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傭兵から商売を始めたら、いつの間にか領主になっていた件  作者: 篠ノ目
第四巻 商人から領主へ ――選ばされた支配

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第151章 熱き交渉、冷めぬ策謀

ウェインは口止めするように手で合図をした。

だが、口元には皮肉を含んだ笑みが浮かんでいる。

「馬鹿なことを言うな。陛下に聞かれたら、また余計な詮索をされることになる。お前もここで私をおだてるな」

その声音には、どこか疲労と、諦観が混じっていた。

「私は自分の力量を一番理解している。人々はよく『お嬢様の体で下女の運命』と言うが、私の場合は――『将軍の理想を抱く文官の運命』だな。

兵を率いるのは不得手だが、将としての“雰囲気”だけは心得ている。

この数回の敗戦で陛下から何度も叱責を受けた。

もし私が中級魔法使いでなければ、とうに王都へ呼び戻されていただろう」

ウェインの声には、表に出せぬ焦燥がにじむ。

(なるほど、侯爵は自分の立場を冷静に見ている。だが、その焦りは…利用できる)

フィルードは心中で静かに呟いた。

「それでも、そう遠くないうちに呼び戻されるだろう。

……私は戻りたくない。あそこは陰謀と策略に満ち、まるで牢獄だ」

そう言ってウェインは真剣な眼差しを向けた。

「次の戦闘でお前に協力してほしい。

お前が私を再びこの北方元帥の座に確実に据えてくれるなら――お前の望むものは何でも与えよう」

その言葉を聞いた瞬間、フィルードは計算を終えていた。

(来たな。これは私への“信任”だ。ならば、ここで迷う理由はない)

「侯爵様!」

彼は一歩前へ出て、わざと声を張り上げた。

「私はあなたに引き立てられ、この身には知遇の恩があります。

今後ご用命があれば、この命を賭けてでもお応えします!」

その真摯な声に、ウェインは満足げに笑い、何度も彼の肩を叩いた。

「よろしい、大変よろしい!今後はお前の便宜を最大限に図ろう」

――ここだ、とフィルードは感じた。

“熱いうちに打て”という言葉通り、主従の信頼が最も高まっているこの瞬間を逃してはならない。

「侯爵様、あの……ご存知の通り、私の副団長が間もなく昇級の段階にあります。

入階の超凡者へ突破するには、上位の魔薬の補助が不可欠です。

そこで、一株譲っていただけませんか? ディオから騙し取った金貨がまだ残っています」

ウェインは一瞬驚き、眉を上げた。

「その金で入階の魔薬を? ……足りぬな。原価でも一株一万金貨だ。持っているのか?」

(やはり……高い)

フィルードの心が一瞬、揺らいだ。

それでも、彼は引かなかった。

「そ、そこを何とか。分割払いでは……? まず五千をお渡しし、残りは後日に」

ウェインは少しの沈黙のあと、ふっと笑った。

「いいだろう。五千で一株売ってやる。残りの五千は――私からの援助だ」

フィルードは息を呑んだ。

(この男……やはり“政治”の嗅覚が鋭い。恩を売り、同時に私を繋ぎ止めるつもりか)

「ただし、この件は部外者には一切口外するな。

二人の子爵が不満を持つだろう。人は貧しさよりも“不公平”に怒るものだ」

「……心得ました」

フィルードは深く頭を下げた。

獣人を撃退した後に取引を行う約束を交わし、静かに幕が下りた。

◇ ◇ ◇

その後、彼は抑えきれずにエレナの元へ向かった。

「親愛なる副団長様。全財産をはたいて君に入階の魔薬を一株買ってやった。価値は一万金貨。給料から天引きだが、異論はないだろう? 十四年ほど働いてもらうことになる」

「じゅ、十四年!?」

エレナは目を見開き、固まった。

しかしすぐに、はにかんだ笑顔を浮かべた。

「……団長様のご厚意に感謝いたします。

ですが、私にも生活がありますので、毎月少しだけ金貨を残していただければ……」

フィルードは少し考え、頷いた。

「合理的だ。では、毎月十金貨を支給し、残りは借金と相殺だ」

そう言って立ち去る背中を、エレナは複雑な表情で見送った。

(この人は本当に……何を考えているのか、わからない)

◇ ◇ ◇

その後の数日、軍は引き続き「つぎ込み戦術」を続行。

獣人の追撃部隊は、まるで出血死するかのように、少しずつ力を削がれていった。

正午。丘の上でフィルードは黒馬・大黒の背に乗り、双眼で東の尾根を見ていた。

その時――違和感が走った。

(……動いた?)

木々の影に、人影。いや、それは人ではない。

獣人だ。しかも、数が多い。

(やはり来たか。……最悪の形で)

フィルードはすぐに大黒を駆り、陣へ戻る。

ウェインのそばへ近づき、声を潜めた。

「侯爵様、南側の尾根に大部隊の獣人歩兵が出現しました。どうやら我々を狙っています」

ウェインは干し肉をかじっていた手を止め、立ち上がった。

「……まさか、本当にお前の言った通りになるとはな!」

そして低く言う。

「この数日、お前は臨機応変に動け。どうにもならなくなったら……逃げろ」

フィルードは無表情で頷いた。

「今のところ、北の山脈奥に潜るしかありません。

それで初めて、後方の大軍を振り切れるでしょう」

ウェインは頷き、即座に北方撤退を命じた。

兵士たちはまだ状況を理解していなかった。

フィルードはそっとエレナに近づき、彼女の手を掴んだ。

「な、何を――!」

「静かに。後ろに大量の獣人が追ってきている」

エレナの瞳が揺れる。

「見えないはずだ……」

「遠いが、確実に来ている。後で絶対に俺のそばを離れるな。

もし状況が変われば、俺が君を連れて突破する」

エレナは彼を見上げ、わずかに頬を染めた。

(この人……本当に悪党なのに。なぜ、こんな時だけ――)

しかし次の瞬間、フィルードが彼女の手を軽く握り直したことで、彼女の顔は真っ赤になり、慌てて手を引いた。

「ば、馬鹿じゃないの!?」

フィルードは笑い声を上げ、大黒に跨がって去っていった。

◇ ◇ ◇

軍は速度を上げ、待ち伏せを捨てて全力で前進した。

歩兵より速い騎兵、そしてラバの機動性が功を奏し、距離は急速に広がっていった。

四日後。追跡の気配は完全に消えた。

だが、同時に自分たちの位置も見失っていた。

「……地形偵察を行わせてください」

フィルードの進言に、ウェインはすぐ承認を与えた。

フィルードはエレナを探し出し、声をかけた。

「一緒に来い。君の目も借りたい」

エレナはわずかにためらったが、頷いた。

フィルードは馬を指して言った。

「大黒に乗れ。速い方が安全だ」

「あなたは自分の馬に乗ればいいでしょう。私は歩いて行きます」

彼女の言葉に、フィルードは苦笑を浮かべる。

(まったく、素直じゃない。……だが、それでいい。生き残れば、次の一手は見えてくる)

――北方の山影は、すでに薄く霞んでいた。

PS:ここまで読んでくださってありがとうございます!

やっと準備が整い、次回からは――ついに“敵地偵察編”が始まります。

フィルードとエレナ、二人きりの旅路は波乱の予感しかありません。

まさかの方向へ進むことになりますので、どうぞお見逃しなく。

次回、第152章「太陽の下で――迷界を抜けて」

――闇を抜けた先に待つのは希望か、それとも地獄か。

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