第145章 崩れ落ちる血の記憶と選択の夜
エレナはしばらく呆然としたまま立ち尽くしていた。
ディオは幼い頃から彼女に、
「お前は孤児で、私に拾われなければ飢えて死んでいた」
と言い聞かせてきた。
しかし今思い返せば、不自然な点は多い。
(都合よく拾った孤児が“極めて稀な天賦”を持つ確率など、あるはずがない。
それに伯爵領全体を見ても、孤児の数自体がそこまで多いわけではない)
ゆっくりとした呼吸のまま、彼女は低く問いかけた。
「私の両親は……何をしていたの?
どうやって私の資質を知り、どうやって殺したの?」
ボーニルは青ざめた顔で口ごもり、
フィルードに軽く蹴られてようやく答えた。
「君は……元々、商家の娘だった。
君の父親が大金を払って伯爵家に“資質鑑定”を依頼したんだ。
そしたら、君の資質は……領内でも見たことがないほど高かった。
父上は何度も買い取ろうとしたが、君の両親は拒んだ。
だから……長兄が……力ずくで……」
彼は震えながら続けた。
「僕たちは幼くて関わっていない。
どうか……昔の情を考えて、僕たちまで殺さないでくれ……」
エレナは固まったまま、
次の瞬間、狂ったように笑いだした。
笑いながら泣き、
泣きながら地面につっ伏し、
何度もえずき、肩が震えた。
やがて立ち上がり、
元兄弟たちをまっすぐ見据えた。
「あなたたちは……脅されてるの?
それとも、ウェイン侯爵に脅されているの?
復讐する力がないだけでしょう?
私なら……まだ可能性がある。
本当に復讐したくないの?」
三人は激しく首を振った。
「違う……本当に違うんだエレナ。
父上は実際に獣人と結託していた。
僕は連絡役になったこともある。
説得しても無駄だった。
今日の運命は自業自得だ。
復讐なんて考えていない。
ただ……普通に生きたいだけだ。
それに君だけじゃない。
領域の超凡者の多くが似た境遇だ。
両親が生きているのに売られた者さえいる。
みんな“伯爵配下”と言われているが、本当は……」
ボーニルは頭を下げて震えた。
「どうか……長年の情で、フィルード団長に口添えを……
命だけは……助けてほしい……」
フィルードは頃合いを見て口を開いた。
「エレナ、彼らを問い詰める必要はない。
言っていることは正しい。
君ほどの資質なら、当時街でも大騒ぎになったはずだ。
街へ出て聞けば、証言はいくらでも集まる。
これまで誰も話さなかったのは、ディオに恐れていただけだ。」
フィルードは淡々と言葉を続けた。
(淡々と話せば、事実は一層重く刺さる)
「もう一つ。
……君はこの数年、ディオに“兄との結婚”を急かされていたはずだ。
もし彼が本当に君を“養女”として扱うつもりだったなら、
幼い頃に実の娘だと言い張ることもできた。
だが彼はそうせず、血脈を取り込むことだけを狙った。
結婚すれば、君は完全に伯爵家の“内側”となり、
その後で真実を知っても復讐はできなくなる。
むしろ、彼らの子孫を伯爵にするために尽くしただろう。
……それがディオ老賊の本当の狙いだ。」
エレナの瞳が大きく揺れた。
(彼女の基盤は、今まさに崩れていく。
だがこれは彼女自身が新しい道を選ぶ契機でもある)
彼女は体の力が抜けたように座り込み、
呼吸を整えるのに長い時間がかかった。
「……この人たちを連れていって。
一人になりたい。」
フィルードは頷き、息子たちを送り返した。
テントの外に座り込み、
静かにエレナを見守る。
泣き声は城壁に響き、
巡回の兵士たちは奇妙な目で彼を見た。
(まるで私が“泣かせた張本人”みたいな目だな……
いや、まあ否定はしないが)
視線が増え、フィルードはついに耐えられなくなった。
「おい!
巡回中に余計な所を見回すな!
侯爵様に言って給料を減らしてもらうぞ!」
兵士たちは慌てて前を向いた。
(……静寂を守るのも骨が折れる)
深夜になり、ようやく泣き声が止んだ。
「……水が飲みたい……」
かすれた声が聞こえ、
フィルードはすぐに水差しを持って入った。
水を注ぐと、
エレナは驚いたように彼を見た。
「……一晩中、外で……?
ありがとう。」
「当たり前だろう。
女の子が大きなショックを受けた夜だ。
何かあったら助けられないと困る。」
その言葉に一瞬だけほころんだ表情が凍りつき、
エレナは涙目で言った。
「……あなたって、本当に思いやりがない人なの?」
フィルードは慌てて言い直した。
「いやいや!
もちろん心配してるさ!」
しばしの沈黙のあと、
エレナは静かに言った。
「……あなたの提案、受け入れる。
今日から私はあなたの副団長。
でも、まず弓と魔石六つを返して。
それと……報酬は魔石一つ、月に一回でいいわ。」
フィルードは一瞬固まった。
(魔石一つ……200金貨。
年間2400金貨……ふざけるな。
軍団の月予算より高いわ!)
「無理だ。
そんな資金はない。
軍団の月予算が500金貨だ。
長期契約としては高すぎる。
月30金貨を払おう。
それに、私が今後手に入れる“使える魔薬”は、
君を優先して使わせる。
報酬には含めない。」
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