激したように目を見開き、両手で黒パンを受け取った。
「……ありがとうございます! もし必要なことがあったら、いつでも俺を訪ねてください!」
フィルードは手を振って笑った。
「気にするな。俺は町の東の端に住んでる。困ったら来いよ」
そう言い残し、彼は少年のもとを後にした。
フィルードは家に戻らず、その足で町の金持ちの家を回った。
――家を売るためだ。
大半は「ボロ家なんて要らん」と門前払いだったが、最終的に三軒が興味を示した。中でも一番高値をつけたのは、町の猟師。七十銅フェニー。
予想以上の金額に、フィルードは即座に取引を成立させた。
「もし俺が買い手なら……野営用のテントを選ぶけどな」
心の中でそう呟きつつ。
さらに猟師の家で数本の粗末な弓を見つけ、交渉の末に三十銅フェニーで単一弓と矢五本を手に入れた。矢の方が高価なのは、矢じりを鍛冶屋から買わねばならないからだ。
領主の館で正式に契約を交わした後、フィルードは早速弓を試した。
「三十ポンドくらいか……質は悪いけど、使えないほどじゃない」
有効射程は数十メートル。大型の獲物に致命傷を与えるのは無理だが、ないよりははるかにマシ。前世で弓を嗜んでいた彼にとっては、馴染み深い感覚だった。
矢を数本射ってみると、手ごたえは悪くなかった。
その後、古物市場で大きな鍋の蓋を五銅フェニーで買い、さらに鉄の釘や麻縄を二銅フェニーで購入。武器らしいものは見つからなかったため、町の唯一の鍛冶屋を訪ねることにした。
店先では、中年の鍛冶屋が鉄を打つ音を響かせていた。
「おや、小フィルードじゃないか」鍛冶屋は顔を上げる。
「悪いが、日雇いの仕事はないぞ。他を当たってくれ」
フィルードは首を振った。
「ヨゼフおじさん、仕事を探しに来たわけじゃない。俺はもう日雇いなんてできない。この体じゃ誰も雇ってくれないからな。だから――傭兵になる」
鋭い音とともに、鉄槌が鉄を叩いた。
その響きが、彼の決意を試すかのように町に広がった。
※追記
初期稿の改稿に伴い、人物の呼称や登場順を整理しました。
本話より、ケビンはここで名乗る形にしています。




