第147章 冷静なる操盤手フィルードの決意
獣人たちは一晩休んだ後、翌朝には再び攻城を開始した。
わずか一日しか経っていないのに、さらに一万人の獣人部族戦士が強制徴集されている。
どう見ても使い捨ての兵士だ、とフィルードは即座に判断した。粗末な武器、簡素な革鎧。
この装備では、弓矢が十分にあれば城壁に触れる前に全滅させられる。戦場の駒としてさえ扱われていないのが見て取れた。
フィルードの担当方向へ押し寄せてきたのは五千。
大半が一般の部族戦士で、二千名の獣人兵が背後で督戦していた。
下方を見下ろす農奴の若者たちは全身を震わせ、ただ恐怖に支配されていた。
一方で古参兵たちは余裕を持ち、干し肉を噛みながら敵を眺める者すらいた。
緊張と慣れの差は、こうして露骨に現れるものなのかとフィルードは内心で評価を下す。
フィルードは城壁の上に立ち、眼下の獣人を深刻な表情で凝視していた。
隣のエレナが、おずおずと問いかける。
「本当に、この獣人の攻撃を撃退できるのでしょうか。
城の正規軍は少ないですし、ディオ老賊の旧部下が再び動き出す可能性もあります」
父がディオ老賊と呼ばれていると聞き、エレナはすでに密かに調べ、信じてしまったらしいとフィルードは悟った。
余計な面倒は増やしたくないが、誤解を正す優先度は今ではない。
「必ず勝利します」
フィルードは断固として答えた。
「ただし、どれほどの期間がかかるかは分かりません。
すべては獣人の後方支援がどれだけ保つかにかかっています」
常識を一つ置いていくような落ち着いた声音だった。
続けて、フィルードは淡々と分析を述べる。
「ディオの旧部下については警戒不要です。
洗脳が進んだ直系将校を除けば、一般兵士の忠誠は薄い。
今は厳しく管理していますし、城内には大量の食料もあります。籠城戦を恐れる理由はありません」
「ダービー城の防御施設は北方随一です。十万規模で包囲されない限り、落とされることはあり得ません」
その説明を受け、エレナの表情から徐々に憂いが消えていく。
彼の品格は貴族らしくないと感じながらも、軍事的才能だけは疑いようがないと思っているようだった。
獣人の群れが城壁に迫る。
しかしフィルードは、最初の使い捨て軍団に対して弓兵へ射撃を命じなかった。
矢の消耗は致命的になる。価値の低い敵に貴重な資源を使うのは愚策。
フィルードはそう判断していた。
ドンという重い音とともに、長大な雲梯が城壁に掛けられ、獣人兵たちがよじ登り始める。
フィルードはその数を素早く数え、一定の間隔で一つだけ残し、残りは石を投げ落として破壊させた。
残しておく梯子は新兵の実戦訓練に最適だった。
しかし農奴兵たちは驚くほど下手だった。突き刺すどころか、穂先を簡単につかまれて逆に城壁下へ引きずり落とされる者すらいる。
フィルードは口元を引きつらせた。
農奴は奴隷より強いと思っていた自分の認識を、今は完全に否定していた。
観察を続けた結果、農奴が最も扱いにくい最弱の兵源であることを痛感したのだ。
奴隷は主の財産として最低限の食事が与えられるが、農奴は違う。
自由があるように見えて、搾取は奴隷より重い場合すらある。
特にダービー城の雑税は凶悪で、支払うのは貴族ではなく農奴だ。
犠牲を強いる構造は、まさに暴虐と呼べるものだった。
獣人が増えていくのを見て、フィルードはついに精鋭を投入した。
すぐに城壁上は安定し、押し寄せる獣人はまとめて叩き落とされていく。
フィルードは、狭間を五、六人の農奴兵が守り、その周囲に三人の古参兵を配置して支援させる形に再編した。
こうすれば農奴兵の戦力不足を補えると判断しての配置だった。
正午までに三度の攻撃を撃退し、フィルードの担当方向では数百の獣人戦士をせん滅した。
数日続いた攻城の中で、農奴兵も徐々にリズムをつかみ始めた。
古参兵の指導はもちろんだが、決定的だったのはフィルードが彼らへ十分な食料を与えたことだ。
満腹状態だと、これほど動けるものかと内心で感心したほどである。
このまま持久できる。
フィルードはそう考えていた。
だが籠城四日目、獣人が分兵を開始した。
周囲の防備の薄い領地へ襲撃をかけ、略奪を行うためだ。
ダービー城周辺の騎士領は壊滅的な被害を受け、ウェイン侯爵は城壁から見ていることしかできなかった。
獣人の好き勝手を放置すれば、その影響範囲はどんどん広がる。
今追い払っても、この地域のインフラは完全に崩壊するだろう。
最終的にウェイン侯爵は、少数精鋭による阻止行動を決断した。
選抜される者は、孤立無援でも生き残る力を持たねばならない。
高官会議でこの計画が発表されると、二人の子爵は即座に賛同した。
彼らの領地は近く、獣人の略奪で甚大な被害を受けているはずだったからだ。
しかし、フィルードは驚いた。
また戦場に出たがる猛者が現れた。
こんな命がけの仕事に付き合う気はない。
月給は雀の涙、リスクだけが巨大。王国のために命を捨てる気はさらさらなかった。
ウェインは沈黙するフィルードを見て、怠ける気だと察した。
「フィルード団長、今回の阻止行動について意見はありますか」
厳しい声音が飛ぶ。
社畜時代に強制残業させられた時の感覚が、ふと蘇る。
まぶたが重い。気力がわかない。
だが言葉は淡々と返す。
「侯爵様の深い思慮に敬意を表します。確かに、獣人の略奪は早急に牽制すべきです」
ウェインは満足げにうなずく。
「ならば、今回は私と共に出ることになる。
私と君の乗り物は魔獣だ。獣人に捕らえられることはないだろう。準備をしておきなさい」
フィルードは即座に悟った。
これは間違いなく、天から降る災難だ。
城内にいる方が圧倒的に安全なのに、何故わざわざ出なくてはならないのか。
今後は目立たぬように生きる必要があると本気で思った。
しかし、自分の命がかかる以上、思考はすぐ再稼働した。
「承知いたしました。
ただし、奇襲という点で申し上げるなら、部下からも提案がございます。現在、城外は獣人の大軍が溢れております。軽率に出撃すれば、侯爵様と私が無事でも、同行する兵士たちはそうはいきません」
その語気には、冷静な計算と戦場全体の俯瞰があった。
俺が死ぬ未来など、絶対に認められない。
フィルードはそう心に刻んでいた。
PS:ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今回は戦況が大きく動く回でしたが、楽しんでいただけたでしょうか。
続きも張り切って書いていきますので、
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