第158章 冷徹なる統治者、領地改革を告げる時
群衆は、鍛え上げられた兵士たちの怒号に怯え、すぐに静まり返ると、長い列を作り始めた。
フィルードは、一人ひとりに粥をよそいながら、静かに人々の顔を観察した。
(飢えた目だ。……だが、まだ絶望しきってはいない。統治するなら今が最適だ)
住民たちは何も持っていないが、木椀や粗い陶器の椀だけは手放していない。乞食に落ちても椀だけは命綱。そんな彼らの暮らしが、痛いほど分かる。
一人あたりの配給は、パン半ポンド、麦粥一杯、そして薄い羊肉一枚。
だが――満腹になった彼らはようやく顔を上げ、フィルードに気づいた。
「小フィルードじゃないかい!? 出世したって噂は聞いてたけど、なんで急に戻ってきたんだい!」
叫んだのは、かつて彼に平気で高値のパンを売りつけた、あの太った商人の女性だった。
隣の痩せた中年男も驚いて言った。
「間違いない。あのボロ家を買ったのは私だ」
ざわめく群衆を前に、フィルードは堂々と歩み出る。
「皆さんの言う通り、私が小フィルードです。今日からこの町は――私の管轄になります」
その一言で、群衆は一気に騒然とした。
「黒パンすら買えなかった小フィルードが、貴族様に!?」
「軍功で領地を賜ったんだな……!」
歓声と困惑が入り混じる中、老人が声を上げた。
「小フィルード、俺たちはみんな昔からの近所だ。自由民の税金はどうなるんだ? 免除ってのは……」
(来ると思ったよ。故郷の厄介さは、こういう “馴れ馴れしさ” にある)
フィルードは顔を曇らせ、手で静粛を促した。
「免除は不可能です。この町の治安を維持しなければなりませんからね。以前の税は、自由民が六割、農奴は八割。ですが、今日からは両方とも一割引きます」
その瞬間、群衆は一斉に歓声を上げた。
しかしフィルードは、そこに残る“期待以上を求める目”を見逃さなかった。
(欲望は際限がない。統治するには、甘さと厳しさの線引きが必要だ)
「農奴は左、自由民は右に並べ」
兵士たちが迅速に動き、群衆は二つに分けられた。
自由民は千人未満。農奴は二千人。しかし予想より千〜二千人少ない。
(逃げたか、隠れたか……。まぁいい。後で徹底的に洗う)
フィルードは帰郷命令を出し、兵士を領内へ散らせ、農奴の捜索を開始させた。
エレナには告示を書かせ、領地の賦役を掲示し、自由民募集に利用した。
さらに優遇政策――
開墾した荒地は三年間免税。ただし届出が必須。
(税の緩和は“餌”だ。だが、主導権は常に俺が握る)
続いて土地改革。
農奴も自由民も関係なく、全員に二ムーの食糧供給地を割り当てる。
所有権は領主府に残し、耕作一年度ごとに回収し再分配。
流民や新たに来た農奴にもすぐ二ムーを与え、初年度は免税。種子は領主府が供給。
(“土地の配分権”を握る。それは人心を握るのと同じだ)
耕地の測量を命じると、領地は前任の男爵より遥かに豊かだと分かった。
三つの騎士領を没収したことで、良質な耕地の大半が手中にある。
(この土地……俺が思っていた以上に価値があるな。ならば、利用し尽くすだけだ)
農奴に男爵邸の清掃を命じ、一日かけて悪臭を洗い流す。
その後、フィルードは地下牢に向かう。
そこには、前任の男爵イワンクが監禁されていた。
暗い通路を抜けると、牢には二百人以上が詰め込まれていた。
男爵、三人の騎士、その家族、百人以上の衛兵。
(これだけの人員……“戦力”としての価値は十分だ)
イワンクの前に歩み寄り、笑みを浮かべて言う。
「イワンク男爵。あなたが戦争で無実だと知っています。しかし沈黙は不忠と同義です。あなたの境遇には遺憾の意を示しますよ。私は以前、あなたの領地の自由民でしたから」
憔悴したイワンクは顔を上げる。
「あなたが新しいフィルード男爵ですか……。戦争のことはご存知でしょう。私は巻き添えです。全てはハロルドの老いぼれのせい。私は反乱に従っていません。ただ、領地が名目上、彼の管轄だっただけ……。あなたは私を処刑しに来たのですか?」
(正直に言えば、“殺す方が楽”だ。だが――それでは利益がない)
フィルードは首を振った。
「私はあなたに恨みがありません。それに、今のあなたは私の奴隷であり、財産の一部。しかもあなたは超凡者。価値ある“資源”です。そこで提案があります」
イワンクの目に、生への渇望が浮かんだ。
「私は今あなたの奴隷です。要求は何でもおっしゃってください。ただし侮辱以外なら……。侮辱するなら、死んでも従いません!」
(見込みはある。奴隷でも、心が折れていない者は使える)
「私に十年間仕えてください。そうすればあなたと家族に自由民の身分を与えましょう。ただし、その間は私のために戦ってもらいます。死傷は避けられませんが」
イワンクはほとんど間を置かず頷いた。
「問題ありません。若くはありませんが、まだ剣は握れます。一生仕えても構いません。ただ……子どもたちを奴隷の身分から解放してください。それだけは……!」




